どんでん返らず

ヒトデマン

どんでん返し

「皆さん、事件の謎は解けました。犯人はそう、歌舞伎の舞台装置、『どんでん返し』を利用したのです!」


 周囲の人々に、私こと探偵Aは高らかに宣言した。


『どんでん返し』

 大道具を90度後ろに倒すことで、底の面を立たせ、場面転換をする舞台装置である。


「そしてあらかじめ仕掛けを施すことができたのは一人だけ、スタッフBさん!犯人はあなたです!」

「……そうだ、私が犯人だ。その動機は(省略)」


 これで謎はすべて解けた、犯人も分かった。これで事件は解決、そのはずだったのに。


「……で探偵さん。いったいここからどんなどんでん返しが待っているんです?」


 思いもよらない言葉が飛び出してきたのだ。


「いやいや、何を言っているんですか、もう事件は解決したでしょう」

「いやいや探偵さん、KAC20205のお題は『どんでん返し』ですよ?ちゃんとどんでんがえしをしなくちゃ、レギュレーション違反ですよ」


 この人はいったい何を言っているのだ?


「やはりこの状況で考えられるどんでん返しというと犯人が実は犯人じゃなかった!みたいな感じでしょうか。とするとこれから真犯人探しが始まるわけですね」

「真犯人も何も犯人はスタッフBさんですよ!」

「……その強情な態度、もしや探偵Aさん、貴方がこの事件の真犯人なのでは?」

「はぁ!?」

「なるほど!語り手である探偵が本当の犯人だったなんて!これはものすごいどんでん返しですよ!」

「待ってください!私を犯人とする証拠も理由もありませんよ!何を言っているんですか!だいたいスタッフBさんも自白しているではないですか!」


 ああ、頭が痛くなってきた。するとスタッフBさんがおずおずと手を挙げて発言しはじめた。


「あの、こういうのはどうでしょう。実は私は犯人と思わされていたというのは」

「おお!それはいいですね!それなら辻褄が合いそうだ!」

「なら真犯人は誰だというんです?罪から逃れたいのはわかりますが適当なことを言っても無駄ですよ」

「それはさっきから名前の出てきていない、私ことスタッフBでも探偵Aでもない貴方、なんてのはいかがです?」

「なるほど、叙述トリックというやつですか、たしかにそれなら面白いどんでん返しになりそうです。ところで名前がないのは不便なので、私には発言者Cという名前をつけておきましょうか」

「で?その発言者Cさんがどうやって貴方を自分のことを真犯人だと思わせたんです?」

「それは超能力とかなにかしらの薬物とか」

「う〜ん、今までに出てきてない物を使って解決するのはどんでん返しにはなりますが、ものすごくつまらない作品になってしまいそうです」


 そうだ、そんなデウスエクスマキナ的なやり方なんて認められるはずがない。


「あ!ではこんなのはどうですか?被害者なんていなかった!」

「それはどういう」

「この小説を初めから読んでみてください。犯人は出てきていますが、被害者のひの字も出てきていません。初めから事件はなかった!こんなどんでん返しはいかがでしょう!」

「それは本末転倒でしょう。謎が、事件があってこそこの物語はミステリーたりうるのですから」

「ジャンルをミステリーから創作論・評論に変えては?」

「やかましい」


 どうやら彼らはなんとしてでもどんでん返したいらしい。


「あ、思いつきましたよ!私、発言者Cが被害者だったんですよ!」

「なんだって!?」

「またまた読み返してみてください、被害者が死んだなんてのも一言も書かれてませんよね。実は事件が殺人じゃなくて傷害だったってのもどんでん返しになるのでは?」

「確かに、読者に殺人事件だと思わせておいて実は被害者が生きていたというのもどんでん返しになりそうです。少し弱いかもですがそれでいきましょう!」


 やれやれ、どうやら彼らはこれで満足したらしい。だがこれは殺人事件であり、スタッフBが真犯人であり、発言者Cは被害者ではない。はじめに私が推理したことが覆ることはない。


 だがどんでん返しとしてしまう方法はある。

 お題がどんでん返しである以上、読者はいつどんでん返しが起こるだろうかと楽しみに読み進めるはずだ。しかし結果はこの通り。


 お題が『どんでん返し』なのにどんでん返しがおこらない。これも立派などんでん返しではないだろうか。

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