第12話:今悪意を感じたぞ
「矢が……」
空間倉庫機能付き矢筒に100本の矢を入れ、彼女が手を差し出せばシュっと一本出てくる。
そんな便利機能を付けてみた。
「矢が!」
便利機能は他にもある。
矢自身に『
魔法が発動する条件は、矢筒から飛び出して五分後に設定した。
これによって、射った矢をそのまま放置しても、自動で戻って来るようになる。
「矢がとっても便利ですぅ~」
「喜んでもらえて良かったよ。だけど帰還魔法を施したせいで、矢の強化はできなかったんだ。何度も使い続ければ折れるし、刺さりどころが悪くてもまぁ折れるだろうな。数が減ったらまた作ってあげるから、遠慮なく言ってくれ」
「は、はいっ。ケンジさん、何から何までありがとうございます。私、どうお礼をすればいいか……」
「いやいや、お礼なら毎日頂いているよ。むしろ俺がお礼を返しているぐらいだ。いつも美味い食事をありがとう。できればこれからもよろしくお願いしたい」
「も、もちろんです! 私もひとりで食事をするのは、ちょっと寂しかったですし。食べてくれる人がいるのも、凄く嬉しいんです」
その気持ちはよく分かる。
日本にいた頃、家族を失ってからずっとひとりだった。
ひとりで食べる飯は、味があるのかないのかも分からなくなるほど……。
勇人たちと異世界に召喚されて、いつも五人一緒の飯は──凄く……もの凄く美味かった。
味ではなく、心が満たされるような気持ちだった。
きっとセレナも俺と同じような気持ちだったのだろう。
もちろん、彼女の作る料理の味も美味いけどね。
「なら、食卓をもっと楽しくするために、頑張って麦を探すぞ!」
「はい!」
だがこの日は麦を発見できず。
魔石200個ほど、それとさくらんぼと杏子を見つけた。
これにはセレナが大喜び。
「杏子ジャムが作れます! それにお肉と一緒に煮込んでも美味しいですよ。あ、でも一番はケーキですよねぇ……」
そう言って彼女は遠い目をして、口元を光らせた。
ケーキかぁ。
ジャムにしろケーキにしろ、必要なのは小麦粉だ。
それに卵もいるなぁ。
野生の鶏とか、いないものか。
夕方には村へと戻り、採れたてのサクランボを全員に配った。
果物なんて数年ぶりだと言って、みんな喜んでくれた。
その種はちゃんと残して、明日にはドライアドのアドバイスに従って森の横にサクランボ園を造ることにする。
夕食の時、セレナから「森を復活させられるドライアドちゃんなら、果物の木も生やせるのでは?」と聞かれた。
「勘違いしているかもしれないが、いくら精霊でも何もないところに木を生やしたりはできないんだよ」
「え? でも、伐採して禿げた森を……」
「伐採したんだ。切り株は残しているだろう? もともとそこには森があったんだから、何もないには当てはまらないだろ?」
ドライアドは切り株から萌芽させた新しい芽を成長させ、森を再生させた。他にも、地面に落ちて目の出なかった種を発芽させたりして、森を大きく成長させたのだ。
ノームたちが土を肥えさせたのも同じだ。
枯れた大地でも、ほんのわずかな養分はある。
精霊の力でその養分を増やしているだけのこと。
ゼロではない。
1あるものを10にする。そんな感じだ。
「そ、そうだったのですか」
「うん。だからもともとあの森に果物の実る木がなかったから、ドライアドに再生して貰っても、果物の木はないんだよ」
「でも、少なくともサクランボと杏子は、採れるようになりますね」
笑みを浮かべる彼女に、俺もつられて笑顔で返した。
翌朝は早くから動く。
まずサクランボの種を植え、それからセレナと再び森へ。
空間転移で昨日の続きから森の奥へと向かった。
新しく村の住人になった男のいう、奥に行った仲間が戻ってこないという話。
気にはなるが、今は特に不可思議なことも起きていない。強力なモンスターが登場することもだ。
「ハムス──ベヒモス、小麦はどこにあるんだ? 具体的な位置を教えてくれよ」
どこにという訳でもなくそう言うと、もこもこと盛り上がった土が形を変え、ハムスターへと変貌した。
『主。時々我のことを、ハムスターと呼ぼうとしておるであろう?』
「気のせいだろ。ところで小麦だよ、小麦」
『むぅ~……まぁよかろう。こっちだ』
そう言うとベヒモスは、ぽてぽてと森の奥へ向かって歩き出した。
昨日はひとまず魔石狩りもあるから、小麦探しは自然に任せていたが、今日は小麦だ。
逸る気持ちを抑えてベヒモスの後ろをついて行くが、いかんせん足が短い。ハムスターだから。
『む。今悪意を感じたぞ』
「敵か? なら走ろう!」
『いや、敵意は背後から──おほぉ』
ベヒモスを抱きかかえ、彼を俺の肩へと載せ小走りに。
「セレナ、着いてこれるか?」
「大丈夫です。私、もともと森育ちなので、体力には自信ありますから!」
とガッツポーズ。そして揺れる。
「ど、どうしました、ケンジさん」
「いや、なんでもない。さぁハ、ベヒモス、どっちへ行けばいい?」
『あっちだ。ところで今「ハ」と言ったか?』
「くしゃみが出そうだったんだよ」
ベヒモスの短い手が指し示す方角へ駆け足で進み、できるだけ魔物との戦闘も避けた。
森を出て村を襲うなどしなければ、あまり過剰に狩る必要はない。
奴らの体内にある魔石が必要だからこそ、狩り過ぎて数が激減すると先々困るのはこちら側だからだ。
不必要な戦闘を避け、移動に専念した結果だろうか。
一度『浮遊』魔法で位置を確認した時には、森の丁度中間地点近くまでやって来ていた。
『この先に川がある。麦はその先だ』
「なるほど。セレナ、そろそろ日が暮れるがどうする?」
「せっかくなので行きたいですが、暗くなると魔物が……あ、ケンジさんがいれば大丈夫ですね」
「うん。明かりの魔法もあるし、その点は平気だ」
「そ、そうですか」
まぁ行けるところまで行こう。
川は『浮遊』で飛び越え、暗くなってきたので『
そうして見つけたのは──
「結界?」
「どうしたんですか、ケンジさん」
「あぁ、ここから結界が張られてある」
「結界、ですか」
しかも侵入者を阻む結界ではない。
一定区間の空間を繋げてループさせるための結界だ。
中へ入れば同じところを延々を歩かされることになる。
「彼の仲間が戻ってこなかったのは、もしかしてこの中に捕らわれているからかもしれない」
「この中って、どこですか?」
「まぁ中に入ると、出るために
だからセレナには、結界に向かって矢を放ってもらった。
魔法の明かりの下、飛んでいった矢は突然視界から消える。
「あ、あれ? どこに行ったんでしょうか」
「あの先が結界だ。空間が捻じられて、同じ場所をぐるぐる歩かされることになる」
「えぇ!? 私にはぜんっぜん分かりませんが……」
魔力を感知できることと、不自然な魔力の流れを感じるから分かるのだけれど。
それを感じ取れる訓練を受けていることが前提だけどな。
しかし──
「ベヒモス。この先、なんだよな?」
『その通りだ』
「でも入れませんよね?」
「入れないよなぁ」
ここまで来て小麦が手に入らないとは……。
『そこの結界を迂回し、東に行け。そちらにも僅かだが小麦が自生しておる』
「東か。ずいぶんかかりそうだ」
「じゃあ一度村へ戻って、野宿用のテントを用意して明日、出直しますか?」
「あるのかい?」
「はい。この土地へ来る道中に使っていたものがあるので」
なるほど。
最寄りの町まで一カ月。だが彼らの故郷はそれよりももっと遠い。
テント持参は当然か。
「よし、じゃあ今夜の所は村へ帰ろう」
「はいっ。戻って食事にしましょうね」
「あぁ頼む。腹ペコだ」
セレナの手を取り、空間転移を唱えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
賢志とセレナが消えた後──
無限ループの結界が張られた内部から、二人が消えた場所をじっと見つめる者がいた。
「……魔術師……厄介な人間が現れた」
その人物は声からして女性のようであった。
見つめる瞳は新緑の色。髪は銀糸のように美しく揺れ、肌は褐色。
特徴的なのは耳だ。
長く尖った形は人間のものではなく、セレナのようなハーフエルフのものでもない。
彼女はこの森に住む
ダークエルフの女だった。
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