第26話:でもハムスター、可愛いじゃないですか

「"迷宮脱出ラビターン"」


 行きは苦労するが、帰りは楽をする。

 これ迷宮攻略の俺流鉄則だ。もちろん迷宮脱出の魔法を持っていること前提になるが。


「ここが……妾の──いや、リリカが生まれたオスクォード領。ではないな」

「デーモン・ロードちゃん、オスクォード領って?」

「うむ。リリカの父親が治めていた領土のことじゃ」

「……セレナ、ボクを見ても知る訳ないだろう。ボクが生まれる前の話なんだぞっ」

「あ、そっかぁ」

「それに、森は今も昔もボクらダークエルフが住んでいた。人間がいたのは、ここからえぇっと……もっと北東だな」


 北東。集落よりもっと東か。


「デーモンどもはもう出てこないんだろうな?」


 東北──山で見えないが──の方に視線を向ける魔人王にそう尋ねれば、


「魔界の扉は閉まっておるのじゃ。最初に出てきた奴らを倒してしまえば、追加はおらぬ」


 そう返事が返って来た。

 最下層まで行く間に随分倒した気はするが、あの迷宮から外に出ていた奴らがまだ残っているかもしれない。

 いや、そもそも奴らはなぜ地上に出てきていなかった?


「クローディア。デーモンによる里の襲撃は、以前からたびたびあったのか?」

「いいや、この前のが初めてだぞ。こんな近くにデーモンの巣窟があったなんて……思いもしなかったことだ」

「お外に出るのが嫌だったんですかねぇ」


 セレナはお花畑思考だな。ははは……。


 しかしこれまで襲撃がなかったというのは信じられないな。


 振り返って迷宮への入り口を入念に確かめると、いくつか古代語のような文字を見つけた。

 俺の知っている文字とは少し違うが、まったく読めないわけではない。

 これは結界魔法だな。


「どうしたんです、ケンジさん」

「うん。どうやら何者かが迷宮の入り口に結界を張っていたようだ。それもかなり強力なものだが──何かを媒体にしたようだ」

「媒体かえ? 何を媒体にしていたか、分かるか?」


 魔人王も興味津々な様子で覗き込む。


「さぁ、なんだろうな? それっぽい物が落ちていないので……いやまさか石を媒体なんてことはないしな」

「石に部下どもを押さえつける力はないのじゃ。あ、元部下じゃ。あんな奴らのこと、妾はもう知らんプイッ」


 知らんプィッと言っても……ほぼほぼ倒してしまったし。

 しかし……媒体に使うのは、確かに魔力のこもった何かであることがほとんどだ。

 だがそれらしいものはここにはない。


「もしかすると、集落の誰かが媒体になるものを持ち去ってしまったのかもしれないな。それで結界が解け、デーモンが出てきたんだろう」


 窃盗で捕まって、半ば追放にも近い形で開拓民にされた者たちだ。

 盗まずにはいられなかったのかもしれない。

 それが自らの命を脅かすことになろうともしらずに。


「一度クロイス村に戻ろう。まぁデーモンが現れれば、ハムスターたちがどうにかしているだろうけど」


 まだデーモンが残っている可能性もあるからな。

 まぁハムや椎茸、イカもいるんだ。大丈夫だろう。


「はむすたーとはなんじゃ?」

「ケンジさん……やっぱりハムスターだって思っているんですね」

「……じゃあ聞くがセレナ。アレがどんな風に見えている?」

「ハムスターです」


 即答しているじゃないか!


「ハムスターとはなんじゃ?」

「ベヒモスのことだ。見ればわかる」

「ほぉ、ベヒモスはハムスターというのか」


 クローディアもやはりアレはハムスターだと認識しているようだ。

 この世界はメルヘンだな。


「よし、じゃあまずは村だ。それからダークエルフの里に向かう。捕まれ」

「はいっ」

「おうっ」

「分かったのじゃ」


 セレナが俺の右腕を、クローディアが左腕をそれぞれ掴み、魔人王は首にぶら下がる。


「君らは俺に魔法を使わせない気か」

「はっ。す、すみません」

「すまない」

「わぁーい。ぷらーん、ぷらーん」


 ……えぇい、振り落としてくれるわぁーっ!






『……魔人王……だと?』

「うわぁー、これがハムスターなのかぁ?」

『ハムスターではぬぁい! 我は大地の精霊王、ベヒモスじゃあぁぁっ』

「でもハムスターなのじゃろ。のう?」


 こっち見て「のう?」とか聞いてんじゃねーよ。


ぬしよ。やはり貴様、我のことをハムスターと思っておるな!』

「いや全然。お前はどこからどう見ても、最強無敵にカッコいいベヒモスだろ?」

『きゅう。分かっているならそれでよいのじゃ』


 チョロ過ぎ。

 さて村の様子だが──特に変わった点はない。

 さすがに俺たちの帰りが遅く、心配はしてくれていたようだ。


「俺らも探しに行こうとしたんだがな、そのたんびにちっこいお嬢ちゃんとかハムスターとかイカに窘められてな」

「オッズさん。誤魔化した傍からそれはちょっと……」

『やはり我のことをハムスターなどと!?』


 ハムスター激おこ。小さい前足で地団太を踏み、そのたびに地面が揺れる。

 小さくてもハムスターでも、こいつは大地の精霊王ベヒモスだ。


 そのベヒモスをセレナが抱き上げる。


「でもハムスター、可愛いじゃないですか」

「可愛い可愛い。ベヒモスは可愛いのじゃ~」

「もふもふだものな」


 セレナの胸に挟まれ、魔人王に尻を撫でられ、クローディアから腹を揉まれ。

 当の本精霊は恍惚とした表情でされるがままだ。

 大精霊って……


 なんだろうな。


「それでオッズさん。クロイス村に誰か現れませんでしたか? 東の集落から来たとか言って」

「いや、あの日の朝に来たドグって奴だけだ。そいつはテリオラに世話して貰っている。かなり憔悴しきっていたが、昨日あたりからまともに喋れるようになったそうだ。そんで、集落はどうなってたんだ?」


 俺はオッズさんに有りのままを話した。

 南東の山にデーモンの巣窟があったこと。東の集落で遠くまで狩りに出た者が帰って来ないのも、ダークエルフの里を襲撃したのも、全部その迷宮から出てきたデーモンだろうということを。


「デ、デーモン!? そんなおっかねえもんがいるのか」


 と声を荒げ不安をあらわにするオッズさん。

 かと思いきやニヘラと笑い、


「けどケンジがどうせ全滅させちまったんだろ?」


 と。


「まだ分かりません。俺たちが迷宮に入るよりも前に、抜け出した奴らがいるかもしれませんし」

「そうか……デーモンが……」


 再び不安そうな顔になる彼だったが、またすぐニヘラと笑って、


「まぁお前に任せておけばいいか?」


 と。


 不安になるのか笑うのか、どっちかにしてくれ。


 

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