第74話 信行兄ちゃんの謀反
なんで!? なんでだよ、信行兄ちゃん。
だって最近は前ほど険悪な雰囲気じゃなかったじゃないか。俺と信長兄上が、こんなのを作ってるんだよ、って報告すると、目を細めて「そうか」って言ってくれてたじゃないか。
なのに、なんで謀反なんかするんだよ!?
「一益」
「はっ」
「一刻も早く殿に知らせよ」
「分かりました」
今まであれほど暑かったっていうのに、今は全身の血の気が引いている。自分でも、ウチワを持つ手が震えているのが分かる。
「喜六郎様」
何が悪かったんだ?
確かに末森は不穏な気配が漂ってたけど、信行兄ちゃんが抑えてくれてたはずだ。
信長兄上に敵対する姿勢を露わにしてたのは林のジジイと津々木で、信長兄上との間を取り持ってたのが熊と佐久間信盛殿だ。そして両者の家中での勢力は拮抗してたはずだ。
一番力があるのが筆頭家老の林のジジイだけど、津々木は信行兄ちゃんの小姓上がりで若輩だからな。末森で別格の勢力を持っているってわけでもない。
だからこそ、ここのところの平穏だったわけなんだが。
「喜六郎様」
戦う、のか?
信長兄上と信行兄ちゃんが。
でも兄弟なのに。
血の繋がった兄弟なのに、なんで戦わなきゃならないんだよ!?
「喜六郎様!」
熊に強く呼びかけられて、ハッと我に返った。
いかん。今はどうしてだなんて嘆いている暇はない。
「喜六郎様。こうなってしまった以上、どちらにお味方をするか、心を決めねばなりません」
唇を強くかみしめる。
どちらかを、選ぶ……
選べるのか、俺に。
「殿にお味方するのであれば、すぐさま末森より出なければなりません。城を攻められた時に、殿のお味方となればどのような目に合うか分かりませぬからな」
籠城戦で一番注意しなければいけないのは内応者だ。井戸に毒を入れるとか、兵糧を燃やすとか、内部をかく乱する方法はいくらでもある。
それに、できるかどうか分からないけど、内側から門を開ければ、それだけで攻めてくる敵は城の中になだれ込むしな。
それを防ぐには監禁するしかないだろう。俺のように力のない部屋住みの八男であっても。
「勝家殿は、どうなさるのですか?」
聞いてから、聞くまでもなく答えが決まっている事に気がついた。信長兄上に従うっていう起請文を書いたんだ。信長兄上に従うに違いない。
「それがしは、喜六郎様の傅役でござります。喜六郎様の決められた事でしたら、それに従いまするぞ」
「でも起請文を書いたのでしょう?」
「なに。祟られるより、喜六郎様の信頼のほうが、それがしには大切ということでござる」
体はこんなにデカいのに、呪いとかオバケには弱いくせに。
信光叔父さんの件では、話しを聞いて震え上がっていたのに。
それでも、そう言ってくれるのか。
俺は、本当に、得難い家臣を得ているんだな。
「勝家殿。とりあえず我らは末森を出て清須に参りましょう。後の事はそれから考えます」
「はっ。分かりもうした」
身支度をする暇も惜しんで、とりあえず身一つで末森を出ることにする。
部屋から出ると城内は戦の準備にざわめいていた。兵たちが具足を持って走り回っている。
「あらかじめ準備されていたのかもしれませんな」
普通は出陣前の陣触を出してから足軽たちが集まるまで、二三日かかる。だけど城内の様子を見ると、既に続々と兵たちが集まっているみたいだった。
前もって準備をしていないと、こんなに早く行動はできない。
信行兄ちゃんの家臣の顔もいくつか見える。
鎌田助丞、江次、新介の三兄弟と、富野左京進、山口又次郎、橋本十蔵、角田新五、大脇虎蔵、神戸平四郎。そして信長兄上の筆頭家老、林佐渡守秀貞の姿もあった。
「林殿まで……!?」
驚いた熊は、これはまずいやもしれませんと小さく呟いた。
「林殿の軍勢はおよそ七百。それに加えて諸将の軍勢を合わせれば、信行様方は二千の大軍となりましょう」
「信長兄上の軍勢は、いかほどなのですか?」
「森可成殿、前田利家殿、丹羽長秀殿、池田恒興殿らの馬廻り衆に、織田信房殿、織田勝左衛門殿らのご一門衆を含めても、およそ六百ほどかと……」
最近、信長兄上の下で戦っている熊の言うことだ。その数はかなり具体的なんだろう。
だとすると、信長兄上が劣勢すぎるじゃないか!?
でも史実では、信長兄上はこんなところで死んでない。だから安心していいの……か?
だけど、この数の差が、俺の存在によるものじゃないって、誰が言える!?
もしかしたら史実では信長兄上はもうちょっと優勢で、楽に信行兄ちゃんと対峙していたんだとしたら。
もしかしたら、そもそも、こんな風に対立してなかったかもしれないんだとしたら。
俺が、二人を仲直りさせようとして色々動いた結果、こうして信長兄上に不利な状況になったのだとしたら……
俺は……どうすればいい……?
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