真に幸運なものと幸運を試すもの
和泉茉樹
真に幸運なものと幸運を試すもの
自殺志願者を求めています。
集合場所は東京の山手線にあるとある駅で、呼びかけには、目印になる男の特徴が記載されていた。
定められた期日にその駅の前に行く。目印の男は広島カープのキャップをかぶっているという。すぐに見つかり、声をかけた。
男は腕時計を見た。
「締め切りまで十五分ですから、少しお待ちください」
続々と十五分の間に人が来て、私を含めて六人になった。
自己紹介もせず、キャップの男の先導で、近くの駐車場に停められていたバンに乗り込む。普通のバンだ。
走り出し、六人がそれぞれに身の上を話し始めたが、楽しい話ではない。
都市部を離れ、コンビニでのトイレ休憩を挟んで走り続け、停車したのは、どこか山の中の建物の前だった。周囲は雑木林があるだけで、他に建物はない。
キャップの男に招かれて、建物の中に入った。
中は大きな一間で、こうなると大きなバンガローみたいだ。
ガランとした空間にソファが円形に配置されている。
私たちがそれぞれにソファに座るのへ、飲み物のリクエストを聞き、酒やジュース、コーヒー、キャップの男が用意した。
飲み物が行き渡ると、キャップの男は建物を出て行った。
やることもないので、六人で雑談をしているうちに、どうやって集団自殺するのか、ということが話題になったが、ここまで来てしまっては、今更、バンの中で練炭を使うこともないだろうし、手法の想像がつかない。
飲み物に薬が入っているのでは、といったものがいた。すでに六人ともが多かれ少なかれ、飲み物を飲んでいる。
これから自殺しようというのに、全員がこわごわとした様子で手元の器を見る。
「お待たせしました」
聞いたことのない男の声に、六人がそちらを見ると、キャップの男が戻ってきていて、一人の男性を伴っている。
どことなく紳士然としているが、服装はラフで、職業はわからない。年齢は五十代だろうか、それにしては気配が若々しく、やはりわからない。
その男性が歩み寄ってきて、
「始めましょう」
と、前触れもなく行った。
ポケットから何かを取り出した、と思ってそちらを見ると、さすがにギョッとしてしまった。
そこにあるのは六連発のリボルバー拳銃なのだ。
私を含めた六人ともが驚きに打たれている間に、男性が慣れた手つきで弾丸を五発、込めた。
ぐるぐるとシリンダーが回され、手首のスナップで、ガチッと元に戻る。
「では、これからみなさんには自殺してもらいます」
「そ……」志願者のうちの一人が狼狽した様子で言う。「それで、自分を、う、撃てというのか?」
「そうです。この拳銃には六発の弾丸が込められます。今、五発を装填しました。つまり、ロシアンルーレットですが、逆の趣向です。一人は絶対に生き残ります」
その説明に、私も、他の五人も黙り込んでしまった。
頭を撃つのだろうが、痛いだろうか、どんな感じだろうか。
「覚悟のあるうちにやりましょう。最初に引き金を引く人をじゃんけんで決めてください。その方から時計回りでやっていきます」
とんでもない話をしているのに、じゃんけんをしろ、とは、いかにも場違いだったが、全員が正気を失っているんだろう、誰からともなく、最初はグー、と声を合わせ、手を出した。
幸運と呼んでもいいだろう、一発で一人だけが勝った。その一人、二十代の女性だが、彼女は私の左二つ隣だった。
私が引き金を引くのは、六人中五番目だ。
いや、何を考えているんだ? 私は死にたいはずだった。それが。ここに至って、命が惜しいのか?
拳銃がじゃんけんで勝った女性に手渡された。
女性はぶるぶると震える手で拳銃を握り、こめかみに銃口を押しつけた。
瞬間、引き金を引くわけがない、と私は思った。
思ったが、それは勘違いだった。
ひどい思い違いだ。
ここにはみんな、死ぬために来ているのだから。
轟音が響き、何かぐちゃぐちゃした肉のようなものが飛び散った。とんでもなく大きい音だったので、ソファから腰を浮かしそうになったほど驚いた。
女性が、がくりとうなだれ、手から拳銃が落ちた。
「二人目の方、どうぞ」
男性が拳銃を二人目の志願者、四十代の男性に手渡す。
彼の手は震えていなかった。
「では、お先に」
彼はそんなことさえ言って、引き金を引いた。
轟音、血と脳の一部が飛び散る。拳銃が床に落ちる重たい音と、やっと漂ってきた火薬が燃えた匂い。
「三人目の方、どうぞ」
今後は十代の男性だ。彼の手は拳銃が持てないほど震えて、一度、取り落とした。それを例の男性がゆっくりと拾い、また手に置く。
「か、代わりに、撃ってください」
青年が呻くように言うが、男性がゆっくりと首を振った。
「それでは自殺になりません。ご自分で」
青年がついに拳銃を握り、こめかみに銃口を向けるが、全く位置が安定しない。
これで引き金が引けるのか、生きている全員が視線を注ぐ。
その視線から逃れるように青年が大声をあげ、引き金を引いた。
体が力を失い、やっぱり拳銃が床に落ちる。
いともあっさりと、三人が死んだ。とても現実感のある光景じゃない。
こんなに銃声が連続して、誰もそれを耳にしないのだろうか。それもそうか、こんな山奥の人気のない場所にいるのだ。最初から、拳銃での自殺が前提なのだ。
「四人目の方、どうぞ」
拳銃が四人目の志願者、三十代の女性の手に渡る。
その女性が、男性をじっと見た。
「あなたはこんなことをして、何か、得があるのですか?」
男性がにっこりと微笑む。
「これが趣味のようなものでして」
悪趣味なこと、と女性が笑い、男性に銃口を向ける。
「もしここで私があなたを殺したら、趣味も何も無くなっちゃうわね」
「あなたが崇高なる精神を持つ自殺志願者だと、信じていますよ」
笑えないジョークだったが、私も、左隣の女性も、そしてたった今、拳銃を男性に向けている右隣の女性も、普通の状況じゃないからだろう、クスクスと控えめに笑っていた。
「もしかして、これから撃つ一発が不発だと、確信がある?」
ゆらゆらと銃口を揺らしつつ、女性が尋ねるが、男性は微笑むだけだ。
結局、女性もふざけるのはやめたようで、自分のこめかみに銃口を押し付けた。
「神のご加護を」
そう呟いたのが聞こえて、次の一瞬に、引き金が引かれる小さい音と、それを掻き消す音が轟いた。
倒れこんだ女性をそのままに、拳銃が回収され、私の手元へ来た。
さて、残りは私と、左隣の女性の二人だけ。ここまで四人が死んだ。
残り二人のうち、片方は生き残り、片方は死ぬことになる。
「では、五番目の方」
男性が私の手元に拳銃を差し出す。
いざ、こうなってみると、私の手は自然とその拳銃を手に取っていた。
なんの確信もない。むしろ現実感が希薄すぎて、何も考えていなかった。
運が悪ければ死ぬが、運が良ければ生き残る。
私はどちらだろう?
違う。運が悪ければ生き残り、運が良ければ死ぬのか?
拳銃がやけに重いのを意識しながら、ピタリとこめかみに銃口を押し当てた。
神のご加護を。確かに右隣の、今は死体になった女性は、そう言って引き金を引いた。
私も神に祈りたい気持ちだった。
しかし、生きたいのか、死にたいのか、どちらだろう。
南無三、と心で唱えて、私は引き金を引いた。
非常にあっさりとした決断だ。
撃鉄が落ちる。
無音。
「では」男性がそっと私の手に触れた。「次は六番目の方です」
私は、不発を引き当てたようだった。
手元から拳銃が回収された時、やっと手が、そして肩、体全体が震え始めた。
死ぬところだった。
しかし、死ななかった。
それは何か、救いのようで、しかし私にとっての絶対の救いのはずのに死には見放されたわけで、悔しいはずなのに、安堵している自分が、恥ずかしかった。
「どうぞ」
男性が私の左にいる女性に拳銃を手渡した。
彼女が死ぬことは確実だ。もう万が一にも、私のように死に損ねることはない。
女性がゆっくりと拳銃を受け取り、落ち着いた様子でこめかみに銃口を持って行った。
彼女がチラッとこちらを見る。
責めるような表情ではない。むしろ、どこか落ち着いていて、何か、感謝するような色にさえ見える瞳が印象的だった。
彼女の指が、あっさりを引き金を引いた。
音が、しない。
しないのだ。
女性が拳銃を下げ、それから私を見て、次に男性を見た。
男性が渋い顔で拳銃を受け取ると、シリンダーを開放した。
そういう仕組みなんだろう、一度に全部の空薬莢が排出される。涼しい音が床で連なって起こる。
その薬莢を拾い上げ、男性が肩をすくめる。
「空薬莢は四つあります。一発は、不発弾です」
不発弾?
私か、もしくは最後の女性のどちらかは、実際には死ぬはずだったのに、死ななかった。
「幸運な方ですね」
男性が薬莢と拳銃を、ずっと部屋の隅に控えていたキャップの男性に手渡した。
「それだけでも、生きていけませんか?」
男性の問いかけに、私と女性は、視線を交わした。
この時の私自身は、自分の幸運というものを心底から理解したつもりになっていた。
悪いことしかなかったが、もしかしたらこの先、命を拾うような強運が、私を救うかもしれない。生きていけるかもしれない。そう思った。
だが、女性は違った。
「もう一度、試します」
そう言って女性がキャップの男の方を見た。
「不発弾が本当に不発か、試します」
男性は短い沈黙の後、いいでしょう、と応じて、キャップの男から拳銃を受け取り、私かもしくは女性を救った不発弾をシリンダーに装填した。
ガチッと拳銃が発射可能な状態になり、撃鉄が上がる。
「どうぞ」
女性が拳銃を受け取り、こめかみに押し付ける。
不発弾が、今更、炸裂するはずがない。
なんでそんな無意味なことを試すのだろう?
私が見ている前で、女性はぐっと指に力を込めた。
轟音が、響いた。
女性の体から力が抜け、拳銃が床に転がった。
男性が私の肩に手を置いた。しかし無言だ。
急に部屋の生臭さと、濃密な死の気配が、私を飲み込んだ。
嘔吐感がこみ上げ、思わず手で口元を押さえた。
(了)
真に幸運なものと幸運を試すもの 和泉茉樹 @idumimaki
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