汚部屋

クロロニー

汚部屋

 一人暮らしの部屋というものは大なり小なり汚いものであるが、これ程までに汚くなったのは生まれて初めてかもしれない。床には書籍類と空のペットボトルと衣服とゴミが所狭しと散乱し、押し入れはまるでミキサーにかけたかのようにグチャグチャだ。しかしこの三日ほど外に出ていないのだからそれも当然のことだ。僕は天然水の入った2リットルのペットボトルを押し入れから救出して、蓋を開ける。こうしてまたペットボトルのゴミが増えていく。夏場だからだろうか、アパートの前には広い公園があるのだが、そこからひっきりなしに子供の泣き声が聞こえる。

 僕は部屋の中を忙しなく歩き回る。なぜそんなことをするかというと、暇だからだ。眠るのにももう飽きたし、読書をする集中力はとっくに切らしている。ならば歩いて脳を活性化させよう、そういう目論見だった。しかしこれ程床に物が散乱していれば、歩き回るのにも一苦労だ。部屋の中央で何故か洗濯物干しが自立しているから尚更だ。もちろんその洗濯物干しには衣服が何一つ掛けられていない。今となってはただの木偶の坊だ。棒だけに。

 歩き回っていると天井からパラパラと塗装の欠片が頭に落ちてくる。それも、かなり頻繁に。このままだと髪が総白髪になってしまいそうだ。築30年でそろそろ危ないと思っていたが、やはりこのアパートは耐えられないな。家賃の圧倒的安さに甘んじるのはよくないと常々思うものの、実際に身を以て体験してみるともう少し慎重に家探しをしてもよかったかなと今にして思う。見ただけではあまりわからないが、天井も歪んでいるようだ。元が民家の内装を改造したようなアパートだから、耐震工事も不十分なんじゃないかと睨んでいる。

 乱雑な部屋を歩き回っても頭の中は一向にクリアにならない。ならばやはり片付けるしかあるまい。そう思って片付けやすい書籍類を無理やり本棚に収めようとするが、しかし詰めた傍から滑り落ちてしまうのでまるで賽の河原だ。横一列分をぎちぎちになるように一気に収めればちゃんと仕舞われてくれるかもしれないが、そもそも傾いた欠陥本棚に本を収容しようとすること自体が間違いなのだ。この大量の書籍が片付かなければ他を片付けたところで意味がない。

 僕は窓を開けてみようとするが、レールがすぐに引っかかって紙が通るか通らないかぐらいの隙間しか生まれなかった。以前にも一度試したのだが、放っておいたところで変わるわけがない。僕はため息を吐いて万年床に座り込んだ。もっと家賃の高い家に住んでいればあるいは――。

 その時だった。扉をドンドン、と叩く音が聞こえた。僕は「はい、います」と答えながら扉のすぐ傍へ駆け寄った。その扉を叩く音は徐々にでかくなっていき、やがて余震がやってきたかのような振動を生み出して突き破った。斧だった。

「生存者、一名確認」

 もう一生開かないと思っていた歪んだ扉が開かれた。ようやく外に出られるようだ。

 一人暮らしの汚い部屋を他人に見られることほど気恥ずかしいことはないが、震度7の緊急事態くらいは大目に見てもらおう。

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汚部屋 クロロニー @mefisutoshow

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