第21話 大義名分
それはともかくとして、だ。今回亡くなった信光叔父さんは、父上が亡くなるまでは末森によく来ていたらしい。父上が亡くなった後は、織田家が信長兄上派と信行兄ちゃん派に分かれちゃったんで、信長兄上派の信光叔父さんは、あんまり末森に来なくなったんだけどな。
最近は全然会わなかったけど、背の高いちょい悪オヤジって感じの人だった。
でも意外や意外。見かけと違って、正室一筋だったらしい。今の時代、それなりの家の男なら、複数の側室を持つのが当たり前だ。だから信光叔父さんみたいに奥さんが一人しかいないっていうのは珍しい。まったく、側室いっぱいだったうちの父上と血が繋がってるとは思えないよな。
元々は俺が射られた例の守山城の城主をしてたんだけど、今年の四月に、信長兄上と協力して織田大和守家当主の織田信友がいた清須城を奪って大和守を自害に追い込んだことで、それぞれ支配する城を変えた。
奪った清須城には那古野城にいた信長兄上が。
那古野城には守山城にいた信光叔父さんが。
そして守山城には、現在絶賛謹慎中の信次叔父さんが入ったわけだ。
なんていうか、いわゆる連鎖反応? ドミノ倒しみたいな感じ?
そもそもなんで織田大和守を自害に追いこんだかって言うと、だ。
色々と複雑なんだけど、元々大和守はうちの織田弾正忠家の主家だったんだよね。でも最近は、弾正忠家が力を持つようになったんで、両家は敵対関係になっちゃったんだ。ただ直接争うってわけにはいかないから、水面下でそれぞれ自分の勢力を広げてたって感じかな。
弾正忠家からすると、大和守は目の上のタンコブなんだけどさ。それを滅ぼすってことになると、大義名分が必要になる。でも、そんなのはないから、いくら目障りでも排除できない。
一応さ、この時代の戦って、全部ちゃんとした正当な理由があるんだよ。こじつけに近いものもあるけども、それでも大義名分がない状態で他人のお城を攻めたりすることはできない。
その大義名分も、敵に奪われた城を取り返すとか、敵討ちのためだとか、そういう正当な理由の物もあるけど。
100年前までうちの城だったんだから返せとか、領民が助けを求めてるからそれに応じたとか。あとは非道な支配をしてるんでそれを正す為とか。とりあえず理由になってればいいや、っていうこじつけに近いものも多い。
それから朝廷とか幕府に命令してもらうっていうのもアリだ。どこそこの地を平定してまいれ、みたいな。
やられた方は大変だけどな。朝敵とか幕府の敵だとかに認定されちゃうと、周り全部敵ってことになりかねないから要注意だ。そうならない為に、せっせと献金したりお世話したりしてるんだけどな。
それで、その大義名分ってヤツが、織田大和守家に対してできちゃったんだ。
どうしてできたか、っていうのを説明するには、まず守護と守護代の関係から話す必要がある。
大ざっぱにいうと、だ。まあ細かいところはちょっと違うと思うけど、守護っていうのが県知事で、守護代がその県知事代理、って考えると簡単かもしれない。
ただ、この県知事さん。住んでるのは全員京都なんだよ。当然、現地を治めるのなんて無理だから、県知事の代わりにその土地を治める県知事代理が必要になってる、ってわけ。
なんで全員京都に住んでるかって言うと、天皇がいるのが京都だから、そこに住んで権力闘争してないと、せっかくの県知事の職もなくなっちゃうからなんだ。
なんの為の県知事、じゃなくて、守護なんだか、意味不明だよね。
そうするとさ、当然、その土地に住んでない守護よりも、実際に治めてくれてる守護代のほうが現地の人には人気になるし、頼りにするよね。
だからほとんどの守護は、名誉会長みたいな役職だけのお飾りになってて、実際は守護代のほうが力を持ってるってパターンなんだ。
うん。この間、月谷和尚に守護と守護代のことを教わったからね。バッチリ説明できてるな。
もちろん尾張もそうで、尾張の守護は
そこで斯波義統は、絶賛勢力拡大中の我らが父上と手を組んで、織田大和家の力を削ごうとした。父上が亡くなってからも、斯波義統と信長兄上の関係は良かったらしい。
だって織田大和守家が信長兄上を殺す計画を建てていたのを、兄上に教えてくれたくらいだからな。
でもそれに激怒した大和守が斯波義統の屋敷に攻め入り、自害に追いこんだ。これが去年の話だな。
そして川狩りに行ってた斯波義統の息子の斯波
つまり、斯波義銀が父を殺された敵討ちを手伝う、っていう大義名分がここに生まれたってわけだ。しかも織田大和守信友は、主家である斯波義統を討った謀反人だ。大義名分ばっちり。世論の味方もばっちり。もう攻めるしかないよね、ってことで、織田大和家は斯波義銀・信長兄上・信光叔父さんの連合軍に、コテンパンにのされた。
斯波義統が織田大和守に殺されて。
斯波義統を殺した織田大和守が、信長兄上と信光叔父さんに殺されて。
織田大和守を殺した信光叔父さんは、坂井孫八郎に殺されて。
なんかもうホント。戦国時代の人間関係ってドロドロしすぎ。
殺したり、殺されたり。
利用したり利用されたり。
裏切ったり裏切られたり。
そんな話ばっかりだよ。誰か俺にハートフルな心がほっこりするお話を聞かせてください。お願いです。
俺はマイベッドにごろんと転がりながらため息をつく。
でもさ。信長兄上も未来で謀反にあって殺されちゃうんだよなぁ。明智光秀を遠ざければ、謀反を回避できるんだろうか。信長兄上は天下統一を目前にして、死ななくても良くなるんだろうか。
だけど、いわゆる歴史の強制力みたいなのが働いて、明智がいなくなっても他のやつが謀反を起こすって可能性もある。
そもそも、それを言うなら、俺の存在がどう歴史に影響を及ぼすかだって分からない。
……あ、それはないか。俺なんて、たいしたことはできないしな。歴史を動かすなんて無理無理。どー考えてもモブだ。後世で織田信長の弟として名前も残ってないしな。
第一、槍働きも軍師も無理だ。
うん。やっぱり歴史に名前が残りそうにない。
俺にできることっていったら、やっぱり内政だよなぁ。それも書類仕事とか。うん。そっち方面の才能を伸ばそう。そしたら歴史的にも、本来の形と変わらなくなるだろうし。
それで本能寺の変が起こりそうになったら、何か打つ手がないか考えよう。
問題の先送りとも言うけど。
いいじゃないか! まだ何十年も先なんだから!
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