マンティコア

ユラカモマ

マンティコア

 不穏な言葉を残してゲイドの影は揺らいで消えた。そしてその足元には代わりに一匹の小型の蛇が現れ、アルビノが呆気にとられている間に草むらの方へ走って紛れる。その途端霧が晴れるように感覚が冴えてようやく忍んで出てきた村の異常事態に気づいた。

 アルビノが慌てて村へ戻ると村は大小様々の蛇に襲われており、アルビノが到着した時はちょうど胴が身長ほどもある巨大な蛇の尾が警鐘を鳴らす見張り台を打ち壊すところだった。鞭のようにしなった蛇の尾が木造の台の半ばを折り、木片がアルビノやその周囲に降り注いだ。さらに折れた先は見張り役の断末魔とともに落ち、村の石造り外壁を破壊した。アルビノは何とか自分の周囲に防御壁をまとったが頭は激しく混乱していた。そこに見張り台を壊した蛇の尾が振り上げられているのが見えた。空気中に飛び回る塵を勢いでかぎ分けながら長大な蛇の尾が迫ってくる。アルビノはビリビリと潰されそうな感覚を味わいながら追い込まれ研ぎ澄まされた神経の感じるまま叫んだ。

!」

 すると呪力が言葉に乗って刃となり蛇の尾を四つに引き裂いた。さらに亀裂はそのまま雷門のように頭の方へ走り遂に頭まで届き四散させた。アルビノはこれまで村中でこれほど大きな呪力を使ったことがなかった。それは必死に逃げていた村人たちさえその力の強さに驚き足を止めるほどの強い呪力だった。最もアルビノ当人はまだ頭が現状に追い付いていない。

(今村はどうなっている? 村の防御壁の呪力を感じないが破られたのか? ゲイドはどうした? それにこの大量に沸いた蛇は一体...)

 散った蛇の残骸を前にアルビノは立ち尽くす。蛇には血肉がなく裂けた皮ばかりがその場に残存している。しかしこの残骸から感じる呪力はアルビノの知る者のものによく似ていた。

(錬度は圧倒的に違うがこの呪力はゲイドのもの...)

 そうアルビノが考えを巡らせていると足下に先ほど草むらへ消えた蛇とよく似た蛇がやってきた。噛もうとする様子はなく、くねくねと誘うように身をくねらせている。

「ゲイド?」

 先ほど微弱だったが今は小蛇から濃いゲイドの呪力を感じる。どうすればいいのか分からなくなっていたアルビノはその蛇の案内に乗ることにした。知らぬ間に目隠しをされたことに気づかずに。 


 小蛇の案内した先はアルビノの部屋のある村の中心にある建物だった。さすがに建物内部には大きな蛇は居らずたまに腕ほどの長さのものが通るぐらいだった。

「せっかく精巧な身代わりを造ったのに思ったより早く見破られてしまったな。」

「いつもと違う感じがしたから。それよりゲイド、何をしている?」

 ゲイドは蛇を従えて祈祷所にいた。部屋の中央ではアルビノが普段呪殺を行うときのように煌々と火がたかれおりおどろおどろしい雰囲気が漂う。

「何、と言われれば食事だな。さすがにこれだけ使役していると餌に困るんだ。だから定期的に閉鎖的でほどぼとのサイズの村を襲うことにしている。」

「じゃあ見習いという話は。」

「あぁ、嘘だ。多少でも呪力のある人間の方が栄養価が高いからそういうことにして入り込んだんだ。けど思ったよりこの村の力が廃れてたのはがっかりだったな。お前一人遠ざけたらあっという間に瓦解してしまった。」 

 さも呆れたように笑いながらしゅるりとゲイドは案内の小蛇を右腕に巻き付けた。絶句するアルビノを置いてゲイドは小蛇に赤黒い欠片を与えながら話続ける。

「でもお前に会うことが出来たのは本当に嬉しい誤算だったよ。そして運命だと思った。アルビノはあまりにも昔の俺と似ていたから。なぁ、せっかくだから共に行かないか。どうせこの村は終わりだ。外に出ればお前はずっと自由になれる。」

 ゲイドは蛇を巻いていない左腕をアルビノに差し出した。その手を見てアルビノは自分の凪いだ心にマグマのような怒りがこみ上げてくるのを感じた。もし、その提案がこの事件の前なら迷ったかも知れない。けれど散々に破壊された故郷を見た直後では迷うべくもなかった。

「...騙して村を潰したやつの誘いに誰がのるものか。化け物め!」

「化け物とは天に唾吐く言葉だな。どうせ人の中にあっても人の輪に入れぬ俺たちだ。なら人であることなど捨てて自由に生きた方が幾分ましさ。この村の連中もお前の力を利用したいだけでお前を仲間だなんて露ほどにも思っちゃいない。名前一つくれない連中にお前はまだ何を期待してるんだ?」

「それでも、俺はここで育てて貰った! この村は俺の故郷だ。ここで俺は人として生きてきた。これからだってそうだ。だからお前とは行かない。」

「そう拘るなよ。どうせ人並み越えた力で人を殺す化け物を人と呼ぶやつはいない。そういうのを人はマンティコア...人を食らう化け物と呼ぶのさ。今は俺の代名詞と化してるが数十年後にはお前もそう呼ばれるようになる。」

 マンティコア、その名前にアルビノは目を見張る。それは今から数十年前、他の里の天才呪殺師が使役していた生物に食われ融合して生まれたとされる化生の物だった。その名は広範囲に渡って有名で数々の書物にかかれているがその姿は謎であり、ただ大地ごと村や里を呑むとだけ記されていた。

「ははっ、驚いたか。本だけでは分からないこともあるだろう? ついでにもう一つ俺の真実を教えてやろう。伝承じゃ俺が使役してたのに食われたことになってるが俺が使役していた生物に食われたわけじゃない。使。」

 そう言うとゲイドは蛇を巻きつかせたまま右腕を上げ、加えて顔を右に向けて大きく口を開いた。すると蛇が自ら頭をゲイドの口に突っ込み、蛇が獲物を呑むときのようにゲイドの喉に吸い込まれていった。するとゲイドの身体から煙が立ち上ぼり、その煙幕の中でゲイドの呪力はアルビノでも敵わないほど大きく膨れ上がった。そしてそれは次第に濃縮され太さ50センチほどの蛇の姿へと収まる。

「アルビノ、どうせお前はこちら側の存在だ。悪いこと言わないからこの村を捨てて一緒に行こう。それがお前にとって一番良い。」

「俺は人間だ! 勝手にどちら側かなど決めつけるな! 待ってろ、いつか仇を討ってやる」

「そうか、今すぐに、と言わない辺り賢明だな。そんなに怒りが収まらないならお前が納得するまで待ってやろう。お前も直に分かるさ。」

 蛇はゲイドの声で勧誘を重ねた。しかしそれが今は叶わないとさとると細長く赤い舌を出して残念そうにないた。そして言い分はまったく変えないまま他の蛇をつれてどこかへ姿を消していった。ゲイドの呪力にあてられたアルビノはしばらく動けず、動けたしたのはマンティコアの襲撃が終わってからだった。


 アルビノが外に出ると惨たらしい景色が広がっていた。アルビノがいた場所以外の村中の建物という建物が潰され壊されている。さらに人影もなく、鳥さえ見えなかった。何もかもがぐちゃぐちゃで立て直すのは困難を極めるだろうと経験のないアルビノにさえ思われた。ただ酷すぎて何をすればいいのか検討がつかず立ちぼうけになっていた。けれどそれでもアルビノの日常は変わらないはずだった。依頼のある限り、村がある限り。

 しかし村の襲撃の翌日アルビノは村を追われることになる。それはあの襲撃はアルビノがゲイドと共謀して行われたのではないかと疑われたからだ。アルビノは縛られ村長と僅かに残った二十人ほどの村人の前に引き立てられた。

「ゲイド一人であの大がかりなことはできない。アルビノはゲイドと仲がよかったから手伝ったのだろう。」

「襲撃の前夜ゲイドと何やらこそこそ話しているのを見た。」

「アルビノは蛇に対抗する力を持ちながら村民が蛇に襲われていても蛇退治に加わらなかった。そのせいで大勢が犠牲になった。」

 ゲイドの正体はアルビノも知らなかった。前夜に話していたのは村を一時抜け出すための話で襲撃のことではない。そして蛇退治はゲイドによってアルビノの意識レベルで阻害されていたのだ。けれどそんなことを知らない村人は疑念を真実に変えてしまった。村人の怯えた冷たい視線に晒されてアルビノはゲイドの言葉の意味を知る。そして彼を探す旅に出た。彼を倒し、人として生きるために。アルビノを人として生かすよすがはもうゲイド《マンティコア》しか残っていないのだーーー。


 


 

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マンティコア ユラカモマ @yura8812

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