評価


令和X年 11月1日

内閣府 臓器宝くじ試験委員会


委員長 大坪寛美



経過報告書(第21回)


Ⅰヒアリングの概要


先般、移植が実行された第8回年末ジャンボ臓器宝くじにおいて、レシピエント(当選者)となった各位へのヒアリングを実施したため、以下の通り報告する。



1.ヒアリング対象者 沢田太一(移植実行時48歳、男性)

対象臓器 腎臓A


いやあ、体調は非常にいいです。透析を受けなくてよくなったというのもあるんでしょうけど、長く食事制限を続けていたせいか、健康的な生活習慣になってましてね。水分を遠慮なく摂れるのがこんなに快適だとは思ってもみませんでした。糖尿のほうは引き続きあるんですが、こっちのほうの症状もなんだか少し良くなっているようです。

もちろん、移植を受けてよかったと思いますよ。

ドナーとなった方には申し訳ないという気持ちはありますが、人間やはり自分がかわいいですからね。いただいたチャンスは最大限活かしたほうがいいに決まってますよ。

私はこれからも健康に気を付けて生活をし、家族を大事にして一日でも長生きするのが、それがドナーになってくださった方への弔いになると思っています。



2.ヒアリング対象者 野本ゆかり(移植実行時21歳、女性)

対象臓器 肝臓


私は先天的に肝臓に異常があって、物心つく前にシトルリン血症という病気と診断され、入退院を繰り返していました。

ふだんはなんとか普通に生活することが可能だったんですが、食事にも制限があるし、学校も休みがちで、友達もできたことはありません。

自暴自棄になったこともあります。死んでしまいたいと思ったこともあります。

私の唯一の趣味は、読書でした。両親は、子供のころには私の欲しがる本はなんでも買い与えてくれました。私が15歳くらいになったころでしょうか、両親がスマートフォンを買ってくれて、それを使ってインターネットで自分で本を注文するようになりました。

地元の小さな本屋はあまり品ぞろえがよくなく、それまでは小説ばかりを読むことが多かったのですが、通販サイトで世の中にはほかにもたくさんのカテゴリーの書籍が出ていると知って、いろんなものを乱読するようになりました。

私が特に興味を持ったのは、政治哲学の、特に自由主義についてでした。

ずっと、なぜ私は健康でないのだろう。健康に産まれた人と私と、何が違うのだろう。そのことについて悩んでいたのですが、ジョン・ロールズという学者の「無知のヴェール」という概念を知って、考えを改めるきっかけとなりました。

長くなるので詳しくは申し上げませんが、AさんとBさんが対等であるということはどういうことか、また、AさんBさんが互いに対等であると認識するには、公権力はいったい何を人に保証すべきなのか、ということを探るためのキーワードであると、私は考えています。

私のような不健康な者は、ルールのない社会では、産まれてすぐに殺されてもやむを得ないはずなのに、生かしてもらえる……、その根拠はいったいなんなのだろう、と。

リベラル思想は絶対的に正しいのです。

話がそれましたね。

移植を受けて、とても快適です。もちろん、移植を受けてよかったと思います。人間の身体ってこんなに頑丈にできていると初めて知りました。

ドナーとなった方ですか?

その人にはあまり興味はありません。最初、私は移植を拒絶するはずだったんです。事務局にも一度、その意思表示はしました。

私は、臓器宝くじによってドナーに選ばれて、殺されるというのはイヤです。だから、私はたとえ当選したとしても、臓器宝くじによってドナーから臓器をもらう権利はありません。私とドナーの方の関係が非対称だからです。そう考えていました。

しかし、ドナーに選ばれた人が、実は臓器宝くじを買って当選していて、しかもその権利を転売しようとしていたと知り、私は怒りに近いような感情を覚えました。

臓器宝くじからの利益は得たいが、臓器宝くじによる責任からは逃れたいなどというのは通用しません。そのような人から臓器をもらうことに、何をためらう必要があるでしょうか。

ざまあみろ、としか思いませんね。

ドナーになった方への感謝の気持ちもありません。私は私の権利を、対等な条件で行使しただけです。

私は来年から、各国政府に気候変動へのアクションを求める若者のグループと、発展途上国の貧困を支援するNGOの、ふたつの団体に所属して活動する予定です。

気候変動によって真っ先に困るのは、発展途上国の経済的に恵まれない人々です。

たまたま発展途上国に産まれたからといって、豊かになるチャンスが与えられないのではあまりに不公平でしょう。

先進国のエゴから貧しい人々を守り、豊かで持続可能な社会を実現して、彼ら彼女らが意味のある人生を全うできるよう、微力ながらも貢献したいと思ってます。



3.ヒアリング対象者 村野光星(移植当時33歳、男性)

対象臓器 腎臓B


移植を受けたことを、後悔しています。

まさか、こんな気持ちになるとは移植前は想像していませんでした。もう死んでいる人の臓器が自分の身体の中で生きているなんて。

しかもその方を殺したのは僕です。……というと正確ではないのかもしれませんが、僕が臓器移植を拒絶していたならば、その人は死なずにすんだはずだったんです。

自分のせいで人一人が死んだという事実が、これほど重く圧し掛かってくるとは……。

毎晩、悪夢にうなされるんです。ドナーの方が枕元に立って、「私の腎臓かえして」と……。

本当に罪深いことをしてしまいました。いつも自殺することばかりを考えていますが、僕が死ねばドナーの方の腎臓も死んでしまう。それはさらに罪深いことのような気がして、もう身動きが取れません。

きっと、この苦しみを受けることが、僕に科せられた罰なのでしょう。

人は、自己の幸福を追求するために存在し、自己の幸福を追求することとは、他者の幸福を尊重することだったんです。

愛国の基礎は、隣人愛でなければならない。なんと愚かなことでしょう、僕はそんな当たり前のことすら、理解してなかったんです。

献身だの滅私奉公だのと自我を覆い隠す美辞麗句を弄して、移植を肯定していた過去の自分をぶん殴ってやりたいです。



Ⅱ第9回年末ジャンボ臓器宝くじについて


初めて臓器宝くじによる移植が行われたことをうけ、臓器宝くじ試験委員会で第9回を開催するべきではないという動議が複数委員の連名で提出された。

当該動議に関する第一回目の会議はほぼ論点整理に留まり、その内容は次回報告書にて報告するが、現在のところ第9回を予定通り開催するべきという意見と、開催するべきではないという意見で委員は二分されている。

速やかに議論を重ね、議決を経て結論を出す予定である。



Ⅲ前回報告書への追記事項


第8回年末ジャンボ臓器宝くじで、辞退または当選者なしとなった対象臓器(肺A、肺B、角膜A、角膜B、骨髄)については、臓器移植特別措置法41条及び附則5条に基づいて脳死者の臓器とみなされ、臓器移植コーディネーターを通じて適正あるレシピエントへ特例移植が実施された。

なお心臓に関しては、当選くじ券譲渡が為されたが規約により譲渡は無効となり、心臓移植を受ける権利は引き続き当選者に属すると判断された。

つまり今回のケースでは、心臓の提供者とレシピエントが同一人物となった。

よって、ドナー(松田聖子まつだしょうこ 享年41歳)の身体からその他の臓器摘出後、心臓のみはドナーの遺体の中に留め置かれ、そのまま縫合された。


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