第57話 モフモフの魅力には逆らえない
傷心の俺は、心を癒すために信長兄上が抱いている猫をモフった。
あああああ。この感触この温もりこの匂い……おにゃんこ様だぁ……
実家でも飼ってたんだよな。ノルウェージャンフォレストキャットっていう、そのまんまノルウェーの猫で、長毛種の穏やかな性格の子だった。名前はトラだ。いやだって、顔の周りの毛がふさふさしてて、虎にそっくりだったんだよ。
懐かしいなぁ。
黒丸って呼ばれてた猫は、俺が喉をくすぐると、気持ちよさそうにグルグルと喉を鳴らした。長くて真っすぐなしっぽは、ゆっくりと揺れている。
「喜六はこれが気に入ったのか?」
しばらくぶりの猫に夢中になっていると、信長兄上がおもしろそうに声をかけてきた。
あ、しまった。今の状況をすっかり忘れてた。
「はい。とても可愛らしい猫ですね」
「そうか。では家長。これはもらっていくぞ」
「えっ」
突然何を言ってるの、兄上。では、って何だよ。では、って。会話が繋がってないじゃないか。
それにこの猫は飼い猫なんだよ? 野良猫じゃないんだよ?
ほら見てみろよ。猫を追いかけてきた美和ちゃんも、びっくりして目を見開いてるじゃないか。
「あ、いや、それは……」
家長さんも、断りたくても尾張の領主である兄上の言葉に逆らえなくて、どう返事をしていいか分からないようだった。
「黒丸を、連れて行ってしまうのですか……?」
小さく声が聞こえた。見下ろすと、床に座ったままの美和ちゃんが、目にうっすらと涙を浮かべながら呟いていた。
あー、もう。そうやっていつもいつも他人の物も俺の物っていうのを実行してると、いつか後ろから刺されるんだからな!
そもそも、信長兄上の傅役の平手政秀が自刃したのも、信長兄上が正秀の弟の平手五郎右衛門正利の乗っている馬が立派だから寄こせって言ったのを断られて平手家と険悪になったのを、自分の死で収めるためだったっていう前歴もあるしな。
トラブルの元になるんだからさ、いい加減、他人のものを欲しがっちゃいけません、って学習して欲しいよ。
「いえ。この猫はこんなに毛艶もよいし、いつも可愛がられているのが分かります。わざわざ飼い主と離すのは酷でありましょう。それに猫は家につきますからね。連れて帰ったら、猫が気を病むでしょう」
「これが欲しくはないのか?」
「猫は好きですけど、この子はここで暮らすのが一番幸せですよ。それより、猫は手に入りにくいものなんですか?」
さっき貴重って言ってたもんな。それに紐で繋いでたら、普通に繁殖はしないだろうしな。
「唐から猫を買っていたが、昨今は船が出ないからな。なかなか増えん」
ああ、勘合貿易が止まっちゃってるもんな。
野生の猫は……いたとしても、農民あたりが食べちゃってそうだよなぁ。
戦とかで田畑が荒廃してるこの時代、餓死って普通にあるらしいんだよ。だから農民なんかはこっそり猫や犬の肉を食ってるみたいだ。
確かに犬とか猪とか鹿に比べたら、猫って逆襲されてもこっちには大怪我はないもんなぁ。
そういや、この黒丸って猫、雄と雌のどっちだ?
黒丸って名前からすると雄だろうか。雌のほうが良かったんだけどな。
「兄上、ちょっと失礼」
兄上の抱いている猫の股を開いて確認する。
あ、ついてない。雌だ。
ってことは、適当に屋敷の中で飼ってれば、発情期になったら雄がやってこないか? そしたら自然に増えると思うんだけどな。
放し飼いにしても、餌をやる場所だけ決めておけば、必ず戻ってくるだろう。
もし家の外に出ても、近所の人に紐で繋いじゃダメだって厳しく言っておけばいいんじゃないか? 首に鈴をつけた首輪をして、織田家の家紋を入れれば、さすがに捕まえたり食ったりする人はいないだろう。
あ、でもやりすぎると、生類憐みの令になっちゃうから、そこらへんは慎重にしないといけないな。
それから必要なのは、砂の入ったトイレと爪とぎと、エサ入れと水入れか。
遊び道具なんかも欲しいところだな。毛糸のボール玉とか猫じゃらしとか。毛糸はまだないから、布で作ればいいか。
マタタビなんかもあればいいな。たまにあげると喜ぶしな。
マタタビを知ってるかどうか家長さんに聞いたら、なんか草に詳しい人を呼んできてくれた。
「
マタタヒって「ビ」じゃないんだな。でもほぼ同じ言葉だからすぐ分かった。
なんでもマタタビの実は、大きさは一寸くらいでドングリみたいな形をしてるんだが、虫がつくとカボチャみたいな形になるんだそうだ。一寸ってことは、大体3センチか4センチってとこか。
しかし虫のついた実が薬ねぇ。
冬虫夏草の逆だな。あれは蛾の幼虫に寄生したキノコが本体だもんな。
漢方って、意外とそういうのが多いよなぁ。
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