どんでん返しの使い手
橋本洋一
どんでん返しの使い手
「先生! 横溝先生! 私です。小山田君枝ですよ!」
チャイムを何度も押しても返事がなかったので、玄関の扉を叩く私。
しかし誰も出てこない。
おかしいな。先生どこか行ったのかしら?
でも、横溝乱歩先生はいつも原稿を渡すとき、家に居るはずなのに。
気になったので、私は玄関の扉に手をかける。
開いてしまった。
「もう! 先生、居るんでしたら居るって言ってください!」
文句を言いながら私は中に入る。
神経質な先生らしく、掃除が行き届いた家の中を、ゆっくりと歩く。
リビングのドアを開ける。そこには誰も居なかったけど、手紙が置いてあった。
宛名には、私の名前が書かれていた。
薄い封筒だから原稿ではない。
「何のかしら……」
私は手紙を読んだ。
手書きで急いだ風に書かれていた。
小山田さん。貴女がこの手紙を読んでいるということは、僕はもうこの世には居ないかもしれない。かもしれないというのは、現在進行形で襲われているのか、それとも死んでいるのか分からないからだ。
長い付き合いだから、僕が犯罪に興味があることは知っているだろう。推理小説家としては伏線を貼っておいて、それからどんでん返しに向かうのが得意な作風だが、現実はそうではない。だからこそ、空想でトリックを考えて、動機を考えて、キャラクターを考えていた。
この仕事をするようになって、アウトローな人間とも付き合うようになった。麻薬の密売人から詐欺師まで。幅広い悪人と交流することとなった。
しかし僕の興味は騙すことや悪行を重ねる人間ではなかった。
そう。殺人者の気持ちを知りたいから、推理小説家をしているのだ。
もちろん誰かを殺したいと思ったことなどない。軽い気持ちで殺意を抱いたことはあるけど、実際に殺したいと思ったことはない。
だからこそ、人を平然と殺せる心理を持つ彼に会いたかったのだ。
しかし彼は殺人者ではなく、殺人鬼だったのだ。人の気持ちが分からない鬼だったのだ。
僕はその殺人鬼を飼っていた男と交渉して、直接会うことにした。
飼育係の男は言った。多分、君は死ぬことになると。
思えば犯罪心理、特に殺人の気持ちを理解したいという異常な好奇心で今まで生活してきたのだけれど、まさか自分が殺人鬼に追われる立場になるとは思わなかった。
結論から言うと、殺人鬼は飼育係の男を殺して、脱走した。
そして直前に会っていた僕を殺すつもりだろう。
今、この手紙を書いているけど、小山田さんもその場から逃げたほうが良い。
もしくは警察に連絡するべきだ。
電話は僕の家電を使うといい。
今までありがとう。こんな風な別れになってしまったことを残念に思う。
全て読み終えたとき、私は心底震えてしまった。
心臓の鼓動が止まらなくなるくらいに。
警察に知らせないと!
私は、リビングに置いてある電話の受話器を取ろうとして――
もう一封の手紙を見つけた。
印刷された文字だった。
どうでしたか? ぞわっとしましたか?
今回の作品はこれをテーマに書こうと思います。
原稿は既に出版社の小山田さま宛てに送りました。
私は今、海外に居ます。いずれ戻ります。
それではまた。
なんだ。良かった。
悪戯好きだったのかな。先生って。
しかし、原稿はいつまでも届かなかったのである。
どんでん返しの使い手 橋本洋一 @hashimotoyoichi
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