ヘタレ魔王は俺様勇者のお嫁様

はねうさぎ

魔王は無自覚に翻弄する

沿道を埋め尽くす人々。

その中心を行くのは、魔王を倒し、占拠された国を解放した竜騎士達。

更にその中心にいたのは、勇者となった一人の男。

しかしその勇者は、俺の幼馴染のジルヴェスター・ストレイナーだった。

いや、幼馴染だったと言うべきか。

余りにも僕と住む世界が違ってしまったから。


昔は同じ孤児院で、一緒に走り回った仲だった。

一緒に遊んで、一緒に孤児院の庭に有ったコトトリの木に登り、

一緒にその実をおやつの代わりに食べ、そして一緒に叱られた。


違っていた事と言えば、ジルには野望が有った。

いつかこんな所を出て、たくさん金を稼いでやる。

俺達を蔑んだ奴らを見返すような奴になってやる。

そう言っていた。

僕はあいつの話を聞き、そうだね、なれるといいね、

いや、ジルなら絶対になれるよと励まし続けた。


対する僕は、ただ人をうらやむばかり。

自分では何も起こそうとせず、他人の話を聞き、

自分の状況を憐れんで、流されるままに今まで来た。


僕達はやがて成長し、孤児院を追い出され、自分達で稼ぐようになった。

雑貨屋の下働きとして勤め始めた僕達。

僕は自分の状況に満足し、初めてもらった微々たる給金に大喜びし、満足した。

しかし、ジルはあれだけ働いてこれっぽっちかと不満を漏らす。

そしてある日、町の掲示板に張られた1枚の紙を見て、

顔を輝かせ走って帰ってきた。


「魔王を殲滅するんだぜ。

かっこいいよな。

兵士になったら給料も今よりもっともらえるし、

住む所だってここよりもっといい所に住めるんだ。」


「ここだって十分じゃないか。」


「こんな屋根裏部屋に二人も詰め込まれてか?

あんな少しの金で遅くまで働かされて、

食い物だって主人達の食い残しじゃないか。

俺達は残飯整理の豚じゃ無いってぇの!」


そりゃそうかも知れないけど、少しでも自分の自由になるお金だって有るし、

何より毎日食べれるんだ。

孤児院にいた頃より、よっぽどマシじゃないか。


「兵士になれば、もっといい生活が出来るんだぞ。

俺は行く。

兵士になって、いや、騎士になってもっといい暮らしを手に入れるんだ。」


「うんジルならきっとなれるよ、がんばれ。」


いつもジルは、虐められる僕の前に立ちはだかり、

僕を守ってくれた。

そんなジルならきっと兵士に、いや、騎士にもなれるだろう。


「何言ってるんだ、お前も来いよ。」


「僕には無理だよ。」


ジルに比べて僕は弱い。

何も出来ない。

僕には無理だ。


何度ジルに説得されても、僕は首を縦に振らなかった。


「分った。

俺は絶対に騎士になってお前を迎えに来る。

だから待っていてくれ。」


「うん、待っている。

でも無理しないでくれよ。

ケガなんかしないで。」


そして僕達は初めて道を分けた。





「遠い存在になっちゃったな………。」


あれから僕はすぐにあの店を辞めた。

ジルのお荷物になりたくなかったから。

なけなしの金を持ち、あの街も出て、遠いトロイメライの町に住み着いた。

そこで仕事を見つけた。

食堂のやはり下働きだ。

だけど、あれから6年。

見よう見まねで料理を覚え、奥の方でコックをさせてもらえるようになった。

表でコマ鼠のように働くよりは、格段に楽になり給料も増えた。


魔王の噂はこの町にも伝わっていた。

魔王が死んだと噂が広がり、

それが真実だったと、今日、活躍した者達がここを凱旋すると皆が騒いだ。


時間的には店の昼休みあたりみたいだ。


「親方、見に行ってもいいですか?」


そう聞いてみた。


「一人で行くのか?

俺も行くから一緒に行くか。」


「はい、喜んで。」


親方は6年前と何ら変わらない。

とても若く見えるし、色男だ。

そして僕達は連れ立って大通りに向かった。

道はかなり賑わっていたが、まだ余裕が有ったのか

僕達はかなり前の方でパレードを見れる位置に陣取った。

続々と集まってくる民衆たち。


「早めに来て正解でしたね。」


「おお。」


ギュウギュウと押され、仕方なく親方にピッタリとくっ付く。

親方は僕がこれ以上潰されないように、守る様に肩に手を回した。

やがて近づいてくる隊列。

沢山の兵士が乱れの無い行進をし、その後を騎士を乗せた何匹もの竜が続く。

あまり見た事の無いそれに恐怖を覚え、更に親方にくっ付いた。

それからその龍達の中ごろに、

ひときわ大きく、輝くような金の鱗を持つ竜がいた。


「凄い………。」


怖ささえ忘れてしまうような立派な龍だ。


「綺麗だな………。」


そのドラゴンは、日の光を受け、眩しいほどに輝いていた。

すると見惚れていた僕の目に、懐かしい姿が映った。


「嘘…ジルなの?」


そのひときわ美しくて立派な龍に乗るのは、6年前に分かれたジルだった。



「夢が叶ったんだね。良かった…………。」


でも、僕とジルの間は遠く離れてしまった。

ジルは龍に乗り、金色の綺麗なアーマーを付け、誇らしげに笑っている。

僕はと言うと、薄汚れた服を着て人込みの中に立っている。

僕は自分の姿を見せたく無くて、親方の後ろに回り込もうとするけれど、

混雑の中ではそれも出来ない。


「何ゴソゴソしてるんだ。

そんな所じゃ見えないだろ。」


親方はぐいっと僕を自分の前に引き寄せ、

また守るように包んでくれた。


もうどうでもいいや。

あれから6年も経っている。

僕だって成長したし、ジルが僕の事を分かる筈が無い。

そう思って開き直った。

その間もパレードは進み、ジルが僕の前を通り過ぎた。

一瞬目が合った気がしたが、それは僕が気にし過ぎただけ。

遠のいていくパレードを見送り、人々は日常に戻っていった。



ジルに会いたくは無いと思う一方、

もしかしたら僕に気が付いて、会いに来てくれるかもしれないと希望も有った。

しかし、1日経ち、2日経ち、何日か過ぎてその希望も薄れた。

僕はその間もコックとして働き、最近では良い味を出すようになったと褒められ、

このままコックを続けていけるかもしれないと自信を持っていった。


「親方、お先に。」


最後の客を送り出した後、片付けと明日の仕込みを終え、

2階に引っ込んだ親方に声を掛け、僕は隣に有る住まいに戻った。


朝、昼、晩と賄いで済むし、休憩を取る場所もあちらに有る。

休み以外は、この部屋には殆んど眠る為に帰るだけだ。

僕は支度を整え、ベッドに入る。

ウトウトし掛けた時、突然ドアが破られる勢いで開かれた。


「なっ、何!」


慌てて飛び起きた僕の前には、ジルが佇んでいた。




もしジルが来たら…と、想像していた事が有る。

会いたかったと抱きしめてくれるかもしれない。

それとも、どうして何も言わずにいなくなった、と怒られるかも。

その時を想像して、ワクワクもした。

でも、こんな事など思ってもいなかった。


「うまく民衆の中に隠れたつもりだろうが、残念だったな。

俺はお前達を見破る能力を身に付けているんだ。」


ジルはそう言って、僕に剣を突きつける。

え、なぜ、どうして………。

僕はそれほどジルに憎まれていたんだろうか。


「ど、どうしたの、ジル………。」


「そ、その名で俺を呼ぶな―――――!」


ジルがいきなり僕に切りかかってきた。

ごめんねジル。

僕は自分で自覚していないほど、君に悪い事をしていたんだね。

いいよ、それで君の気が済むなら、僕を殺して。

そう思った直後、僕は真っ黒な物に覆われた。

ガキンッと言う鋭い音がしたけれど、僕には何もダメージが無い。


「くそっ!姿を現せ。」


やがて、目の前の暗闇がはれ、またジルの姿を見ることが出来た。

でも、目の前にいるのは……。


「親方!」


まるで僕を守る様に親方が前に立ちふさがっていた。


「おいたも程々にしてくんねえか。

こいつは俺の大事な奴なんだ。」


一体何を…と思ったけど、確かに料理人が一人減ると、親方大変ですもんね。


「お前も仲間か、二匹まとめて始末してやる。」


僕の為に親方まで殺そうとするの?

ダメだジル!


「止めてジル。

殺すなら僕だけにしろよ。

親方は関係ない!」


「だから、その名を呼ぶなと言っているだろう。

その名で俺を呼んでいいのは、この世でただ一人だけだ。」


低く地の底から響くような声で、ジルがそう言う。

いつの間にかそんなルールが出来ていたんだ。

ならば僕もその名を口にしてはいけないのだろう。


「ごめん、ジ、ジルヴェスター・ストレイナー。

知らなかったんだ、もうそう呼ばないからせめて親方だけでも許して。」


そう言って親方の前に出ようとするけど、

親方は軽く僕をあしらい、更に後ろに押しやる。


「ルーファス、いいから後ろに引っ込んでいろ。」


するとジルの目が点になる。

その表現がぴったりの表情をしたんだ。


「ルーファス………?」


うん、そう僕だ。

もしかして気が付いていなかった?


「ルーファス、ルーファ、ルーファ!」


そう言いながら、ジルが僕にとびかかってきた。

剣の次は、投げ飛ばされるのかな…。

どちらにしても、勇者相手なら、僕は勝てそうも無いや。

でも、ジルに殺されるならそれもいいな。そう思った。


しかし僕はジルに投げ飛ばされも、殴られもせず、ただ力一杯に抱きしめられた。

それでも、痛みは無いけど、かなり苦しいんだ……。


「ルーファ、どうしていなくなったんだよ!

おれ…俺、お前に会いたくても我慢して、

強くなってからお前を迎えに行こうと思って、

頑張って、凄く頑張ってようやく騎士になって、

お前を迎えに行ったら、とっくの昔に店辞めてるって。

どうしてなんだよ。

待つって言ったじゃないか。

約束したのに、なぜいなくなってんだよ!」


ジルの為だよ、でもそれは僕の身勝手だ。

僕は待つとジルと約束したんだから。

僕は君との約束を破ったんだ。


「坊ちゃんよ、何か感動の再会っぽいけど、

ルーファスを放しちゃくれないかな。

かなり苦しそうなんだがな。」


ジルは僕を抱きしめながらも、顔を覗き込んでくる。

僕はコクコクと頷いた。

君の気持ちは嬉しいけど、やっぱり苦しいんだ。

するとジルは僕をパッと開放したけど、

再びそっと抱きしめる。


「ごめん、大丈夫かルーファ?」


ジルがサワサワと、僕のあちらこちらを撫でる。

今度はとてもくすぐったい。

出来れば離れて話をしないか。


暫くして、ようやくジルは僕を離してくれたけど、

それでも繋いだ手は解かなかった。


「ストレイナー、それでそいつは一体誰なんだ。」


一緒に飛び込んできたおじさんが、ジルに話しかけている。


「俺のルーファだ!」


「まあ、そうかなと思ったがやはりそうか。

良かったなと言うべきか悪かったのか、どうするかな……。」


「なんだよ、文句でも有んのかよ。」


「いや文句と言うか、まあまずはお祝か?

そいつだろ、何年か前にお前が狂ったようになった原因は。」


「そいつ言うな!ルーファスだ。

いや、名前を呼ぶなよ!

俺のものだ。」


「はいはい。

だがなぁ、お前さっき確かに言ったな。

そいつが匂うって。」


「ルーファスが臭いわけ無いじゃないか、とてもいい匂いがする。」


そう言ったジルは、僕の匂いをクンクンと嗅ぐ。

すると、一瞬眉をひそめた。


「匂うんだろう?魔族の匂いが。

ついでを言うと、そっちの奴も。」


おじさんは親方をちらりと見た。


「ルーファは、ルーファ……。

そうか、あの魔族だ。

あいつの匂いが移ったんだ!

ルーファが魔族の訳ないじゃないか。」


僕もそう思う。

物心が付いたのは孤児院で、その前の記憶はないけど。

こんな弱虫な魔族なんている訳、無いじゃないか。


「覚悟しろ、俺のルーファに変な臭いなんて付けやがって。」


「おいおい、いい加減にしろよ。

そう気安くそいつに触るな。

俺っちの新しい魔王様なんだからな。」


「何…だと……。」


「お前だって本当は気が付いてるんだろ、

こいつが魔族だって事をな。

だが認めたく無い。

だから言い訳を探しているんだ。

違うかい?」


「うるさい!黙れ黙れ黙れ。

俺のルーファが魔族の筈が無い!

ずっと一緒にいて、一緒に育ってきて、

いいか、ルーファはな、魔族どころか、天使みたいなやつなんだよ!

人の事ばかり考えて、人の為に泣いて、いつだって自分の事は二の次。

そんな奴が魔族のはず無いだろ!」


「そうなんだよなぁ、

魔族にしては、ずいぶん人間臭いし、弱すぎるんだよなぁ。

でも、魔王に決まった以上、仕方ないんだよな。」


「なぜだ!何故ルーファが魔王なんだ!」


「たった一人の生き残りだからさ。

こいつは知らないが、ご落胤ってやつなんだ。

元魔王様は、こいつを探し出して保護しろとご命令をした。

ようやく探し出して、保護している最中、

お前が魔王様や、ご家族を皆殺しにしたから残りはこいつしかいないの。」


ジルがぎりぎりと音が立ちそうに歯ぎしりをする。


「そう言や、こいつが魔王になる原因を作ったのはお前だったな。

何だ、お前がルーファスを魔王にしたんじゃないか。

こいつは愉快だな。」


いかにも楽しそうに親方は大声で笑った。


「もうやめて下さい。

そんな馬鹿な話をして、ジルヴェスター・ストレイナーを虐めないでよ。

それに僕が魔族なんてあり得ないですよ。

ストレイナー君、冗談なんだろ?」


「何だよ……、何でお前は………。」


ジルが言い澱む。

君はさっき魔族が分かるって言っていた。やっぱり僕は魔族なの?


「何でお前、俺の事そんな呼び方するんだよ!

何で前みたいに呼んでくれないんだよ!

呼べよ!小さい頃みたいにジルって言えよ!」


「そっち!?

いや、でもさっき呼ぶなって言ったから。

そう呼んでもいいのは、この世で一人だけなんだろ?」


「だからお前だけだって、俺の事ジルって呼んでいいのはお前だけなんだよ。」


なぜだ?

僕は首をひねる。


「俺はお前を嫁にするんだ。

ずっと前から決めていた。

だから俺の事をジルと呼んでいいのはお前だけだし、

お前の事を名前で呼んでいいのは俺だけだ。」


「よっ、嫁って、一体何言っているんだ?

僕は男で、ジルベスター君も男で…。」


「ジルだ!ジルって呼べ!」


もう、我儘だなぁ。

ジルって本当に勇者なの?


「分ったよ。

でもねジル、普通だったら男と男は結婚できないの。

神様はね、人間を繁栄させる為に男と女を作った。

シスターに教えて貰ったよね、分かってる?」


「それがどうした。

俺はずっと普通じゃない中を生きてきた。

魔物を倒し、魔族を倒し、魔王を倒す為に戦った。

どこにも普通の世界なんてなかった。

それを今更普通なんて通用するか!」


そっか、大変だったんだね。

頑張ったんだね。

偉いよジル。


「大体にして、ルーファは魔族だろう、

俺の願いも叶えてくれない様な神なんて信じるな。

それに魔族には神の教えなんて通用しないだろ!」


そうか、やっぱり僕は魔族なんだ…。


「今のご時世、男と男がいい事するのはざらに有るけど、

論点がずれてやしませんか。」


親方が呆れ返っている。

論点か、僕が魔族だって事だよね。


「ジル、僕はどうやら魔族らしいけど、

勇者が魔族と一緒にいるって、やっぱりまずいんじゃないの?」


「俺はルーファがいてくれれば細かい事は気にしない!」


「お前はそれでいいかもしれないが、俺達にとって魔族は敵だ。

見逃す訳には行かない。」


おじさんがそう言っているけど、どうする?


「証拠隠滅をすれば誰にもバレないさ。」


そう言ってジルはスラッと剣を抜く。

途端におじさん達の顔色が変わった。


「隊長、ルーファは誰が見たって人間だよな。」


ニタリとジルが笑う。


「お前がどういおうと、魔族は悪しき種族だ。

見逃す訳には行かない。」


「悪しき種族?

ルーファが一体何をしたんだよ。

人間より人間らしい、人間以上の天使みたいなこいつが、悪しき種族?

そうか、よく分かったよ。

ルーファよりゲスな考えを持っている、お前達も悪しき種族だよな。

生きる権利なんて無いよな。」


そう言ってジルは剣を大きく振りかぶった。


「やっ、止めてよジル、

そんな事しちゃだめだ。

仮にもジルは勇者なんだろ!」


そう叫び、僕はジルに縋りつく。


「そんな肩書、鼠にでもつけときゃいいんだ。

ルーファを守れない勇者なんていらない。」


「そんな事言っちゃだめだ。

ジルはヒーローなんだから。

皆が君の名に力付けられ、憧れの存在なんだよ。

それに君がいなくなったら、また悪い奴がのさばる。

ジルは勇者を捨てちゃだめだ。」


「ルーファ………。

ルーファは俺から幸せを奪うのか?」


「そんな事する訳無いよ。

ジルにもみんなにも幸せになってもらいたい。

その為だったら僕は死んでもいいよ。

ほら、僕魔王らしいから。」


そう言って僕はにっこりと笑う。

そうだ、僕さえいなければいいんだ。


「でも、やっぱり死ぬのは怖いかな。

やっぱり僕は、何処かに行ってひっそりと暮らすよ。

誰にも迷惑なんてかけない、誓うよ。

それでも、もし信じられないなら………、

隊長さん、僕をここで殺して?」


僕は隊長さんにそうお願いをする。

僕が魔族で、それが許されない存在なら、仕方ないよね。

すると隊長さんはため息をつき、


「そんな命知らずな事なんてするもんか。

こいつがおかしくなるのはもうごめんだね。

俺は1回で懲りた。

それにそんな事になったら、

こいつはきっととち狂って、この国、いや世界中を焦土にするだろうさ。」


ジルって、そんな事まで出来るんだ。

凄いんだね。


「仕方がない、あんたにはお目付け役を付けとくか。

ストレイナー、一生目を光らせておくんだぞ。」


「任せろ。」


相好を崩すとはこんな顔を言うのかな。

ジルはさっきとは打って変わって、

やたらと締まりのない顔で、満足そうに隊長さんに笑い掛ける。


「ルーファ、ルーファ、愛してる、大好きだ。」


そう言ってジルはまた僕を抱きしめる。


「お~い、話は済んだのか~。」


「あぁ、こちらは片付いた。

あとはお前だな。」


「ルーファスが見逃されたんだ。

俺だって何も悪い事なんてしちゃぁいねえ。

ただの町のめし屋のおやじだ。

それなのに俺を殺すってのか?

納得いかねえなぁ。

そうだろルーファス。」


「ルーファス言うな!

こいつをそう呼んでいいのは俺だけだ。」


「ならなんて呼べばいいんだよ。

俺はここ何年もそう呼んできたんだよ。

なあルーファス。」


するとジルは再び剣を抜き、親方を睨みつけた。


「殺す!」


「止めてよジル。

親方はずっと僕の事助けてくれたんだよ。

行き場の無い僕を雇ってくれて、

料理だって教えてくれたんだ。

そうだ、今度僕の作った料理を食べてよ。

親方に習ったんだよ。

親方には及ばないけど、皆が美味しいって言ってくれるんだ。」


「本当か!?

嬉しい。

愛妻の手料理が食べれるなんて、それも美味しいと折り紙付きか。

羨ましいだろう隊長。」


愛妻って誰の事さ。僕の事か?


「だから、ね、お願いだからお世話になった親方に酷い事しないで。」


「うん、ルーファの恩人なんだろ?あいつにひどい事なんてしないよ。」


「ありがとう!ジルは昔と変わらないね、

僕のお願いはいつも聞いてくれるし、とても優しい。」


誰が優しいんだ。

そう隊長さんはぼやいているけど、ジルはやっぱり優しいよ。


「で、俺の命は取り合えず助かったみたいだが、

このまま放免してもらってもいいのか?」


「そうだな、鈴は付けたいところだが、

下手に付けて後でこの事がバレたら責任問題だからな。

それは勘弁してほしい。

だから、今日はお前に会わなかった事にしよう。」


「ずいぶんお優しい事で、俺達が火の手を上げないか心配じゃないのか?」


「その為に勇者がいるじゃないか。

そうなったら、また扱使うさ。

おまけに勇者は人質を取っているしな。」


「なるほどね、魔王様を人質に取られちゃぁ迂闊な事は出来ねえな。

まあいいや、俺も今の暮らしに結構満足しているし、

こっちも他の奴らの手綱は締めておくわ。」


「あぁ、助かる。

そっちはよろしく頼む。」


「ああ、

俺はこのまま隣のめし屋を続けるさ。

良かったら食いに来てくれ。」


「そのうちな。」


何とか話はまとまったようだ。

やがて隊長さん達は帰って行った。


「あれ、ジルは帰らなくてもいいの?」


「どこへ。俺はお前と一緒じゃなきゃ何処へも行かない。

それともルーファが俺と一緒に来るか?」


「ダメだよ。僕がいなくなると人手が足りなくて、親方が困るもの。」


「やっぱり俺の家に行くぞ‼」


ジル、ダメだってば、人に迷惑をかけちゃダメなんだぞ。


「いい、いい、行けよ。

勇者と角突き合わせる気はねえよ。

さっさと行っちまえ。」


「でも、親方にお世話になった恩もまだ返せていないし…。」


そんなもんいらねえよ。

恩だ、義理だなんて、鬱陶しいだけだ。

さっさと出て行け。

親方のその言葉で、僕は少し寂さを覚えた。

そんな僕の気持ちを察したのか、ジルが僕を慰めてくれる。


「ルーファ、なぁ、俺のジュネルに乗ってみたくないか?」


「ジュネル?何?」


「俺の金の竜だ。」


「あぁ。あのドラゴン?」


「そう、ドラゴンだ。

空を飛ぶと凄く早いぞ、

こんな月夜の夜はあいつの鱗がキラキラ月光に反射して、

メチャクチャきれいなんだ。

上から湖に映る月も見事だし、とにかくすごいぞ。」


何か、凄く凄そうだ。


「乗って…みてもいいかな。」


「そうだろう?乗りたいよな。

よし、お前は特別だから乗せてやる。」


そう言ってジルはぐいぐいと僕の腕を引っ張る。


「じゃあな、お幸せに。

ルーファス、たまには顔を見せろよ。」


「ルーファス言うな!」


そして僕はそのまま、ジルの家に拉致られたのでした。

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