肝臓
当選者 野本ゆかり(21歳、女性)
「ゆかりちゃん、ちょっといい?」
「何?」
「あのね、驚かないで聞いてね、実はお母さん、去年の年末に、宝くじ買ったんだけどね」
「宝くじ? ふうん。それで、どうしたの。まさか1億円でも当たったの?」
「いや、……驚かないで聞いてほしいんだけど」
「なによ、何度も。驚かないわよ。いったい、どうしたの?」
「当たったのはね、肝臓なのよ?」
「カンゾウ?」
「そう。臓器の肝臓が、当たった」
「お母さん、いったい何を言ってるの? さっぱりわからない。臓器が当たるって、いったいどういうこと?」
「えっと、どこから説明したらいいか……。ふつうの宝くじのことは知ってるわよね。一等前後賞合わせて3億円が当たるって、やつ。でもね、宝くじにはもうひとつ種類があってね、そっちは移植を必要としている人のために、臓器が当たるっていうのよ」
「……臓器があたる? 本当に、そんなのがあるの?」
「ほら、これがそのくじ券」
「本当だ。こんなのあるんだ。常識を疑うわね」
「で、やっと肝臓が当たったのよ」
「それで、私に移植を受けろっていうわけ?」
「だって、そのために買ったのよ。ゆかりちゃんには内緒にしてたけど、毎年1000枚くらい買ってたのよ。どうしても、ゆかりちゃんのための肝臓がほしくて……。これまで七等の300円しか当たったことなかったけど」
「1000枚ってことは、30万円? そんなに買ってたの?」
「そう」
「……私、いらない。移植受けたくない」
「どうして?」
「だって、こんなの人間として間違ってるよ。臓器が宝くじの商品になるなんて。人身売買よりもタチが悪いわ」
「でも、実際に国の事業として行われてるんだから、ほしい人が利用して悪いことじゃないでしょう。少なくとも、法には違反しないし」
「法に触れないからって、何をやってもいいってわけじゃないでしょ。脳死移植の臓器希望登録も、お母さんがどうしてもって頼むから、申請は出したけど、私はそもそも脳死移植もあんまり賛成できない」
「どうしてそんなのこと言うの?」
「私だって健康な肝臓が欲しくないわけじゃない。でも、人と人とはどんな状況であっても、対等であるべきだと思う。性別や職業や、国籍や人種に関わらず。臓器を提供する人と移植される人が、対等な関係とは思えないのよ。脳死移植に関しても、臓器を提供するという意思表示は脳死になる前にされたもので、脳死になってからではもう本人に確認に取りようがない……。そんな状況で実行するのは、道徳的に間違ってると思う」
「でも、ゆかりちゃんがこの臓器移植を拒絶したら、ほかの当選者のも取り消しになっちゃうのよ」
「なに、それ?」
「ほら、この規約の第六条っていうので」
「それちょっと見せて。……ふうん、そういう仕組みになってるんだ。ちょうどいいじゃない。私の拒絶で、ぜんぶの移植をひっくり返せるんだから」
「そんなこと、言わないで。ゆかりちゃんが拒絶したら、ほかの当選者の期待を裏切ることになるのよ!」
「だから、私はそうしたいって言ってるのよ。それは私に認められた権利でしょう。仮に私の行動が愚かなことだったとしても、人には愚かさを選択する自由がある。……こんなことまでして生きたいと思ってる人なんか、正気じゃないわ。お母さんも、ちょっと頭おかしいんじゃないの。こんな宝くじにたくさんお金使うなんて。もうそのくじ券は捨てて、この話はしないで。そして、二度とそんなバカなくじは買わないで」
「お願い。お母さんはゆかりちゃんに健康になってほしいだけなのよ。母親として、娘に健康な身体をあげられなかったのが、本当に悔しくて……」
「泣かないで、お母さん。その気持ちはちゃんとわかってるから。でも、この臓器宝くじの移植だけは、どうしても受けるわけにはいかない。脳死移植の機会が来るのを、じっと待とうよ。そのときは、ちゃんとお母さんの言うこと聞くことにするから。だから、今回の当選は拒絶するって、事務局というところに連絡しといて、ね?」
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