第69話 黒リーダー滝川一益
ただ話を聞くと、信広兄さんは謀反を起こそうとして失敗したらしい。
美濃兵が尾張に侵入してくると、信長兄上は自分の馬廻りとか熊を連れて迎撃に行くんだけど、その時にちゃんと城代を置いてないと、どこかの誰かが謀反を起こして清須を奪いかねない。その誰かって、林のジジイとか信行兄ちゃんなわけだが。
それで信頼してる異母兄の信広兄さんに清須に詰めてもらってたんだな。信長兄上が美濃とやりあってる間に、信行兄ちゃんが挙兵でもして清須を奪われたら帰ってくる場所がなくなるからな。
信広兄さんは、その信長兄上の信頼を利用したんだ。
まず、斉藤義龍が清須の北に布陣して信長兄上を誘い出す。そして信長兄上が清須を出たら、そこに信広兄さんが入って、留守役の佐脇藤右衛門を殺して清須を制圧する。それに成功したら狼煙を上げて義龍に知らせる。
知らせを受けた義龍は信長兄上と交戦して、信広兄さんは味方の振りをして信長兄上の背後から襲いかかる、っていう筋書きだったらしい。
でもこの計画は信長兄上に発覚した。
美濃に出陣する前に、信長兄上は佐脇に何があっても絶対に城から出るなと命令して、城下に住む人たちにも、戸を閉めて信長兄上が戻ってくるまで誰も通すなって言っておいたらしい。
それで信広兄さんは清須に入れず、謀反の計画は失敗に終わった。
今は手勢を引き連れてそのまま美濃方に逃げてるらしい。
不幸中の幸いだったのは、信広兄さんは斉藤義龍に呼応したけど、織田信安、もしくは信行兄ちゃんと協力して信長兄上を攻めようとしてなかったことだ。
もしそれをやられてたら、さすがの信長兄上も、進退窮まったことだろう。完全に信長包囲網尾張版になっちゃってたからな。しかも仲裁してくれる目上の人がいない。
父上も、信光叔父さんも、道三もいない。
そう考えたら、絶体絶命の危機に陥る寸前だったってことだ。危ない、危ない。
それにしても斉藤義龍って結構やるなぁ。織田信安はまだしも、ダークホースの信広兄さんにまで調略の手を伸ばしてるとは思わなかったよ。ほら。信広兄さんは信行兄ちゃん派だったからさ、もし敵になるとしても信行兄ちゃんが反旗を翻してからだと思ってたんだ。
まさか先に信広兄さんが謀反を起こすとはね……。
「信長兄上はとても優秀な忍びを持ってらっしゃるんでしょうねぇ」
信広兄さん謀反の話をリーダーそっくりの滝川一益から聞いた俺は、溶き卵にニラを入れて混ぜ混ぜしているところだった。
信長兄上が大変な時に何をやってるんだって言われるかもしれないけど、俺はまだ元服してないから何もできることがないんだよ。とりあえず戦の時にスタミナがつくように、色々と料理を試してみてるところだ。
あと、兵糧として持って行けるご飯も開発したいんだよなぁ。インスタント握り飯って言うのかな。お椀に握り飯を入れてお湯をかけたらすぐ食べれるお茶漬けみたいなのを作りたい。
本当は生駒屋敷で堂々と卵料理とか親子丼を作ってみたかったんだけどな。
ほら、あそこって商売やってるし、なんていうか自由な家風なんだよ。家の表にもいろんな人が出入りしてるしさ。だから生駒家長さんに養鶏をやってくれないか聞いてみたんだ。そしたら二つ返事が返ってきたから、これからが楽しみだったのにな。
残念ながら今の情勢じゃ気軽に生駒屋敷に行けないんだよなぁ。
生駒屋敷って清須のさらに北にあるからさ。のこのこ遊びに行って、もし万が一美濃とか信広兄さんの捕虜にでもなっちゃったら大変だからな。だから自重してるんだ。
べ、別に美和ちゃんに会いたいとかそんなことはないぞ。
卵料理が食べたいだけなんだからな。
その卵は、おがくずを入れた箱の中に詰めてリーダー滝川が持ってきてくれてるから、こうして末森で卵料理を作れてるってわけだ。
「なぜ、忍びがいると思われるので?」
リーダー滝川に聞かれて、俺は菜箸から手を離した。
「え? だって情報を調べてくるのって、忍びの方なんでしょう?」
そういや、信長兄上の雇ってる忍びって、甲賀なのかな、伊賀なのかな。有名な忍びって言うと、服部半蔵だろ、猿飛佐助だろ、霧隠才蔵だろ、えーと、後は誰がいたっけ。
あ、あとモモチなんとかだ。アイドルグループの桃色フレーバーのメンバーの名前に似てるから覚えてたんだよな。この時代に生きてるのかね。
「饗談」
「はい?」
「饗談、というのが、殿に仕えている忍びの集団です」
「そうなんですか」
えー。甲賀とか伊賀じゃないのか。ちょっと残念だなぁ。キョウダンなんて聞いたことがないけど、あんまり有名じゃないのかな。
でも本物の忍びとか、かっこいいよなぁ。ちょっと会ってみたい気がする。
「興味がおありですか?」
「そう……ですね。どんな人たちなのか会ってみたいです」
「会うまでもないですよ。あいつらは人間の屑です」
「……は?」
「金のためなら親でも子でも売る。そんな最低の人間の集まりですよ」
冷ややかに笑う顔は、剛腕でGOに出てくるリーダーにそっくりなんだけど。
そっくりなんだけど、雰囲気がまるで違う。今までのどこか飄々とした雰囲気じゃなくて、触ったら切れてしまうむき出しの刃のような物騒な気配を発していた。
思わずごくりと唾を飲む。
すると、滝川一益はその剣呑な雰囲気を一瞬で消して、朴訥な青年のような振る舞いに戻した。
「織田の若君がわざわざ会う価値のない者ですよ。もし何か御用があれば、この滝川一益がうけたまわりましょう」
「あ、はい。その時はよろしくお願いします」
その気配に気おされた俺は、ただそう言って頷くしかなかった。
滝川一益って何者なんだ!?
こ、こえええええええええええ。
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