料理好きのカノジョのクッキング

川野マグロ(マグローK)

料理

 私はカレが料理を食べている姿を見るのが好きだ。

 それが誰よりも素敵だと思ったから一緒に居たいと思ったのだ。

 他の人の事など考えられなくなる程にカレの顔は魅力的だった。



 きっかけは料理パーティに招いた時に初めて会った事だった。

 皆、美味しい美味しいと言って食べる中カレだけ無言で頬張っていた。

 不機嫌なのかな? 美味しく無いのかな? そんな不安を抱えつつカレのことを見つめていると視線に気づいた様に勢い良く顔を上げて、ゴホッゴホッと咳を始めた。

 慌ててコップを渡すと、

「ありがと」

 と掠れた声で言って水を一気に飲み干した。

 それから照れた様に視線を外してから、

「……美味しいよ」

 と言ったのが初めて胸の鼓動が早くなった時だった。

「顔が赤いよ。換気、換気しよう」

 そうした心配りのできるところもついで人として良い部分だ。

「ありがとう」

 その日は精一杯の笑顔を見せる事しかできなかった。



 それ以来カレを招いて料理を食べてもらうようになった。

 人となりを知っているからか黙々と食べていても心が寂しくなる事は無い。

 そして、いつも決まって、

「美味しい」

 そう言ってくれるのだ。

 その時の表情はもうテレビの食リポなど嘘の様に感じられる程のものだ。

 カレの幸福感振りまく笑顔はきっと周りの人も頬を綻ばせずには居られないだろう。



 今日もカレの為に料理をしている。

 今日のリクエストはトマトを使った料理だ。

 私もトマトが好きだ。

 大好きだ。

 あの、リンゴやイチゴとは違うトマト特有の感じが良い。

 できあがった料理はリビングに座って待つカレのもとへと届けるだけだ。

 いつもこの瞬間が一番の緊張時間だ。

 カレは今日も美味しいと言ってくれるだろうか?

 そう思いながら一歩一歩進んでカレの前に料理を並べる。

「いただきます」

 と口にしてカレは料理を食べ始める。

 ドクドクと鳴る心臓の音が無視できなくなった頃にカレはゆっくりと顔を上げる。

「どう?」

「………うん。美味しい」

 ホッと胸をなでおろす。

 カレの満面の笑みが見られて今日も作ったかいがあったなと思えた。



 カレが好きだ。

 いずれ一緒に住みたいと思っている程に。

 しかし、何か心に引っかかっている様子でいつも話は前進しない。

 誰も不幸になら無い。

 それでもカレが決めることだ。

 私は自分に言い聞かせる様にして今日も一人で眠る。



「アイツはヤバイって」

 友は言う。

 その言葉に嘘は無いのだろう。

 嘘をついているとしたら詐欺師か役者になれる。そんな雰囲気で友は続ける。

「アイツと付き合ってた奴皆おかしくなってるの。辞めといた方が良いよ」

 そんなことは知っている。

 だからどうしたという事だ。

 知っていて付き合っている事を知っているのにその言葉の中身に一体どんな価値があると言うのだ?

 そいつらがただフラレたショックに耐えられなかっただけだろう。

 歩を速めると友を置いて家へと帰った。



 とうとうオレはカノジョの家に住むことを決めてしまった。

 オトコの癖にと自分に言う事が決まっていた様なものなのでいままではどうにか甘える事を避けてきた。

 だが就職先が潰れてしまっては頼れるものを頼らない訳にはいかないというものだろう。

「ごめんね。散らかってて」

「いいや」

 カノジョはそう言うがオレの前に住んでいた家よりも断然キレイだ。

「ねぇ、何食べたい?」

「今は良いかな」

 オレも食べたい時と食べたく無い時くらいはある。

 確かに準備があるのだろうが昼食の直後に食べたい物など思いつかない。

「……私のご飯が食べられ無いの?」

「そうは言って無いよ」

「ウソっ!」

 カノジョは感情が昂ぶった様に大きな声をあげた。

「どうしたの急に?」

「嘘よ。私知ってるの私の事は遊びなんでしょう?」

 そんな事を言われてしまっては頭の中の情報を探らないといけないがあいにくそんなものは出てこない。

「そんな訳無いじゃないか」

「私は騙せないわ。女の人と会ってたじゃない!」

 ああ、と思い当たる節が会った。

 しかし、

「あの子はただの友だちだよ」

「信じないわ! だって私の料理食べてくれないんだもの」

 ああ、と悟った。

 カノジョは不安なのだ。

 人が自分のもとを離れる恐怖に耐えられないのだ。

「トマトの料理が食べたい」

「待ってて」

 カノジョは直ぐに料理を始めた。



 嫌だ。

 嫌だ。

 嫌だ。

 このままで終わりなんて。

 はやる気持ちをどうにか鎮めて料理に集中。

 完成させる。

 後は料理を持って行くだけ、

「あっ」

 不注意。

 皿は手から落ち、料理が、

「ダッ」と音がした方を見るともうカレは走り出していた。

 スライディングの要領で落下物の下へと潜り込む。

「パリーン」という音一つ響く事無くカレは全てを受け止めた。

「うん、今日も美味しい」

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