キミの心に挟まりてぇ~
「間に挟まりてぇ~」
「いま滝の間に挟まらせてあげますわ真名人」
滝のある場所についた麻由里はふと思った。
あれ? 私はともかく真名人の着替えがないとまずくね? いま冬だから濡れたまんまだと下手したら死ぬよな。
「あの……百合魔神様。真名人の着替え持ってくるまでちょっと待っていただけませんか?」
「ああ、
「わかりました。それじゃあヒロインの方が先に滝行してましたから私から先に入りますね。真名人もすぐに来てくださいね」
「いいじゃねえか俺も混ぜてくれよ~」
真名人が激励するように手を振ると麻由里は滝に入った。
冷たい、冷たすぎる。それが麻由里が真っ先に感じたことだった。
次に、なんでもすると言ったとはいえ冬に滝に入ることを了承した自分を後悔した。
なんてことをやろうとしてしまったのだろう。早いとこ済ませないと死ぬ。
「ま、真名人早く来てください!」
「いいじゃねえか俺も混ぜてくれよ~」
「いや駄目だ名場面を再現してもらう。まず麻由里はヒロインのセリフをちゃんと言ってくれ」
そう言って真名人を百合魔神が引き留めた。
「男は嫌だとかつべこべ言ってこないで間に挟まらせてくれよ~」
「そ、そうですよつべこべ言ってないで、さっさとキス済ませないと、わ、私死にますわ。大体昔にやったゲームですからセリフ覚えていませんし、私FFは10じゃなくて12が一番好きですし」
震えながら麻由里は早口でまくし立てた。
「そうはいわれてもただのキスではオラは百合の敵認定できねえしなぁ。しょうがねぇ、オラが一人二役でセリフをやってやっか」
そう言うと百合魔神がやたらいい声と演技で名場面を再現し始めた。
◇◇◇
「~~~~~。よし、いいぞ。そこで天下一純粋な口づけをしろ!」
「間に挟まりてぇ~」
麻由里が寒さで、死ぬぞ、すぐ死ぬぞ、絶対死ぬぞ、ほら死ぬぞ、と思い始めたころ、ようやく茶番が終わりその時がやってきた。
「い……いきますわよ真名人」
「間に挟まりてぇ~」
「うっ」
真正面からキスをしようとチャラ男と化した真名人の両肩に手をのせた麻由里は思わず嫌悪感を感じた。
うう……やっぱ私、男は無理っぽいなぁ……そういや私のキスこれが最初なんだよなぁ……うう……人格のないチャラ男とのわけのわからない名場面再現がファーストキスとかひどすぎる……せめて元の真名人だったらまだマシなのに……でもやんないとなぁ……
滝やらチャラ男とのファーストキスやらのあまりのストレスに麻由里は思わずつうと涙を流した。
「……間に挟まりてぇ」
穏やかな声でそう言った真名人が麻由里の滝の水混じりの涙をそっとぬぐい、麻由里の頬に手を当てた。
人格のないはずのチャラ男の手には友達を気遣うような優しい暖かさがあった。
「……ありがとう真名人……寒いですからね。すぐ終わらせてあげますわ」
真名人からの激励に意を決した麻由里は嫌悪感を乗り越え名場面を再現した。
「ひゃ~てぇてぇなぁ……」
◇◇◇
ジャーという音がした。
波佐間家のトイレで麻由里が吐しゃ物を流した音だ。
「うげー。気持ち悪かった。やっぱ男とキスとか無理ですの」
「俺とキスして吐かれるとかとちょっと傷つくんだけど……」
トイレから部屋に戻った麻由里に、百合間男から元の紅顔の美少年に戻った真名人がそう言った。
「あなたは百合魔神様に元に戻してもらったからいいですけれど、私はそんなもんなかったからしょうがないのですわ。訳の分からない滝行にチャラ男とのキスとかこれで吐くなとか無理を言わないでくださいな」
名場面再現を終えて真名人が元に戻った後、いったん風呂で体を温めて着替えた麻由里だが、急激に体を冷やしたり温めたりしたせいなのか、それとも男とキスをしたせいなのか吐き気を催しトイレで吐いていたのである。
「まぁそれもそうだな。ありがとよ元に戻してくれて」
「そうですね元に戻ってくれて嬉しいですわ」
「おっす、とりあえず元気になったみてぇだな。いやーてぇてぇもん見せてもらってオラは嬉しい」
いつの間にか半透明になった百合魔神が部屋に入ってきた。
「あ、百合魔神様。真名人を戻してくださりありがとうございますわ。それはそれとしてなんで半透明になっているんですか?」
「それがよぉ……おめぇが百合の敵になっちまったからよ……おめえともう一緒にいられなくなったんだ。オラもうすぐ消えっから!」
「ああ、そうですか。お元気で」
麻由里は気のない生返事をした。
「つれねぇ返事だな」
「真名人を戻してくれたのは感謝いたしますけど……正直なことを言いますとあの名場面再現は最悪でしたわ。ちっとも尊くないと思いますの」
「そう言うなって。オラにとっちゃなかなかてぇてかったぞ。個人的には本家に勝るとも劣らない口づけだったと思う」
「本家と比べる事すらおこがましいと思いますわ」
「俺もそう思いますね」
麻由里と真名人の二人とも即答であった。
「なんだよ。わかったよ。消えればいいんだろ、消えれば」
そういうと百合魔神はふわーと浮かんだ。
「それじゃ別れの挨拶でもすっか。真名人。おめえには悪いことをしたなぁ。今後はいんふぉーむどこんせんとだっけ? そういうのを徹底すっから許してくれよ。お前はまだオラの事呼び出せるからまたなんかあったら呼んでくれよ」
「は、はぁ……」
「あと麻由里、いなくなったオラのこと……時々でいいから思い出してくれよ」
「……わかりましたよ。ありがとうございます。百合魔神様さようなら」
「さようなら」
「じゃあな、おめえら元気でやれよ~オラは現世でバカンスすっからなぁ~」
そういうと百合魔神はふわーと壁をすり抜けて外に出ていった。
「てっきり帰ると思ったが帰らないんだな……」
「もう百合魔神様について考えるのはやめましょう……それより真名人、あの……今日は本当に申し訳ありませんでしたわ。こんなことに巻き込んでしまって。本当に……申し訳ありません」
麻由里は土下座をして謝った。
「いいよ、そんなことしなくて。むしろその……こっちこそすまんかった。ごめん」
「? なんのことですの」
キョトンとした顔で麻由里が顔を上げた。
「えっと……その……ほら百合魔神が言っていただろう。お前が女の子と仲良くできないの俺のせいだって……」
「ああ、そんなこと気にしなくていいですわ。あんなのの言うことを真に受けちゃダメですわ真名人。悪いのは真名人じゃなくて全部私ですの仮に真名人のせいだとしても、そのせいで仲良くできない女の子なんてこっちから願い下げですの。だって真名人は大事な友達ですからね」
「そう言ってくれるのは嬉しいけどよ……」
「……真名人、私、次からはまともな方法にしますけどこれからも百合を追おうと思っています。ですけれど真名人が友達じゃなくなるんだったら百合なんかいりませんの。だから気にしないでください」
にっこりとした笑顔で麻由里がそう言った。
「ありがとな……でも、そういうことを男に言うと勘違いするから気を付けろよ。そういうのを女の子に言えばもうちょいモテるさ」
顔を赤らめて真名人が視線をそらした。
「あら、ふふふ、アドバイスありがとうございますわ」
麻由里はおかしそうに笑いペコリと頭を下げた。
「さて、それじゃあどうします。私、FF12の名場面動画とか見たくなったのですが、一緒に見ません? うちスクリーンあるんですよ?」
「そこは10じゃねえの?」
「私あっちの方が好きですし……あ、でも真名人は10の方が好きでしたわね。じゃあ10でもいいですわよ」
「お前が譲ってくれるとは珍しいなぁ。んじゃあ10にしてくれるか」
「は~い」
大好きな友達と楽しいひと時を共有するべく麻由里はいそいそと準備をしだした、その時……
「オラも見てえから間に混ぜてくれ!」
「さっさと消えなさい!」
突然壁から上半身を突き出して現れた百合魔神に麻由里はそう叫んだ。
おわり
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