第19話:風呂が欲しい
野生の鶏は、まるでモンスターだ。
飛ばない代わりい跳ねることに特化した強靭な足で、蹴る! 引っ掻く!
鋭く尖った嘴で突かれれば出血待ったなし!
しかもそれぞれの攻撃が単発で来るならラッキーなぐらい、常に連続攻撃だ。
ドスドスドスドスッと背後からやられれば、痛みと衝撃で身を屈め、激しくむせる始末。
むせている間に第二打が確実にくるっていうね。
日本の鶏もこんななんだろうか……養鶏場で働く人たちはS級冒険者かよ。
奴らに近づいてはいけない。
だが飛べないと余裕で挑めば、意外と跳躍力が高い上にすばしっこい。
前の異世界で鶏捕まえようなんて、やったことなかったもんなぁ。
やったことないことをやるのは、それはそれで楽しい。新しい試みというのはワクワクするもんだ。
さぁ、どうやって楽して捕獲するか。
村の背後に連なる山々は予想以上に大きく、横に広がっているだけなのかと思ったら、奥行きもなかなかに深い。
この辺りが人間にとって未開拓だったのも頷ける。
そんな山脈のごく手前の方に鶏たちは生息していた。
ほどほどに木が生え、ほどほどに傾斜があり、そして奴らの姿をすっぽり隠してしまう背の高い草の生えた場所だ。
おかげで蜘蛛の糸も飛ばせやしない。
家畜として飼うのだから殺しては意味がないし、出来れば無傷で捕獲したいんだよなぁ。
となるとこれか──
「"眠りをもたらす霧よ──
鶏の周辺にいっきに霧が発生。
『コケ? コ……zzz』
一切の抵抗もなく鶏は夢の中。
この魔法、相手の動きを封じるという点では便利な魔法だが、実はデメリットもある。
魔法がひじょー……に、解けやすい。
効果中に何もしなければ眠り続けてくれるが、ちょっとした衝撃であっさり目を覚ましてしまうんだよな。
捕獲が目的だ。
抱えた瞬間に目を覚まされて、顔を突かれたら恐ろしい。
という訳で、至近距離から蜘蛛の糸でぐるぐる巻きにすることに。
「"
しゅるるっと白い糸が鶏に巻き付いた瞬間──『ゴケェェッ!』と案の定、目を覚ます。
胴と足に糸を巻き付けているが、顔はどうしようもない。
じたばたできないならせめて顔だけでもと、ものすごい勢いで振り回す鶏。
このままじゃ弱ってしまうな。もう一度眠らせよう。
はぁ、山羊より苦労するなぁ。
半日で捕まえたのはたった四羽。
明日も鶏探しだな。
「ただいま……はぁ、腹減ったよ」
思わず言った言葉だが、ここは俺の家ではない。
セレナの家だ。
「お、おかえりなさい」
「おかえり! ご飯できてるぞ。それとも水浴びにするか?」
セレナと、そしてすっかり居ついてるクローディアが出迎えてくれる。
なんかどこかで聞き覚えのあるネタが出たなぁ。
「水浴びか……風呂が欲しい」
「お風呂なんて、贅沢品ですよ」
「そうだぞ。水を温めるのも大変なのだから」
「お、珍しく共通意見じゃないか」
「えっ」「ぬっ」
一瞬で火花を散らす二人。
お腹空いたなぁ。
あと風呂、やっぱり欲しい。
水を温めるぐらい、そう難しくないと思うんだけどな。
夕食後にちょっと作るか。
「明日、卵が取れるといいですね~」
「あ……それがその……」
機嫌をよくして微笑むセレナには、本当に申し訳ないと思う。
今日捕まえた鶏は──
「四羽全部雄鶏なんだ……」
「…………ぅ」
「ぷっ」
「笑わないでクロちゃん! もう晩御飯出してあげないわよっ」
「ひっ。それは困るのだ。ごめん、もう笑わないからぁっ」
なんだかんだ仲がいいな、この二人。
食後、自宅に戻って設計図を書き起こす。
あぁ、紙も欲しい。
あれもこれも欲しいが、俺はひとり。
一つずつ、必要なものから揃えていこう。
設計図は魔力を細い糸状に放出した物に、発光要素を加えて宙に描く。
そのほうが頭でイメージしたものを上手く描けるからだ。
中学高校と、美術は2だったんだよ!
ログハウスを作った時、トイレは用意したんだよ。
その件で村の人には驚かれた。
前の異世界でもそうだったが、村では共同トイレがほとんど。
理由は簡単。
上下水道が整備されていないから。
トイレは穴を掘っただけのもので、糞尿はそのまま肥料としても使われる。
俺はこの部分をノーム任せにした。
穴を掘ることは同じだが、直下にではなくカーブさせてある。
そのほうが臭いが上がってきにくくなる……と思って。
穴の先は広くして、そこでノームたちが地中に取り込んで分解。
養分はそのまま畑に移しておらう──という訳だ。
たまに水を流してやれば、吸収がよくなる。
さて風呂だが……。
「ベヒモス、ドライアド、クラーケン。ちょっと意見を聞かせて欲しい」
『きゅ。なんだ?』
『わたしに頼りに来たわね』
『イ、カ』
もふわぁっとベヒモスが俺の膝上に現れ、むぎゅっとおぶさってくるドライアド。そして苦しそうにテーブルで突っ伏すクラーケンが登場する。
「あ、クラーケンはこの中に入ってろ。な?」
井戸水を汲んでおく桶をテーブルの上に置き、クラーケン自身に水を張らせて中に入ってて貰った。
『クゥ~♪』
「気に入ってくれてよかった」
桶の中から触腕をひらひらさせるクラーケンは、まるで風呂に入っているようにも見える。
羨ましい。
「聞かせて欲しい意見っていうのはだな──」
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