第60話 尾張の情勢

 そんな風にまったりと過ごしてはいても、尾張を取り巻く状況は不穏なままだった。


 家中に関しては、最近の信行兄ちゃんの様子を見るに、なんとなく歩み寄ってきている気がする。一時期の眉間に皺が寄った陰鬱な表情はなくなったしね。


 俺もできるだけ二人の橋渡しをするようにしてるから、このままいけばちゃんと仲直りできそうで良かった。なんといっても父母を同じにする、血を分けた兄弟だからな。血で血を洗う仁義なき戦いは勘弁してほしい。


 母上に関しては……相変わらずだ。俺も母上もお互いに歩み寄る気がないから、どうにもならない。このまま俺が築城したら末森を出て、そのまま疎遠になるってパターンかもしれん。

 とりあえず信行兄ちゃんに余計なことを吹き込まなければ何でもいいよ。


 熊と市姉さまは……まあ、ちょっとずーつ仲良くなってるんじゃないかな? 一枚ずつ歌がるたを渡されて、結構嬉しそうにしてるからな。

 そのうち熊が義理兄になるかもしれないのか……。

 う、うん。男は外見じゃない。中身だ!


 千姫は相変わらずだ。一番の札から順に作って熊と同じように歌かるたを送ってるけど、返事はいつも杓子定規しゃくしじょうぎだ。一応、許嫁なんだからさ、もうちょっと愛想が良くてもいいと思うんだ。はぁ。


 美和ちゃんは、あれだ。その、初めての女友達だからな。ちゃんと仲良くしてるぞ。

 たまに信長兄上がやってきて、にやにや笑ってたりするけどな。ほら、俺をからかうのは、いつもの事だから。




 尾張の周囲の状況に関しては、北と西に隣接してる美濃の斉藤義龍とは敵対していて、東は今川と敵対している。南は海だから平和だけどな。


 見事なまでに周囲は敵ばっかりだ。でもこれでもこの後に起きる信長包囲網よりはマシなんだけど。その時は、ほぼ全国が敵だからな。


 美濃の斉藤義龍は信長兄上の舅である斉藤道三の息子だけど、母親の深芳野さまは名門一色家の娘で美濃一の美女と言われた方だ。元々は美濃を追放されて尾張に来た守護の土岐頼芸の愛妾だったけど、道三に下賜されて道三の側室になったっていう経緯がある。


 その後に息子の義龍が生まれたんだけど、その生まれた時期が微妙なんで、父親は道三なのか土岐頼芸なのか判断できないらしい。


 元々、主君の子を妊娠している側室を下賜されるのはとっても名誉なことだっていう謎慣習があるんで、生まれた時点では、どっちの子供でもいいっていえばいいわけだ。


 だけど道三は守護の土岐頼芸を追い出して自分が美濃の国主になってるから、もし義龍が自分の息子でないなら、追放した主君の子供がまた美濃の国主になるっていう本筋に戻る。

 それで、義龍を廃嫡して確実に自分の子である孫四郎を後継ぎにしようとした。


 現代みたいにDNA検査でもできれば良かったんだろうけどなぁ。この時代じゃ、父親の面影とかで判断するしかない。そしておそらく、義龍は道三に似ていなかったんだろう。だからこそ、疎まれた。


 義龍も自分の父は土岐頼芸だって主張して、道三と対立してる。さすがに親子で殺しあうのは道義にもとるけど、戸籍上は父だけど血は繋がってないから討っても良い、ってわけだ。


 そして美濃の国人は、ほとんどが義龍についてる。父親が道三であれ土岐頼芸であれ、母親の血筋ははっきりしてるからな。どこの馬の骨か分からん道三より尊い血筋の持ち主だ。

 この時代の人たちは、本当に血筋にこだわるからな。だから皆、義龍を支持するんだ。


 今は道三が大桑城にいて、義龍が稲葉山城にいる。そろそろ睨み合いも五ヵ月になるところだ。もうすぐ田植えの時期で足軽たちが本業の農家に戻るから、その前に何も起こらないといいんだが。


 だって道三は信長兄上の舅だからな。あれでいて、とっても情の深い男なんだよ、信長兄上って。だからもし戦になったら、絶対後詰に行くと思う。っていうか行く。熊にも、いつでも行けるように戦支度しておけって言ってたし。


 できれば今年は平穏に過ごしたいんだけどな。いや、来年も平穏なら言う事ないんだが。




 一方、東の今川は、小さな小競り合いがいくつもある状態だ。主な戦場は三河なんだが、松平元信、つまり後の徳川家康と戦ってるわけだな。家康本人は参戦してないけど。

 あと今の三河はほぼ今川の家来だから、松平と戦ってるっていっても、実質は松平・今川連合と戦ってる。


 で、同じ織田家でも大和守織田家とか岩倉織田家とか、うちの弾正忠家とかに分かれてるのと同じように、松平家も本家の他に分家がいる。

 そのうちの大給おぎゅう松平家は今川の支配を嫌って、織田家と手を組んでる状態だな。去年、あの温泉があるかもしれない蟹江城を攻略した松平和泉守源次郎が大給松平家の当主だ。


 去年の敵は今年の味方ってわけだ。


 うん。なんだか頭がこんがらがってくるよな。


 その大給松平家と手を組んでいるのが、奥平家だな。つまり、ここも織田方だと言っていい


 そして今年の二月には織田方の日近城主、奥平貞友が東条松平家の松平忠茂に攻められたんだけど、逆に奥平家の援軍を得て、松平忠茂を打ち取ったらしい。

 この松平忠茂の家臣で渡辺源五左衛門っていうのが、なかなか強いらしいな。


 でも先月末に、大給松平家の松平和泉守源次郎親乗ちかのりは敵討ちに燃える東条松平に敗れて、尾張に逃げ込んできてきた。


 信長兄上も東条松平の城である青野城の近くで何度か小競り合いをしたみたいだけど、結局は決め手に欠けるらしく、城を落とすには至っていない。


 とりあえず現状では小競り合い程度の戦いが続いてるというわけだ。


 まあ、美濃にしろ今川にしろ、もうすぐ田植えだからそろそろ戦のシーズンも終わるとは思うんだけどな。


 っていうか、終わってください。切実にお願いします。



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