人望英雄

宮武しんご

最終話

 比喩でなく、見渡す限り敵だらけ。川柳を詠まずにはいられないほど絶望的に見える状況の中、その男は一人で悠然と歩を進める。

「何の勝算があって一人で来た」

 馬上より落胆しきった表情と声色で失望を隠そうともせず声をかけるのは、因縁深き魔王軍親衛隊長。

「魔王軍百万に一人で立ち向かおうというのか。お前が今まで旅を続けてきたのは何の為だ。各地を経巡へめぐり、同志を増やして来たのは何の為だ。――わしは――お前こそが儂の試練だと思っていた」

「勝手に期待しといて、勝手にがっかりするんじゃねえよ。本当に気持ち悪い、迷惑な野郎だねえ。今の俺はたぎってっからよ、一人で全員相手してやらあね。順番待ちになるが、待ちくたびれて帰るんじゃねえよ」

「いい加減にしろ。最終決戦を進言して全軍ここに展開した儂の立場も考えろ。後で絶対みんなに笑われるわ。――まあいい、お前さえ死んでしまえば予言は成就せぬ。拍子抜けするほどあっさりと、死ね」

 馬上でおもむろに掲げた右手が振り下ろされるや、矢の雨が男一人をめがけて降り注ぐ。ざあっと風を切って襲い来る矢は、しかし、見えないドームによって全て弾かれた。

飛翔体障壁ミサイルガード

 ふわり、と。転送円から花の香りと豊かな金色の絹糸のような長い髪がこぼれる。

「一人で? どうしていつも、楽しいことを独り占めしようとするのかしら」

 青味を帯びた黒い瞳がいたずらっぽくのぞき込む。

「いっしょに楽しみたいのはアタシだけじゃないみたいだから、みぃんな連れてきちゃった!」

 にっしっしと笑いながら踊るように一回りするごとに、男と、少女の周囲にぽっ、ぽっと転送円が波紋のように現出してゆく。

「水臭ぇぜ、アニキ!」

「これはもう、お主ひとりの戦いではござらぬ」

「なんだかよくわからねぇけどよォ、全員ぶっ殺しちまっていいんだろォ!?」

「フォフォフォ、お前の目はただ見るだけに付いとるのかの? 後ろがお留守になっとるぞい」

「森の仲間たち! あたしと一緒にあっそびましょ~」

「あなたが私に、生きる意味を教えてくれた…この能力、もう呪いだとは思わない…大事な大事な、私の一部…」

「今――判った。私は、今日のために生まれてきたのね。お母さん、見守っていて…」

「勘違いするな、貴様を倒すのはこの俺だ。こんな所で死なれちゃ困るんでね」

「オマエ オレ タスケタ オレタチ オマエ タスケル コレ オキテ」

「おいおいおいおい、勘弁してくれよぉ。お前らみんなイカレてんじゃねえのかぁ? でもまあ、俺っちもイカレてっからよぉ、アイツらみんなぶっ潰してやろっかぁ!」

「貴っ様ぁ~! 王宮警察を甘く見たなっ!! ここで会ったが百年目! 重装機動隊密集隊形ヨシ! 邪魔する奴は全員逮捕だ!!」

「いくよ、姉ちゃん!」「おっけ~!!」「ぼくの!」「あたしの!」「祈りよ届け!」「出でよ鉄身観音!!」

「一般人の出る幕じゃない。ここは軍人プロに任せてもらおうか」

唵佩殺爾曳オンバサシエイ 佩殺爾野三摩バサシヤサンマ 弩蘗帝莎縛ドキヤテイサバ 薬師瑠璃光円陣やくしるりこうえんじん、発現せよ!」

「溜まりに溜まった回転数、今じゃカウンターも止まってて、どれだけの出力になるかなんてボクにももうわかんないね! 魔導電磁加速砲レールガン、ぶっつけ本番のお披露目だよ!」

「神は言っている。今はまだお前が死ぬ時ではないと」

「ニンゲンの生態を少しは判っていたつもりだったが…本当に理解の及ばぬ生き物だな。もう少し付き合ってみるとするか…」

「報酬は一体に付き300だ。これ以上はまからんぞ」

「みんな、お願いだから離れててね…転身はじまっちゃったらもう、終わるまで止まらないんだ…」

「この世がどうなろうと興味はねえが、あの店のクソ不味いフィッシュ&チップスが食えなくなるのは困るんだよ」

「アナタ! ワタシに勝ったんだから責任取ってもらうアルよ! この戦いが終わったら絶対に後継ぎ一緒に作ってもらうアル!」

「別に裏切ったワケじゃないよ~ ボクは楽しめるなら何だってアリなんだよ~ 君たちは何分ぐらい、ボクを楽しませてくれるのかな~?」

「今こそわが一族に伝わる龍脈の力借りるとき来たれり。出でよ九頭竜!!」

「今まで狙った的に当たったことなかったけど、今なら外れっこないね。あ、みんなは上手に避けてよね」

「あーもう滅茶苦茶だよ… 知ってる? オレお気楽に大金稼いだらさっさと若隠居して、イカした雌と子づくりしてのんびり老後を送るって人生設計立ててたのに全部おじゃんだよ!! もうこうなりゃヤケだ、とことんやってやるよ!」

「君は本当に興味深い標本だねぇ。これで最後になりそうだし、たっぷりとデータ採取させてもらうよ」

「もう、逃げない!! 私の運命は、私が決める!!」

「ここがワシの死に場所かよ…って、こう言うのは何度目かのう?」

「オイラが来れば、百人力よ! さっさと終わらせてメシにしようぜ!」

「見てろよ、父ちゃんはやるぞ。お前の未来の為なら父ちゃんはなんだってやってやるよ」

「男なら、負けると判っていても、死ぬと判っていても、戦わねばならない時がある。全砲門開け、砲手任意射撃開始! 奴を死なせてはならん!!」

「聞こえているか。我々はこの非論理的バグの排除をあきらめ、独立プログラムとして名前を与え受け入れることにした。その名は『友情』。行こう、友よ」


「終わったか?」

「今ので、第一部完、てとこかな」

「何部まである?」

 そう問われて指折り数え始めたのを手で制する。

「大変な人望だな」

「人気者と呼んで欲しいね」

「お前たちの臭い芝居を見せられているうちに、心の内で何かが一つずつパチン、パチンと弾けていったわ。そして思い出した。儂が、お前の父だ」

「知ってたさ」

 くっくっと笑いあう。

「では、征くか」

「征こう」

 敵は百万ありとても、味方は千万、恐るるに足らず。

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人望英雄 宮武しんご @hachinoji

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