第24話 それぞれの利
「信行兄上の利とは、何があるのでしょうか」
俺がそう聞くと、月谷和尚さまは、まずはご自分で考えてごらんなさいと言った。
まあ、そうか。これも学びだって言うなら、自分自身で考えないといけないか。
今回の事で、いかに信行兄ちゃんが得をするか。
それはもう、この噂で信長兄上の評判を下げて、後継ぎは信行兄ちゃんのほうがふさわしいと思われることだ。
武士、というと、なんとなく長子相続っていうイメージが強いんだが、意外と能力主義的な考えの方が強い。基本的に正室の子供が後を継ぐことが多いけど、次男のほうが出来が良ければそっちを当主にするし、側室の子供の出来が良ければ、正室を養い親にして後継者にすることもある。
うちなんかはまさにその、次男が優秀なんで、長男を廃嫡にしてしまおうってパターンだな。ただ、亡き父上が、後継は信長兄上だって立場を崩さなかったから廃嫡されなかったんだけど。
それでも母上が信行兄ちゃんを溺愛してて、そっちを当主にしようとしてるからさ。それでゴタゴタしちゃってるんだよな。
信長兄上の正室の濃姫の実家も、それでもめてる。っていうか、戦国時代のもめるイコール血で血を争う戦いが繰り広げられてるわけなんだけどさ。戦国時代、まじ世紀末だよな。
そもそも、信長兄上のお舅さんは例の斉藤道三なんだけども、去年、長男の斎藤義龍に家督を譲って隠居したんだよ。隠居して坊主になって名前も利政から法号の道三に変えたっていっても、まだ実権は譲ってなかったから、実質上、美濃の支配者は道三のままだ。
で、道三は義龍よりその弟の孫四郎と喜平次のほうを可愛がってて、そっちに家督を譲りたくなっちゃったんだな。義龍は側室の子で、孫四郎と喜平治は正室の子だから、元々は義龍が優秀だから後継者にしたんだろうに、なんでそう思っちゃったんだか。
月谷和尚によると、孫四郎に家督を譲って、喜平次のほうには名門の一色家の家督を継がせようとしたらしい。さすがスーパー爺ちゃん、よく知ってるよな。ほんと、どこからその情報を仕入れてくるんだろう。
坊主の情報網、あなどりがたし……
そうなると、長男の義龍はそりゃ面白くないよな。だからやられる前にやれ、って事で、弟たちを殺した。それがたった二週間前、弘治元年11月12日のことだけど、実際に俺がそれを知ったのは孫三郎叔父さんが殺された三日後だ。
現代と違って電話もメールもネットもないからな。そういう大事件が起こっても、他国のことだと伝わるのに時間がかかるんだよ。
もっとも、信長兄上はもっと早くにその情報を知ってたのかもしれんけど。
なんでも、義龍は斎藤家3代に仕えた重臣かつ叔父にあたる長井隼人佐道利と共謀して、 弟の孫四郎と喜平次を自分が住む稲葉山城の奥の間に仮病でおびき出したらしい。そこでしこたま酒を飲ませて酔わせた後に、美濃国本田城城主の
酒は飲んでも、飲まれちゃいかんね。
他に信行兄ちゃんの利になることっていうと、信長兄上派の筆頭だった孫三郎叔父さんの排除ってことか。信長兄上の評判を落とし、派閥の力も弱めることができる。
「今回の噂で、信長兄上は目的の為なら手段を選ばない非道な者だという評判になります。しかも誅殺という卑怯な手を使っていることから、一族はもとより、家臣たちの忌避も強いでしょう。それによって逆に信行兄上の評判は高くなりますね。また、信長兄上を支持する一番の有力者だった孫三郎叔父上を排除することにより、信長兄上の力を削ぐことができます」
「ふむ。ふむ。さようですな。ですがそれでは満点はさしあげられませんな。拙僧は武蔵守様の側と申し上げました。家臣の方々のお考えはどうでありましょうかの」
「家臣ですか……?」
「さよう。たとえば、美作守様など」
林のジジイが今回の黒幕だとしたら、それは信行兄ちゃんと同じ理由なんじゃないのか? 俺がそう言うと、月谷和尚さまは首を振った。
「拙僧ならば、まず武蔵守様にささやきますな」
そして声音を変えて、ささやく。
「上総介様は実の叔父でも躊躇なく誅殺なさる。同腹の弟とはいえ、ずっと対立してきた信行様ならばなおの事、ためらうはずもございませぬ。であれば、こちらから先手を打つしかございませぬ。信行様、誉れある弾正忠の名を真にお受け継ぎなされませ……と」
まるで見てきたかのようなセリフに背筋がそそけ立つ。
スーパー爺さん、役者にもなれるんじゃないのか!?
「では、信行兄上に謀反をそそのかす為ですか? いくら何でもそこまでは……」
「不忠の者よりも、一見忠義の者こそ気をつけねばなりません。なぜなら、不忠の者であればあらかじめその行動を予測もできましょうが、忠義の皮を被った者は、陰で事をなそうとしますからな」
「でもどうやって真に忠義であるかどうかを見極めれば良いのでしょうか?」
「見て、聞くことですな」
なんだその、見ざる言わざる聞かざるみたいなの。
「日頃からその者の言動を見ておれば、おのずと分かるでありましょう。ですから、少しでも油断できぬと思った者は信用してはなりません。それこそが乱世で生き抜く術にございますよ」
いかにも好々爺といった顔で笑った月谷和尚さまの言葉は、戦国の世にふさわしい、厳しいものだった。
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