第86話 兄弟喧嘩の後始末

 結局、信長兄上に降参した信行兄ちゃんは、そのまま出家することになった。なぜか俺が城を建てる予定の龍泉寺に向かったんだが、信長兄上はもしかして俺に信行兄ちゃんの面倒を押しつけておけばいいやとか、思ってないよね?

 それか俺をお目付け役にしようと思ってるなんてこともないよね?

 なんだか一石二鳥だとか思ってそうなんだよな。


 え? 信行兄ちゃんが俺のお目付け? イヤ、ソンナコトナイトオモウヨ。


 信行兄ちゃんの法号は「悔悛」だ。いやもう、そのまんまなんだけどな。今までのことを悔い改めて、兄弟仲良くしていけたらいいと思う。うん。


 そして今回、信行兄ちゃんに謀反を唆した林兄弟だけど、弟の林通具は稲生の戦場で雷に打たれて真っ黒こげになった。でも、最も罪が重いってことで、顔の判別ができないくらい焼けただれた首が那古野城に晒されているらしい。

 すぐ横にいて、一緒に落雷で死んだ嫡男の首も一緒に晒されたそうだ。


 死体に鞭打つような残酷な仕打ちかもしれんけど、こうして首を晒さないと、謀反を起こしたらどれほどの罰を受けるのかっていう見せしめにならないからな。


 林通具の側にいて、同時に雷に打たれて死んだ林兄弟の与力も何人かいたけど、その首は晒されなかった。


 兄の方の林秀貞は、稲生の戦いの際は那古野城を守ってたんだけど、直接戦ってないのと、反省して出家したことから許された。


 これもまた、飴と鞭だな。


 林兄弟のうち、通具は徹底的に信長兄上と敵対したから首を晒し、秀貞は反省して降伏したから許すという、いわば信長兄上は敵対したら容赦がないけど、反省した相手にはこんなに度量が大きいんだよってアピールしてるわけだ。


 なんか史実では信長兄上ってもっと冷酷なイメージがあったけど、実際はわりと情に篤い性格なんだよなぁ。史実が歪んで伝わったか、それとも年をとって偏屈になっちゃったのか、どっちだろう。


 ただ許したといっても、所領は大幅に削られた。那古野城も、今回の功績で林秀貞の代わりに佐久間のおじちゃんが城代になった。


 他の馬廻りは信行兄ちゃんに味方した家臣の所領だったところをもらった。

 犬こと、前田利家殿なんて、それこそ犬みたいにそこら辺を駆け回って喜んだらしい。

 

 末森城は、今回の功績で熊が城代になった。信長兄上は廃城にしようと思ってたみたいだけど、一応俺が育った思い出の城だしな。廃城!? って騒いでたら、残してくれることになった。

 言ってみるもんだな。熊にとってはラッキーだった。


 ただ市姉さまたちは清須に移るから、今までみたいに気軽に会えないけど。

 あれ? じゃあ熊にとっては、ただ仕事が増えただけか?


 熊が城主をしてる下社城の仕事もあるしなぁ。あっちは支城しじょうだから、末森程大きくはないけど。


 いや、出世したんだから、喜ばしいことだよな。そうだよな。


 ちなみに信行兄ちゃんの正室の千代さんと嫡男の御坊も清須城に移った。いわゆる人質に近い、かな。

 ただ末森にいた市姉さまとか犬姉さまも清須に移るし、二人とも今までと同じように過ごせるだろう。


 それに信行兄ちゃんも反省してるみたいだしな、ほとぼりが冷めたらまた還俗して一緒に暮らせるんじゃないかな。


 そうなったらいいな。







 残る問題はただ一つ。

 今回の謀反のきっかけを作った母上―――土田御前の処遇をどうするか、だ。


 信長兄上に任せたらまた甘い対応になるのは分かり切ってるし、信行兄ちゃんは何か言える立場じゃないし。ちょっと年齢が足らないけど、母上に直接物申せるのは俺しかいないと思う。


 だから俺は、母上の処遇が決まる前に、滝川殿と一緒に会いに来たんだ。

 あの、俺が軟禁されていた、末森の奥の離れへと。


「本当に、喜六郎様お一人で大丈夫でしょうか」


 お供に熊じゃなくて滝川殿を選んだのは、熊みたいな真っすぐなヤツに、これから母上と交わす会話を聞かれたくないからだ。いやほら、熊は前に母上に憧れてたみたいだからさ。その母上が見苦しいところを見せたら、トラウマで女性全般を苦手に思うかもしれないからさ。


 あれでいて、熊のくせに結構デリケートなんだよな。


 滝川殿なら、そんな憧れを母上には持ってないだろうから、心置きなく追求できる。


 追求した結果、聞きたくないことをたくさん聞かされるかもしれないけど、あんまり実の母親って気がしないから、何を言われても俺は平気だしな。

 むしろ、信長兄上が母上の話を聞く前にどうにかしたい。


 きっと……信長兄上は、母上の言葉に傷つくと思うからさ。




 だから、そろそろ決着をつけようか、母上。






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