公爵令嬢の料理番

野久保 好乃

第1話 店のオープンと公爵令嬢


〇爺や




 イヴェール王国には、他国に誇る学園都市がございます。

 名を『フルール』。冬の国の花とは、なるほど、時の女王が好んでつけそうな名前ですな。

 都市というだけあって、高い城壁で周囲を囲った中は王都もかくやという規模と賑わいでございます。学び舎を中心として、商店街、歓楽街、工業区、各職業組合の支部など、足りぬものは王城だけと言われる程の揃いよう。ここに来れば全てが揃うと、そう豪語する方もおいでになるほどです。

 とはいえ、本質は『学園』都市。

 良家の子女や、市井の優秀な人材を育成する為の機関であり、最も予算をつぎ込まれた部分もこちらと伺っております。西の商業都市・東の学園都市と並び称される文化と産業の発展の地でもありますから、それは力も入ろうというものでしょう。


 さて、そんな都市の一角に、この度とある一軒家を改装したレストランを開業いたしました。

 私の店でございます。

 名前は『レテ』。ちなみに、夏という意味の言葉でございますが、当店のどこにも夏らしいものはございません。わりとそんなものです。


 そうそう、オープン初日となる今日は、全ての食事に記念のケーキをおつけするというサービスを行う予定でございます。浜辺と海をイメージした半透明のムースケーキで、ここだけちょっと夏っぽさを出してみました。今、春ですが。

 さてはて、どれぐらいのお客様においでいただけるか――……おや、早速、いらっしゃいましたな。


「爺や!! これはいったい、どういうことです!?」


 おお、なんということでしょう。

 いの一番でやって来られたのは、私がお育てしたアストル公爵家のご令嬢、レティシア様ではありませんか。

 怒気が肉眼で見えそうなほど怒っておいでです。どうやら旦那様経由で連絡がまわるようにしていた手紙が、オープンにあわせてお手元に届いたようですな。――予定通りです。ハラショー。


 レティシア様は、現国王陛下の姪で御年十四歳。

 社交界の華、三国一の伝説の美姫とまで言われた奥様そっくりの実に見目麗しいお方ですが、ちょっと眼差しがきつすぎるのではないかとご自身で気にしておいでのお方です。私はそれよりもつつましいお胸の将来のほうが気になりますが。


 しかしながら、怒っている時の迫力はとある騎士団長ですらたじたじになるほどでしたから、他の方々にとってはキツめに感じるお顔なのかもしれません。まだ十四歳ながら、なかなかに末恐ろしゅうございますな。お胸のほうは、寂しゅうございますが。


「爺や! 聞いているのですか!」


 おっと。久方ぶりに見るお嬢様の姿に感慨に耽っている場合ではございませんでしたな。


「これはこれはお嬢様。いらっしゃいませ。当店の一番目のお客様でございますな」

「え? そ、そう? それは幸先良いわね!」


 丁寧に一礼して微笑んだ私に銀の髪を指で弄りながらお嬢様が満更でもないお顔になりました。

 お嬢様。チョロうございます。


「本日のオススメは巨大蛇アガジャラのポワレにございます。ガーリックソースと春野菜の饗宴も目に楽しい一品となっております。オープン記念として特別なケーキもついてきますぞ」

「何故いきなり魔物料理を薦めるのです!? で、でも、爺やの料理なら、きっと美味しいわね! ――いえ、そうではありませんわ!」


 おや。流されませんでしたな。

 学園に入学してはや二週間。私の料理でスルー出来ないとは、お嬢様、たかが二週間でずいぶんとお育ちに……胸は育っておられないのに……うっ……涙が……


「我が公爵家の筆頭執事たるあなたが何故このような所で料理を――やだ、待って! なんで泣くの!?」

「お嬢様……二週間もお会いしないうちに、そのようなことを仰るようになるとは……」

「え、え!? えっ!?」

「アストル様……?」


 そっとハンカチで目元を拭う私と、その前に立ってあわあわしているお嬢様の後ろから、恐る恐るといった感じで声がかけられました。おや、可愛らしい御令嬢が。おお、素晴らしいお胸でございますね。お嬢様のお友達ですかな? 私は執事でございます。是非、宜しく。


「お、怒ってるのでは――ありませんのよ!? そう、少し事情を聞かせていただければ――……お待ちなさい、爺や、ちょっとあなたどこ見てますの」

「お嬢様の御学友の方々でございますかな?」

「あ、は、はい! モティフ家のユニと申します」

「私はフォンテーヌ家のシュエットと申します」

「これはこれは、ご丁寧に。私はアストル家の執事をしておりました、お嬢様の爺やでございます」


 ユニ様とシュエット様がやや困惑した顔をされましたが、きっとそのうち慣れるでしょう。それにしてもモティフ伯爵家とフォンテーヌ侯爵家とは、なかなか強力なお家の方とお知り合いになられましたな。御二方とも性質は悪くなさそうですし、要観察でございます。あと、胸も。


「爺や!」


 はいはい。


「まず私に説明を――」

「まぁまぁ、お嬢様。喉も乾いておられましょう。休憩がてら軽いものでもいかがですかな? 新作ケーキもなかなか良い出来でして。ですが、いつもと違ってお嬢様に試食していただけていないのが、心残りになっております」

「っ……そ、そこまで言うのなら、いただきますわ! ユニ様とシュエット様も、よろしいかしら……?」

「ええ、私達も是非」


 私に対してと違って、御学友の方々にお伺いするお嬢様の声はたいそう優しいものがございます。お二方とも色よいお返事をしてくださいましたので、特等席にご案内いたしましょう。目立つ窓際の席でございます。さぁ、どうぞ。


「レティシア様がずっとずっとお褒めになっていた『爺や』さんのお料理、楽しみですわ!」


 ユニ様がとても良いお言葉をくださいました。お嬢様がギョッとした顔をしておりますが、むほほ、もう耳に入っておりますので、消せませんぞ。

 私がサービスにつけた苺のムースも美味しくいただかれて、お三方とも満足して帰られました。私が此処にいる理由のことなど、すっかり忘れられたようです。お嬢様、相変わらずチョロうございますな。

 私の店も美しく高貴な方々が美味しくいただいているお姿のおかげで、初日から大繁盛。よい年金でございます。流石はお嬢様ですな。

 さて、明日は何の料理でお嬢様を呼び寄せましょうか。

 とても楽しみにございます。




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