第27話:ぐちょぐちょなのじゃぁ

 その後、すぐにダークエルフの里へ。

 だがこちらにもデーモンは姿を現していないということで。


「妾が探してやろうか?」

「探せるのか?」

「任せるのじゃ。これでも妾は魔人王デーモン・ロードちゃんであるぞ」


 すっかり人間くさくなって声のトーンも子供そのものになった魔人王。

 だが内に秘めた魔力は強大で、これで本来の魂ちょびっとなんて言うんだから、さすが魔人王と言うべきか。


 魔人王が魔力を練り上げると、風がピリピリするのが分かる。

 それを他のダークエルフたちも感じているのだろう。

 あたりをきょろきょろさせ、魔力が放出されている源が幼い少女だと知って驚いていた。


「そ、その娘はまさか──」

「デーモン・ロードちゃんです長老」

「……デ、デーモン・ロードちゃん?」


 長老、首傾げて「何言ってんのこいつ」みたいな目でクローディアを見ている。

 分かる、その気持ち。


「もう、お前らうるさいのじゃ! 妾の邪魔すんななのじゃっ」

「「ごめんなさい」」


 8歳児に説教された。

 しかしデーモンの存在をどのくらいの範囲まで感知できるんだ?

 試しに索敵魔法を使ってはみるが……まぁ数百メートルが限界だよなぁ。その範囲内にデーモンの気配はない。


「いたのじゃ。ここから北東の方角に、60kmぐらい行った所なのじゃ」

「ろくじゅ!? は? え、どういうこと?」

「行くのじゃーっ」

「北東でしたら、集落までケンジさんの転移魔法で行った方が近いんじゃないですか?」

「そ、そうだな。は、ははは」


 魔人王、とんでもない奴だ。

 

 セレナのアドバイス通り、まずは東の集落へと飛ぶ。

 俺の索敵ではまだ分からない。

 そこから『速度増加スピードアップ』を掛けて走る。


「あっちじゃ!」

「あっちだな。っていうかお前はなんで俺の肩に乗っているんだ」

「高い位置からのほうがよく見えるのじゃ」

「ふふ。まるで親子みたいですね」


 誰と誰が親子だって?

 魔人王にも『速度増加スピードアップ』を掛けてやったというのに、奴は猛スピードで俺の肩に上ってちょこんと座ってしまった。

 まさに肩車状態だ。しかも強制的な。


 仕方なく魔人王の足を掴んで全力疾走をし、ほどなくそれらしき影を発見した。


「"索敵"──三体か」

中位悪魔アーク・デーモンなのじゃ。あれが最後じゃぞ」

「セレナ、援護を。クローディア」

「任せるのだっ」


 俊足のクローディアがいっきにアーク・デーモンへと接近する。

 こちらは立ち止まり、彼女が対峙していないアーク・デーモン二体に向かって『深海の槍アクア・ランス』を放った。

 加圧された水を細く絞って放出するこの魔法は、水でありながら対象の体にいともたやすく穴を空ける。

 狙いたがわず一直線に飛ぶ無数の水の槍。


『ギッ──』

『ガ──』


 一瞬のうちにアーク・デーモンの体には穴が空く。穴と穴同士が繋がって、あちこち拳大の穴になってしまったな。

 すぐ隣にはクローディアがいるし、炎系の魔法だと飛び火して危ないと思ったんだ。

 けどその代わり──


「うあぁぁぁ、汚あぁぁぁぁっ」

「すまんクローディア。加減をするのを忘れた」


 忘れたせいで、深海の槍で押し出された部分の肉片があちこち飛び散ってしまった。

 もちろんクローディアにも。


「うえぇぇ、ぐちょぐちょなのじゃぁ」

「ぐえぇぇ、臭いのだ、汚いのだ、気持ち悪いのだぁ」

「いや、すまん。すぐにクロイスに戻って、風呂に入ろう。な?」

「ダ、ダメですよ! そのままお風呂に入っちゃダメですからねクロちゃん。先に汚れを落としてからじゃないと、湯舟に入っちゃいけませぇんっ」






「こ、これがお風呂!?」

「えぇ。それも『温泉』って言うのよデーモン・ロードちゃん」

「温かいのじゃ~」

「うっうっ。なんかまだ臭いのだ」


 隣の風呂からそんな声が聞こえる。

 デーモンってそんなに臭いが残るのか……至近距離から潰すのは止めておこう。


 というか当たり前のように魔人王がくっついて来てしまったが、どうしたものかなぁ。

 いや、このまま放置して野生に目覚められてもマズいし、監視の意味で傍に置いておいたほうが安全なのかもしれない。


 迷宮を出たデーモンは他にいないようだが、魔人王には定期的に索敵をして貰っておこう。


「しかし最後に見つけたデーモンたちは、何故あんな所にいたんだろうな」

『あんなとはどんな所だ?』


 すぃーっと湯舟を泳ぐ動物を発見。


「……いたのかハムスター」

『主いいぃぃぃぃっ! 今ハッキリと我のことをハムスターと呼んだであろう!』

「ぬ? 隣からケンジの声が聞こえるのじゃ。あとハムスター」

「お隣にもお風呂があるのよ。向こうは男の人せん──「なんと! お風呂がもう一個あるのかやっ。そっちのお風呂も入りたいのじゃっ」


 魔人王の弾むような声が聞こえたかと思うと、一瞬にして魔力が収束する。

 そして──


「どっかーん! なのじゃ」


 擬音と効果音が同時に聞こえ、男女それぞれの風呂場を隔てていた壁が──消滅した。


「なんじゃ。同じ形の風呂があっちにもあるだけではないか。つまらんのじゃ」

「お、おい……おまっ、何やってんだ!!」


 くるりと背を向け、ちゃぽんと湯に浸かる魔人王。

 その湯気の向こうには浴槽の縁に腰を下ろしたセレナと、その奥には石鹸の泡を体に塗ったくっているクローディアの姿が。

 セレナと目が合うと、


「きゃあぁぁぁぁぁっ」

「うわあぁぁぁぁぁっ」


 慌てて視線を逸らしてクローディアと目が合う。


「にゃあぁぁぁぁぁっ」

「うわあぁぁぁぁぁっ」


 ど、どこに視線をやればいいんだ!?

 

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