この村の森には……が住んでいるらしい

mio

私の親友

「マリー、あなたまた森に行くつもり?」


「うん!

 アチェーツに会いに行かなきゃ、あの人ご飯も食べないから」


 アチェーツ?と初めは首をかしげていたササラも今はまたその人、と納得してくれる。アチェーツはシャイだから、みんなの前に顔を出せないだけなのよ。ふふん、私だってアチェーツと仲良くなるのは大変だったんだから。籠に入れたパンを確認して私は足取りも軽く再び森へと歩き出した。


「森には悪魔が出るから!

 気を付けるのよ~」


「うん!」


 悪魔、みんなそれを恐れるけれど私は会ったことがない。きっと森に入ってほしくない誰かがたてた噂よ、噂。だってあの森は本当に資源がたくさんあるの。たとえ食料がなくなってもここに入りさえすれば何か食べられるものがあるくらいだもの。


(アチェーツ、って本当に何者なんだろう?

 皆、家族がいなくて寂しいあの子がつくりだした幻だって言っているけれど、あの子が持っていくパン、どう考えても食べきれる量ではないのよ)



「アチェーツ~~!

 来たわよ~!」


 森の深くまでいく。そして大きな声でアチェーツの名前を呼ぶと木の陰から

のっそりと顔を出す。もじゃっとした髪で顔まで覆っているこの人がアチェーツ。きらきらと光を反射する白銀の髪はとてもきれいなの。きっと顔も整っているのに、髪で隠してしまっているのは本当にもったいない。


「ま、マリー。

 また来てくれたんだね」


「ええ!

 そうしないとアチェーツはちゃんとご飯を食べてくれないでしょう?」


 もう、と手を腰に当てるとアチェーツがなぜか嬉しそうに笑う。私は怒っているのよ?


「ほら、はやくパンを食べましょう?

 ジャムとはちみつは用意してくれた?」


「うん」


 ジャムは村でも食べられる。でもはちみつは別だ。本当に高級品で孤児の私が食べられるものではない。本来は。


「好きなだけ、たっぷりかけていいから」


「ありがとう、アチェーツ。

 さすが私の親友だわ」


「親友って……」


 あら、私の親友は不満かしら? 確かに年齢はとっても離れているけれどさ。


 もぐもぐとはちみつがたっぷりかかった豪華なパンを食べていく。まだ暖かさが残るパンだから余計においしい。このパンは私が朝から頑張って準備して焼いたもの。やっぱりおいしく食べられるのが一番よ。


「アチェーツ、ほらもっと食べて!」


 自分の食事をおろそかにしながら私にパンにミルクにフルーツに、ととにかくいろいろ勧めてくる。それじゃだめじゃない。


「また来るわね」


 さて食事が終わったらすぐに戻らないと。私にもやらなくちゃいけないことがいっぱいあるもの。


「うん、また来てね」


 寂しそうに笑うアチェーツ。この時ばかりは胸がずきんとしちゃうけれど、仕方ないよね。ばいばい、というとすぐに村へと走る。今日は結構ゆっくりしちゃったものね。



「おい! 

 また森に言っていたのかよ」


「そうよ。

 何か悪い?」


「あそこは悪魔がでんだぞ!

 真っ赤な目をして、白髪の!

 お前なんかすぐに殺されちゃうんだろうな」


 ははは、と笑うけれど……。あっそ。別にどうでもいいし。時間の無駄と無視をするとまだ何か叫んでいたけれど、まあ知りません。それにしても赤の目に白の髪……。隠してはいるけれど、前にちらりと見たことがある。アチェーツは赤い目だ。まさか、ね?



「ああ、マリー。

 あなたしばらく森へ行くのはやめなさい。

 悪魔が出たらしいのよ……。

 サドリが襲われて、今治療しているところなの」


「悪魔が?

 でも、それだとアチェーツが危ないわ!」


「え、で、でも?

 ……、そうね、じゃあアチェーツにもこの村に来てもらったらどうかしら? 」


「ササラ!

 それすっごくいい案だわ」


 こうしてはいられない。アチェーツが襲われちゃう前に急いで迎えに行かないと! 仕事終わりの疲れも忘れてすぐに森へと駆け出した。


「アチェーツ!

 ねえ、村に一緒に行きましょう?

 ここに悪魔が出たみたいなの」


「マリー!? 

 こんな時間にどうしてここにいるんだ!?

 ここは危ないからすぐ村に戻るんだ」


「アチェーツも危ないわよ。

 ねえ、村に行きましょう?」


 なぜかためらうアチェーツを無理やり引きずって村に行った。



「マリー!? 

 まさかその人がアチェーツ、だなんていわないよね?」


「え?

 この人がアチェーツよ?」


 なぜかアチェーツの顔を見て、顔色を悪くさせる村のみんな。誰かが悪魔、とつぶやいた。


「あ、悪魔だ!!

 マリー、お前騙されているぞ!」


「出ていけ!」


「アチェーツは悪魔なんかじゃないわ!

 それにこの村に滞在していいか、決めれらるのは村長だけでしょう!」


 私の言葉にみんなが反論できなくなったところで村長は? と聞く。だけど、村長はもう寝てしまっているみたい。これは明日まで待つしかない。ひとまず私の住んでいる場所に連れて行こう。



 そしてその夜。村長から許可をもらえない限り、アチェーツは正式な滞在者にならない。みんなに認めてもらうためにも朝一で村長のところに行こうと、早めに眠りについた。だから気が付くのが遅れてしまったのだ。村が悲鳴につつまれていたことに。


「悪魔だ!

 悪魔が出たぞ!」



「早く逃げろ!

 もう何人もやられている!」


 聞こえてくる怒声、悲鳴に目を覚ますと窓の外からは赤い光が見える。焦げ臭いし、もしかして村が燃えている?


「アチェーツ!

 アチェーツ起きて!

 逃げなきゃ」


「マリー?」


 眠たげに瞼をこするアチェーツ。あ、髪が払われて瞳が見える。すごくきれいな赤。私は赤に近いけれど少し薄い。純粋な赤はこんなにきれいなんだ。


「マリー、逃げなきゃ」


「あ、うん」


 行こう、とアチェーツの手を引いて歩き出す。アチェーツはこの村に来たのは初めてだから、私がしっかりしないと!

 でも、扉を出た瞬間匂ってきた何とも言えないにおい。そして、赤、赤、赤。さっきのアチェーツの瞳とは全く違う。きれいなんて、少しも思えない赤。怖い。悲鳴はまだ聞こえてくる。悪魔! と叫ぶ声も。あ、と震えて動けなくなってしまった私の手を引いてくれたのはアチェーツ。どうして? だってアチェーツは初めてこの村に来たのでしょう?


「アチェーツ、アチェーツ……」


「マリー、大丈夫だから」


 足がもつれそうになる。そんな私をアチェーツは抱き上げて走ってくれた。向かう先は村の避難場所。どうしてアチェーツが知っているの?


「あ、悪魔!

 お前が来たから村が襲われたんだ」


 避難場所についた途端に罵声を浴びせる村人に、アチェーツは特に反応しない。そして。ああ、悪魔が……。

 初めて見る生き物。とても私が知る言葉では表せない。ひっとひきつった声は誰から上がったものだったんだろう。ここにはきっと今逃げられるひとみんないる。ここをやられたら、みんな死んじゃうのに……。


「貴様ら、何をしているんだ」


 地を這うような声。この声を出しているのはアチェーツ? アチェーツの言葉に反応するように悪魔がギギギっと変な声を上げる。そしてそのままお互いが動かないまま時間がたつ。そして……、悪魔が頭を下げた? それにそのまま去っていく。何があったの?


「おや、ずいぶんと懐かしい顔がおるな」


 村長! まずい、アチェーツは滞在の許可をもらっていない。庇わないと……、て懐かしい顔?


「村長!

 あいつを、悪魔を早く追い出してください」


「悪魔?

 わはははは、こやつがか?」


 豪快に笑い飛ばしているけれど、どういうこと? それに何かに納得したかのようにうなずいている。


「ひとまず、悪魔をどうにかしてきます」


 村長に素早く一礼したアチェーツは一瞬で消えて、私はアチェーツを止めることもできなかった。


「村長、アチェーツと知り合いなの?」


「アチェーツ? 

 あ、あやつそんな風に呼ばせているのか」


 くくく、とこんな状況なのに心底おかしそうに笑う村長。全く意味が分からないよ。困惑していると、アチェーツがすぐに戻ってきた。手には逃げ遅れた村人がいる。なんどか往復して全員集まったみたい。


 悪魔も村からいなくなって、ひとまずその日はいったん休もう、と解散になった。



「こやつはな、この村の出身者なのだが俗にいう剣聖というものなのだ。

 その容姿から避けられることも多かったが、ただの人だよ」


「じゃあ、どうして森にいたの?」


 後日村長の家に私とアチェーツは呼ばれていた。アチェーツの話をしてくれると言われたのだ。ちなみにアチェーツは居づらそうにしている。


「可愛い娘にも嫌われたら生きていけないと言ってな」


「可愛い娘?」


「お前のことだ、マリー。

 こやつの名はアチェーツではない。

 リブセント、じゃ」


「え!?

 じゃあ、なんでアチェーツなんて名乗っていたのよ!」


「アチェーツとはな、ほかの言語で父、を表すのだ」


 何それ! 私が家族がいなくて寂しい思いをしていたのに!


「うう、ごめん、マリー。

 君にまでこの容姿を避けれたら生きていけないと思ったんだ」


 むぅ、許せない。許せないから一つ私の言うことを聞いてもらおう。


「嫌わないよ。

 だから、これからは一緒に暮らしてくれる?」


 目をきらめかせたアチェーツに、私には返ってくる答えがわかってしまった。

 

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