第30話 七人起請
「では七枚起請と対をなす起請文にて誓約をしていただくのは、御方様、若君さまがた、姫君さまの四人は当然であるとして、残りの三人の方はどういたしましょうか」
住職さまが見回すと、みんな視線を合わせないようにしていた。
そうだよなぁ。信光叔父さんが起請文の誓約を破って苦しんでるっていう話を聞いて、それでも自分が同じ苦しみを味わうかもしれないっていうリスクを背負って助けるとか、よっぽど自己犠牲精神の固まりな人じゃないと無理だよなぁ。
俺はこれが全部茶番だって分かってるから、書いちゃうけどね。
「こうして夢の中とはいえ叔父上に頼まれたのですから、私も起請文を書きましょう。それが道理でございます」
にっこり笑ってそう言うと、住職さまの顔が赤くなった。
あ、ヤバイ。俺ってば美少年なの忘れてた。そしてお寺は女犯(にょぼん)を禁じられているから、ホモの巣窟なんだよな。美少女より美少年の方が危険なんだよ。色々と。
あんまり寺では愛想を振りまかないようにしないといかんな。
「さ、さようですな。ご立派な心構えでございますな。あとお二方でございますが―――」
「俺が書こう」
立ち上がってそう言ったのは、信長兄上だった。
意外だと思われたのか、ざわめきが広がる。でも、俺はこうなるかな、と想定していたから、驚きはない。
「叔父上が清須城攻略の際に書いた起請文による神罰を受けているというのなら、俺にも責任のあることだろう。俺が書くのも、これまた道理である」
うん。やっぱりね。信長兄上は責任感がある人だから、こう言ってくれると思ってたよ。
神罰なんてへっちゃらだと思ってるから言える、ってこともあるかもしれないけど。
なんかね、俺が語った夢の話を信じてないような気がするんだよな。腕組んで目をつぶって聞いてたけどさ。なんとなく、信長兄上のほうから、何ふざけたこと言ってるんだゴルァって雰囲気が漂ってきてたんだよ。
勘違いかもしれないけどさ、俺のシックスセンスがどんどん鍛えられてる気がするぜ。
でもこれで六人が決まったから、あとは月谷和尚さまに頼めばいいや。
信光叔父さん、これで迷わず成仏してください。
心の中で合掌していたら、思いもかけない声が上がった。
「では、残りの一人はそれがしが書こう」
「えっ」
そう言ったのは信行兄ちゃんだった。
でも信光叔父さんは、確かに俺たちの叔父さんだけど、信長兄上派で信行兄ちゃんとはそんなに親しくしてなかったんじゃないっけ?
「兄上と喜六郎が豊後守のために起請文を書くと言うのなら、それがしも書くのが一族の務めであり、覚悟であろう」
うーわー。信行兄ちゃんイケメンすぎるだろ。神罰を受けるリスクがあっても一族のために骨を折るとかさ。
これを計算じゃなくて素でやっちゃってるからな。一族の当主には信行兄ちゃんのほうがふさわしいって心酔するやつも多いはずだよ。
でも、平時ではそれでいいけど、今は乱世なんだよ。残念ながら、信行兄ちゃんじゃ、乱世の渦に巻きこまれて終わると思う。
今川のような名門の大名だったなら信行兄ちゃんも名君になっただろうけど、織田だからな。これから家を大きくするっていっても、信行兄ちゃんはスマートすぎるんだよなぁ。奇策、鬼策、なんでもござれで戦国時代を生き抜かないと。
そう考えたら信長兄上ってチートキャラだよな。尾張一国ですらお家騒動でグダグダになってるこの状態から、天下統一目前まで行ったんだから。
「そうですね。我ら兄弟の絆の固さを知らしめるためにも良いと思います。日ノ本の護国と安寧はすなわち、織田家の安寧につながりますしね」
信行兄ちゃんのことも好きだけどさ、でもここで信行兄ちゃんの株だけを上げるわけにはいかない。これは織田家のまとまりを示す機会にしなくちゃいけないんだ。
そうですよね、とにっこり笑顔で信長兄上と信行兄ちゃんを見た。信長兄上はちょっと苦虫を噛み潰したような顔をしていて、信行兄上はすっきりしたような、晴れやかな顔で頷いた。
「で、あるか」
「で、ありますね」
それでも返ってきた言葉はとても似ていて、やっぱり兄弟だから似るんだよな、と、ちょっと嬉しくなってしまった。
そのまま初七日の法要は無事に終わった。
なんか最後まで千姫には睨まれてたけど。
うーん、やっぱり自分の父親が神罰を受けてるっていうのは聞きたくなかったのかもしれないなぁ。北御前を部屋に送って戻ってきた信成と信昌には、父のためにかたじけない、って感謝されたんだけど。いや、感謝されても全部嘘だから、それはそれで心が痛むけど。
正式な沙汰はまた後日になるけど、北御前たちは信光叔父さんが殺された那古野城じゃなく、元々の居城だった稲葉地城に移ることになるらしい。
謀反人の坂井が北御前に恋慕していたなんてふざけた噂もあることだし、那古野城を離れるのはいいことだと思う。
稲葉地城はこの凌雲寺の隣にある城で、元々信光叔父さんが建てた城だから、城にいる家臣たちも古くから信光叔父さんに仕えていた者ばかりだ。だから北御前たちの居心地も、決して悪くはないだろう。
どうか信光叔父さんが殺された悲しみを乗り越えて、心穏やかに暮らしてほしい。
ただ城主にするにはまだ嫡男の信成の年が若すぎるので、稲葉地城は父上の叔父、つまり俺にとっての大叔父にあたる
大叔父っていっても、まだ50台だしな。林のジジイとは違って若々しいし、これからも精力的に働いてくれるだろう。
っていうか、この時代の平均寿命が50年っていうのは、戦で早死にする奴が多いからじゃないのかね? 実際戦で死ななかった秀吉とか家康は長生きしてるもんな。
うむ。やはり俺の目標は100歳で大往生で間違いない。
そしてその夜。俺は不思議な夢を見た。
川のほとりに白い着物を着たちょい悪オヤジが立ってたんだ。
「ああ、これで呪いを解く道ができた。ありがたや、ありがたや」
そう呟いて消えたんだけど……
え? 呪い?
あれ? 今のって、信光叔父さん!?
え。ええっ!?
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