第20話

「はい、二人組作って~」


土曜日、授業終了後の体育館、マツ部長の朗々とした声と手拍子が響く。


練習前にウォーミングアップを兼ねてストレッチをするパートナーを決めろというのだ。1年が入り、新チームが結成されて4ヶ月。


こういう時にペアを組むと、大体のペアは固定されていた。


「おーい、モリア。ペア組もうぜ~」「よし、あたる。ペアになろう」「あ、はい」


「はぁあああ!?どうしたんだっ、モリア!」「もしかして放置プレイ?そういうプレイですかっ!?モリアさんっ!」


タクとマネージャーの田中が目をまん丸にしてぼくの行動に驚いた。いつもはタクとペアを組んでいたぼくだったが、今日は昨日の一件もあり、一日あたるとペアを組む事にした。


「先パイ、ありがとうございます」「いいって。ほら、ストレッチやるぞ」


「すばる、俺と組むぞ!」「OK」「じゃ、はっちゃん。オレ達も始めようか」「おう」



「そ、そんな、オレ、ひとり余っちまったじゃねーか」タクががっくりと肩を落とした。タク、ごめんよ。ぼくは心の中でそう呟いた。


するとその様子を見ていた竹岡センセがガハハ、と大きな笑い声をあげた。


「なんじゃ、鈴木。今日はおまえがひとり余ったのか。じゃー、しゃーない。ワシがいっちょ、おまえとアベックになってやるわい」「いやじゃー、タバコくせー!」



そんなこんなで4組みのペアはストレッチを終え、卓球の要素が全部詰まった基礎練習を時間をかけてひとつずつ、ゆっくりとこなすと、お待ちかねである、卓球台を使ったゲーム形式の練習に取り掛かった。3年のマネージャー泉先パイが声を張り上げる。


「はい、みんな!今日はそれぞれが課題にあげたポイントを克服出来るように、意識を持って練習してね!さっきプリントまわしたけどもう一度言うよ!

1年生3人はラリーの継続出来るように、集中力の強化!タクくんはスマッシュの正確さをあげて、モリアくんはバックハンドが返せるように練習する事!

3年生ふたりは新フォームの確認!全中制覇目指して頑張ろう!」


「おお~」体育館からパチパチ拍手が鳴る。「泉さん、すっかりマネージャーらしくなったじゃん」「声出るようになったな、卓球部」


ハーフコートで一緒に練習していたバレー部からも感嘆の声があがる。


「ま、まぁ、カタチから入るのも大事だからね...」「そんな事ないです!立派な声かけでした!泉先パイ!」「いすずちゃん...そうかな...?てへっ」


台の横で泉先パイと田中が笑い合うのが見えた。「あ、先パイすいません」空振りしてラリーを終わらせてしまったあたるがぼくに謝った。


「謝らなくていいって、気楽に、楽しくやろうぜ!」「あっはい!」ピン球を拾ったあたるが声を裏返した。


小さく浮かべた笑顔にはやっぱり少し『無理してるな』という緊張と疲れの色があったけど、この壁を乗り越えないとこれからの練習にあたるはついて行けないので、時に厳しく突き放し、時に暖かく、先パイらしく手を差し伸べられるようにしていきたいと思っていた。


「しゃおらー!もう一本!」「フフ...今日はよく『瞳』が見える...」


あたるがピン球を握りながら向いの台のケンジとすばるのプレーを眺めていた。


「あの、先パイ」「ん?どうしたあたる?」


「どうしたらオレも自信持ってプレーできるようになれる?ですか?」「そうだな...」


ぼくは考えてあたるに意見を与えた。


「自分にしかできないあたるだけのプレーが出来るようになればいいんじゃないかな?」「オレだけの、、、プレー...」


「あ、でも、あたるは1年なんだしさ、あせらずに色々工夫して見つけていけばどうだろう?」「うーん、とにかくやってみる」


「あ~、くそー、うまくいかねーなぁ」となりの台でスマッシュを外したタクがラケットを見ながら悔しげに呟いていた。



「はい、15分休憩~」


「くぅ~、疲れましたwこれにて練習終了です!」「まだ後半の部が残ってるだろ」「そっか」「ワハハ」


「はい、ポカリ」「あっ、サンキュ」体育館の床にあぐらをかいて汗を拭うと新マネージャーの小松里奈がぼくにボトルを手渡した。


「あのさぁ、部長の事なんだけどさ」里奈が小声でぼくに耳打ちした。


「部長のプレースタイルってどんな感じ?昨日卓球の本読んだんだけど卓球って案外奥が深いのね。

前陣速攻みたいな戦型とかラバーの種類とか色々あるんでしょ?卓球部のマネージャーとして部員みんなのプレースタイルを知っておきたいの」


「ああ」ぼくはてっきり里奈がマツ部長の恋人の有無でもぼくに訊ねるのかと思ってドキっとした自分がバカらしくなった。


「マツ部長は確か、カットマンスタイルだよ。『ピンポン』のスマイル知ってる?」


「えっ、うそ?今時カットマン!?まじロマン枠じゃん!...てかあの人が部長なんだから1番上手いんでしょ?」


「まぁ...部長なんだからそうなんじゃない?」「なによ、もしかしてアンタが一番上手いとか言い出すんじゃないでしょうね?2年のクセに!」「別にそんな」


ぼくは里奈と喋りながら竹岡センセと話しているマツ部長を見つめた。そういえばぼくは最近あまり意識してマツ部長の卓球を見ていなかった。


マツ部長は普段おちゃらけたカンジだけど、試合ではともかく駆け引きが上手くて接戦の試合を落とす事は少なかった。


ぼく達の頼れる部長、それが松田忍という男の印象であった。



「おう、」部室のドアが開き、中から紙袋を抱えたはっさんがぼくのとなりに座った。


「どうしたんですか?はっさん、その紙袋」「モリア、渡したいものがある」「はわっ、初台先パイ、バレンタインはもう終わりましたよ?」「茶化すなよ田中」


そういうとはっさんはおもむろに袋の中から黒いビデオテープを取り出してぼくの方へ差し出した。


「こ、これは...?」「もしかしてムフフなビデオですか?」「へぇ~年代ものだ~みなさーん、初台先パイが学校にビデオ持ってきてまーす」


「こらタク!茶化すなと言ってるだろう。これは卓球選手、福原愛のプレーをまとめたモノだ」「やっぱり、女のビデオじゃないっすか!」


「これ、オレに貸してくれるんですか?」そう言うと、ぼくははっさんの言いたい事をようやく理解した。


「ああ。おまえ、バックハンドが苦手だろ?『国民的卓球少女』福原愛はバックハンドを得意としたプレーで、オリンピックで日本人初の銀メダルを獲得した。

女子と男子でプレーに差があるが少しでもおまえの役に立つんじゃないかと思ってな」


「ありがとうございます!はっさん!毎日寝る前にこれ見ます!」「モリア、おまえなぁ...」


ぼく達の様子を見て他の部員達も笑った。ラケットのラバーに泡を塗るとタクが漠然とした声を出した。


「スマッシュの打球ってのはどうやったら早くなんのかな?」


それを聞いて1年のケンジが振り返る。


「そりゃ肘から先の筋肉と下半身とセンスっしょ」「センスってお前...てか、今からやっても筋肉なんてつかねーだろ...本番まであと2ヶ月ねーんだぜ」


「配球を読んで、タイミングをとる、っていうのはどう?」


「さっすがマツ先パイ!それならオレでもなんとかなりそうだ!たく、どっかの脳みそ筋肉とは違うぜ!」「うっ、つか、誰が脳筋っすか!」


ケンジが大きく振った腕があたるの持っていたカバンにあたった。「ああ...」「お、ワリ。日野」


あたるのカバンからノートと教科書が床に散らばった。「ほら、これ」「あ、どうも...」「これは...!」


ぼくは床に広げられたあたるのノートを見て息を飲んだ。「あたる、これだ!これだよ!おまえだけのプレー!」


「ええええ?」あたるがすっとんきょうな声をあげた。


「マツ部長、あたるにカットマンとしてのプレーを教えてあげてもらってもいいですか?」


「...なるほどね。わかった」


「ええええええええ?」


☆部内に混乱走る!あたるの明暗や、いかに!?

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