姉妹、それぞれ

季弘樹梢

帰り道の空白

 お姉ちゃんはたまにうちの中学まで迎えに来る。部活をやっているから仕事の帰りと重なるらしく、校門のところでスマホを弄って待っているのだ。部活仲間や友人からは「元ヤン姐御」と呼ばれ、恒例のネタのようになってしまっていた。

 別にお姉ちゃんは元ヤンというわけではない、と思う。ただ三白眼で男っぽい顔立ちだからそう見えてしまうのだ。当然、そんな顔ではスーツも似合わないので、そのアンバランス感が余計に面白く映ってしまうのだろう。実際、私も面白いと思うのだからこれはもう仕方がない。

「あ、元ヤン姐御だ」

「ほんとだ。仁奈、今日は姐御来てるよ」

「分かってるって……」

 だからといって、こう毎回イジられては面白くもない。ネタなのは分かっていても、身内をどうこう言われることに思う部分がないわけでもなかった。

「じゃ、今日はうちら寄り道して帰ろっかね」

「ね。じゃあ仁奈、姐御によろしく」

「あ、うん」

 こういうとき、気を遣ってなのか単純に居辛いのか──あるいはその両方か、友人達は一緒に帰ってくれない。こうなったらなったで少しさみしいと思うのだから、私はわがままな性格をしているのかもしれない。

「……お姉ちゃん」

「ん」

 目も見ず、言葉少なに頷き合う。お姉ちゃんはスマホをハンドバッグに仕舞った。

 道中なんか何もしゃべることはない。せいぜい晩御飯の話とか、道端に猫がいたときにうっとりと独り言をするくらいだ。酷いときなんか一言も発さずに家までたどり着く。こんなつまらない帰り道なら、友人達とわいわい帰ったほうがどれだけ楽しいか。

 そうは思っても、「もう来なくていい」と言うことはできなかった。

 しばらくは田んぼに囲まれた景色が続く。手持ち無沙汰を誤魔化すよう、私は隣のお姉ちゃんを盗み見た。固く結んだ口元、キツすぎる三白眼、似合わない化粧。いつもの顔でクソ真面目そうに正面を見据えている。一体なにを考えているのだろうか。退屈じゃないのかな。お姉ちゃんは私といるとき、あまりスマホを弄らない。私の学校は携帯の持ち込み禁止だから、そもそも持ってきていない。どこかで鳴く鳥や虫の声を聞きながら、二人並んでただ歩く。

 県道に出ると少し騒々しくなる。道幅の割に車の通りが多く、歩道も狭いため少し怖い。ここを通るときはいつもお姉ちゃんが道路側だ。お姉ちゃんは私を脇へ押し退けるようにして歩く。こういうとき、私は自分たちが姉妹であることを実感するのだった。妹らしい甘えが湧き上がるからかもしれない。

 私たちは仲が良いわけではなかった。だからといって、特別悪いわけでもなかったと思うけれど。これだけ年が離れていれば仕方のないことかもしれないが、どう接するべきか計りかねて、お互いにほとんど無干渉を貫いてきた。変化が訪れたのはつい最近のこと。この春、私は中学生になって姉は社会人二年目になった。すると突然、帰りに迎えに行っていいかと聞かれたのだった。私はあまりの突拍子のなさに驚いて、何も考えずに頷いていた。

 この謎は未だ解明されていない。なぜお姉ちゃんは私を迎えに来るのだろう。沈黙の帰り道は、もっぱらこの答えを探す時間だった。

 階段を上がり、公民館のある大きな公園を通る。ここを抜けると家まですぐだ。子供や家族の賑わいはまだ残っていて、甲高い声があちらこちらから飛んできていた。

 中程までくると急にお姉ちゃんが足を止めた。私も立ち止まって、その視線を辿る。

 その先にいたのは、泥だらけになって遊んでいる小さな姉妹だった。近くにはバケツやジョウロ、スコップなどが散乱していて、砂場のど真ん中に不細工なお城のようなものが建てられている。

 突然、姉と思しき方がはっと気づいたように立ち上がった。

「あ、そろそろ帰らなきゃ怒られるよ」

「えー。服汚れてる、お腹すいた……」

「帰ってお風呂入ろ。片付けて」

「うん」

 そう言って、そそくさとバケツに諸々を投げ入れると、二人手をつないで走って帰っていった。子供というのは突風のようだ。あまり覚えていないが、私にもあんな時代があったのだろうか。

 そう考えると、不意に気づいたことがあった。私たちは姉妹なのに、私だけお姉ちゃんの子供の頃を知らない。いいや、双子でない限り姉妹や兄弟というものは少なからずそういうものなのだろうが、だけど私たちは、あまりに離れ離れに生まれてしまったのだ。

 お姉ちゃんの方を見ると──向こうも何か思ったのだろうか──ちょうど目があった。なんとなくおかしくって、吹き出してしまった。お姉ちゃんも似合わない微笑を浮かべていた。心のうちに優しい何かが浮かんできていた。

 再び歩きだすと、私の右手を少し大きな左手が包み込んだ。

 驚きと困惑、それから恥ずかしさがないまぜになって、咄嗟に振りほどけなかった。代わりにお姉ちゃんを見上げた。お姉ちゃんはもういつもの顔に戻っていて、クソ真面目そうに正面を見据えている。けれどその口元には、先程の笑みがうっすらと残っているように見えた。

 私たちは姉妹だ。年は離れているけれど、ずっと目を逸らして歩いてきたけれど、この事実からは逃れられない。あの小さな姉妹となんら変わらないものを持っている。だからこうやって手をつなぐのか。それはあまりにも、遅すぎるというものだ。

 顔がにやけるのを堪えられなかった。

 夏が近いけれど夕暮れはまだ涼しい。涼やかな風の中、私達の無言の隙間に温かい空気が充満して、黄昏れる空が切なさでない静かな気持ちを運んでくる。

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