010
クルサに連れられて、誠たちは街にたどり着いた。
途中でおっとりお姉さんのクリスタさんと会い、再度事情聴取を受けたので到着が少し遅れたが4人は特に気にしていなかった。彼女は騎士団どころかこの国で魔法に長けている人物であるらしく、僕らの証言の真偽を魔法で判定してもらった。結果、メリッサさんの魔眼同様偽りなしと判定された。
つまり僕らが異世界転生を果たしたという裏付けが取れたということになる。
メリッサさんは警備の交代時間らしくクリスタさんと先に街へ戻ってしまった。魔法は本当に便利で、身体強化もできるらしい。ものすごい速さで走っていく2人を見て本当に驚いた。
勿論僕らは魔法が使えないので、徒歩で向かうことになる。それでも夕暮れには到着するとのことだったのでクルサさんにお願いして引率してもらうことになった。
とりあえずは身分証の発行が優先ということで、冒険者ギルドへ向かうこととなった。
「うわぁ」
「すごい! 人でいっぱいだよ!」
この街は踏み込んだ瞬間から熱気を漂わせていた。
町の中央に位置する大通りは露店が並び、人だかりを作っていた。
「おら、いくぞ」
いつまでも立ったままの誠たちに痺れを切らし、クルサがずんずんと進んで行くので早足で追いかけていく。
誠はここにいる人たちの大半が防具を身に着けていることに驚いた。彼らがいわゆる冒険者なのだろう。
「どうだ。ここが冒険街ファルガ。名前の通り冒険者が多く住み着く街だ。実力者がうろうろしているから周りには気をつけろよ」
がははと笑いながらクルサは進んでいく。
かえでたちは完全にお上りさん状態で、クルサの後を追って歩いた。
誠も情報収集を兼ねて大通りを物色していると、露店の一角にいる冒険者の集団に目を奪われる。
「え……エルフ?」
視線の先には人に交じって、耳が長く綺麗な男性がグループの中で談笑していた。
誠が足を止めたことで、一行も足を止めてそちらを見る。かえではわぁとはしゃぎ、沙友里も釣られてエルフに視線を向けていた。一方、健斗はといえば彼らの持つ串焼きと食事の露店に釘付けだ。ある意味ほんとうにブレないやつだった。
よくみれば、彼以外にもあちらこちらにエルフが歩いていることが分かる。小説だと活動圏が狭かったりするのだが、この世界はそうではないようだ。
「何だ、エルフを見るのは初めてか?」
クルサが振り返ってこちらに視線を落とした。
「ええ。初めて見ました」
「ほんっと、お前らどこの国出身だよ。今時エルフなんて珍しくないだろうに」
エルフは物語通り男女限らず美しいという表現が似合う種族である認識は地球と共通のようだ。
「まあ、今後もよく目にするだろうさ。今のうちに慣れておけ」
そう言って、クルサは歩きだした。
「ほら行くぞ。今は食べ物を我慢しろよ。僕らはお金持ってないんだから」
立ち止まったことで露店に突撃しそうになった健斗の手を引いて、誠たちは後に続く。
「あー、そうだったな」
そう、なんせ僕らは一文無しの状態だ。
異世界転生時の問題としてよくあることのひとつがお金だ。
大抵の主人公たちは通行税を払えず関所でひと悶着するのがお約束だが、今回はクルサさんに助けてもらったこともあり宿のお金を貸してもらえるとのこと。また通門もクルサさんのおかげで簡単にクリアしてしまった。
道すがらこの世界の常識も知れたのは大きい。
まずこの国はベトナーゼ皇国といい、レシェフ大陸と呼ばれる場所の中央および南に位置する大国家とのこと。
クルサさんたちはそのベトナーゼ皇国の騎士で、本来は王都ローラインを拠点としているらしい。今回は妖魔の森と呼ばれる場所の視察を行う姫様の護衛としてファルガに来たようだ。周辺調査の最中で僕らを発見して今に至るというわけだ。
この世界は2時間程度を1フェンと定めているらしい。それが12フェン、つまり24時間で1日という認識は変わらなかった。これはうれしい。ただ1フェンの始まりは午前6時を指すようなので注意が必要だ。また、時計も魔道具で存在しているのでどこでも時間の確認ができる。
年に月が13ヶ月あり、全てこの世の神々の名を冠している。
僕らの認識と当て嵌めるとこういうことになる。
1月:カーの月
2月:アストルの月
3月:ルイフェの月
4月:ギーヴの月
5月:ナーゼの月
6月:アクラスの月
7月:オーカナーの月
8月:ダンテクルスの月
9月:ハティヴィルの月
10月:オリンピアの月
11月:アースの月
12月:ナーシェの月
13月:スーザの月
聞いたことのない神ばかりだったが、異世界なのだから当然だ。
1月が20日という換算で、四季の概念はあるみたいだ。
大抵のことは“カーの月”から始まるらしい。
今日は皇世紀904年、ナーゼの月の11日目だと言っていた。僕らが事故に遭ったのは8月だから、3ヶ月のズレがある。地球と関連しているわけではなさそうだ。
そして、この世界は科学の代わりに魔法が発達しているおり、『レベル』と『スキル』というゲームのようなステータスの概念が存在する。レベルはどれほどの経験をしたか、敵を倒したかを経験値として数値化され、その合計がある一定値を超えると上がる仕組みのようだ。どういう基準で経験値が振り分けられているのかは判明していないらしい。有力な説として神が決めているのだとか。ざっくり言えば気付くとレベルが上がっているという認識だった。
日常生活を過ごしていてもわずかだが経験値が溜まっていく。つまり、レベルが高い人ほど経験を積んだ人生を歩んできたと見なされるようだ。だから職業に就く際はレベルよりスキルを重視する傾向があるとか。
スキルは文字通り技術で能力を指し示す。こちらにもレベルがあるが、スキルレベルの上限は10となっているようだ。ただ、魔法だけは例外でレベルを10にするとその上位魔法が使えるようになる。だから魔法師は熱心に魔法のレベルを上げるのだとか。
大抵の人はスキルレベル5くらいで成長が止まるらしい。また、スキルを取得する数に上限はないが浅く広くスキルを身に着けても20個もいかないとか。それよりは5~6個取得して極める方が効率はいいし、生きていく分には困らないとのことだ。
スキルの取得条件は不明で、自然とスキルが身に付くため故意的にスキルを増やすことの方が難しいらしい。
因みにこの世界ではステータスはルカと呼ばれ、確認するにはルカと念じれば自身のステータスを見ることができる。これを聞かないと僕らは一生ステータスの確認をできなかったかもしれない。ルカは人に見られることはまずないそうだ。ルカを見抜くスキルは昔から存在するようだが、神が許さないらしくレベルが高くないと見抜けない仕様で無駄スキルと言われている。
このことから、この世界では神が大きく関わっており、彼らがシステムとして管理していると信じられていることが分かった。
もし、神にステータスを管理されているのだとすればプライベートもあったものではないが、滅多に干渉してくることはないとのこと。いちいち気にしては行動できないし、運命操作をされないことを祈るばかりだ。
現代人だった僕らからすると、神の存在自体甚だ疑問であるがなんでもござれなこの世界ならいてもおかしくはないのかも。
「そうか。まあ、こちらも聞いたことない知識ばかりだからお互い様なのかもな」
元いた世界がどのような場所だったのか、この世界に影響がない範囲で伝えた。神がいるのであれば、異文化の持ち込みは神罰の対象になりかねないのでなるべくぼかして答えるように努めた。
このクルサという男性はガサツなところがありそうだが、意外と話が分かる人で深く突っ込んでくることはしなかった。
しばらくの目標は僕たちが安全に生活できるだけの知識と財産を築くことだ。そこで、僕らでもできる仕事を斡旋してもらうべく、異世界お馴染みのあの場所へ案内してもらっていた。
「ほら着いたぞ。ここが冒険者ギルドだ。宿はこの先にある『青空亭』を俺の名前で取っておくから後で顔を出しておけ」
冒険者ギルド。誰でも入会が可能で、仕事を斡旋してくれる場所だ。
「身元不明な僕らに優しくしてもらって、感謝しかないです。何から何まで本当にありがとうございました」
誠がお礼を言って頭を下げると、他の3人も習うようにぺこりと頭を下げた。
「ああ、いいってことよ。困っている人を助けなきゃ騎士として情けねえし、それに、お前ら悪い人間に見えなかったからな。俺の感は当たるんだ。何か相談したいことがあれば頼ってくれていい。お前らの顔と名前は覚えたからよ。4日間はこの町の“憩いの宿”って場所で寝泊まりしている。それからは王都に戻っから、王都に来ることがあれば寄ってくれや。ああ、それとこれを持っていけ」
そう言って腰に吊るしている革袋からなにやら札を取り出してぞんざいに投げ渡してきた。
誠はキャッチしたそれを見た。
合金で出来た札で、ずっしりとした重さとひんやりとした感触が伝わってくる。片面には鳥の意匠が施してあり、それが何を意味するのかは分からないが、とても貴重なものであることは理解できた。
「これは?」
「ああ、それは騎士の客人という証明だ。持っておけ、役に立つぞ。宿に着いたらこれ見せりゃ対応してくれるだろうさ」
ということは、これがクルサさんの仕えている王家の紋章ってことだな。
本当にいい人に助けてもらった。
改めてお礼を言い、誠たちは冒険者ギルドへ足を踏み入れた。
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