第32話:何故か全員一緒なのだ
村に人が増えて二日目。
畑の小麦はまだ若干青いが、ハムスターによるとあと四日で収穫できるだろうとのこと。
それまでに粉引き用の臼っていうのか?
あれを造らなきゃなぁ。
「ふーむ……」
『どうした主よ』
「うん。小麦を粉にするための臼なんだがな……どんな構造なのか、俺は知らないんだ」
『ほぉ。主にも分からぬ物があるのか』
そりゃあいっぱいあるさ。
あっちの世界の魔法は全て覚えた。だけどなぁ、土木や農耕技術は魔法と関係ないだろ?
「ケンジさん。村の人に頼ってはどうですか? 新天地に希望を抱いて集まった者は、集団ごとでちゃんと人員を振り分けられているんです。例えば──」
セレナが言うには、農業が出来る者、狩りが出来る者、建築が出来る者、土木が出来る者などが最低限揃っているそうだ。
もちろん本職は少なく、手伝いをしたことがある程度という者も少なくはない。
「でもまったく出来ない人ばかりが集まった移民団だと、さすがにゼロから開拓なんて難しいですからね」
「ふむふむ。なるほど、その通りだな。じゃあ探すべきは……」
「ダークエルフの里だと、小麦はすり潰して粉にしているが」
「それだと時間と手間がかかるんじゃないのか?」
クローディアは首を傾げる。
「そんなにたくさん必要か?」
「そりゃあまぁ……聞くがクローディア。ダークエルフは1日にパンをいくつ食べるんだ?」
「いくつ? いくつも食べるものなのか?」
なるほど。食生活の違いだな。
人間族なら三食全てにパンが出ても当たり前だろう。
「ケ、ケンジさんはパンを1日にいくつ召し上がるんですか!?」
セレナも驚いている。
……おぉう。貧しい状況だった彼女も、ある種ダークエルフと同じ考えのようだ。
それでも小麦粉が大量に必要だと分かっているのは、純粋に人口の差だろうな。
もちろんこの村の人口は少ないが、彼女が元々生まれ育って人間の里では違うだろう。
「と、とにかく知っている人を探そう。農業のことに詳しい人を探すか」
「はいっ」「おうっ」「分かったのじゃ」『きゅ』
探す──手分けして探すものだとばかり思っていた。
だが現実は違う。
何故か全員一緒なのだ。
「ダルトンさんは農村出身です。聞いてみますか?」
「いや、ダルトンさんとは以前話をしたことがあるが、彼の村では野菜しか作っていなかったようだ」
「野菜を粉にする必要はないな。フッ、胸がデカいだけの、役に立たぬハーフエルフだな」
「うぎっ。じ、じゃあクロちゃんは誰か心当たりはあるのですか?」
ぷんすぷんすと体を上下に揺らすセレナ。
クローディアのいう『胸がデカい』が強調されて、よく弾む。
その弾む胸を憎々し気にクローディアは見つめ、そしてぷいっとそっぽを向いた。
「ボ、ボクがこの村の住人になったのは、つい最近なのだ。それに弱い男には興味がない。興味のない相手のことなんて、ボクは調べようとは思わないからなっ」
「はいっ! 妾はジョンじーが良いと思うのだっ」
「ジョンさん? デーモン・ロードちゃん、ジョンさんって誰なの?」
女子たちの会話が続いているが、今さらっとクローディアが変なことを言ったよな?
彼女はいつからこの村の住人に?
ダークエルフの里はどうしたんだ。
しかしまさか魔人王から候補者の名前が出るとは。
そういえばこいつ、中年以降の年齢層によく囲まれているのを見るな。
我が子のようだ、孫のようだと可愛がられているのだろうか。
「ジョンじーさんは村ではなんでも屋をやっていたと聞いた。なんでも屋は作物の収穫を手伝ったり、家屋の修理をしたり、とにかくなんでもするってゆーてた」
「家屋の修理……」
「風車を建てたこともあるとゆーてたぞ」
「風車!?」
風車──日本じゃあ風力発電だが、ヨーロッパや北欧だと風車は粉引きに使われてなかったか?
異世界なんて中世のヨーロッパ風っていうのが定番だ。
もしかすると、もしかするかもしれない!
早速魔人王にジョンじーさんを探して貰う。
驚いたことにこのジョンじーさん、東のキャンプ地からの移住者だった。
僅か二日で彼とも親しくなったとは……魔人王って本来そういうキャラじゃないだろ?
「ジョンじーさぁん。ケンジーが話があると言っておるぞぉ」
「わしにかのぉ?」
彼は麦畑で作業をしていた。
穂がしっかりと実った麦畑から出てくると、俺に頭を下げる。
「ケンジさん、わしに答えられることなら、なんでもお話しますよ。あんたは命の恩人ですからのぉ」
「ありがとうございます。でも体調はいいんですか? 一緒にこの村に来た人たちは、まだ何人かは栄養不足で寝込んでいるようですが」
「えぇ、まぁなんとか。それにこんな立派な麦畑を見たら、元気にもなりますよ」
朗らかに笑うジョンじーさんは、村で手伝っていた『収穫』していたものが、実は麦だったことを教えてくれた。
もしかして作ったことのある風車というのは──
「えぇ。小麦を挽いて粉にするための、臼を動かすのに使われた風車です。お造りになるのですか?」
「そうしたいのですが、俺は風車の建築はしたこともなければ構造も知らないので」
「なるほど。わしももう何十年も前なので、どこまで覚えているか……。しかしお手伝いしましょう。こんなに立派に育った小麦があるんです。さぞかし美味しいパンになるでしょう」
ジョンじーさんと握手を交わし、彼を自宅へと招いた。
そこで必要な材料をピックアップしてもらい、薄い木片に書き込んでいく。
「風車小屋も風車の骨組みも木で作りますから、まぁ木材は当たり前として」
「ふむふむ。風車といえば帆ですよね。布──はないか?」
一緒に来ていたセレナに尋ねるが、やっぱり余分な布などはないようだ。
「いやいや、帆は使わずとも骨組みだけで翼は作れるわい」
「え、そうなんですか?」
風車の翼に布が使われているというイメージだったんだけどな。
無くてもいいのか。
「しかし布──麻は必要じゃろう。引いた粉を入れるためにのぉ」
「麻ですか……」
麻布で服とかも作れるんだろうけど、そうそう落ちている物でもないし。
するとクローディアが、
「森の西側の端にたくさん咲いているぞ。種をちゃんと取っておいて、同じ所に撒いてくれるなら好きなだけ取ってもいい」
──と、胸を張ってドヤった。
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