第15話 ついに完成マイベッド
篠木中郷で夢の藁マットレスを発見してから数日後。俺は清須の信長兄上の元へ呼ばれていた。
用件は当然、スノコベッドと藁マットレスとキルト枕とキルトかけ布団の豪華四点セットのことだ。
そう。ついに! ついに俺のマイベッドが完成したのである!
戦国時代に目覚めて約五ヵ月……快適な睡眠が取れなかった日々も今日でおさらばだ。最近は固い床で寝るのに慣れてきて、いつのまにか朝になってるなんてこともあるけど、やっぱり疲れは取れないからな。
俺の目標である、百歳で大往生のためにも、マイベッドの完成は喜ばしい。
すぐにでも清須に飛んでいきたいところなんだが、問題が起こった。俺のお供がいないのである。
いや、信行兄ちゃんに清須に行きたいからお供貸して、ってお願いしたんだけどさ。なんかダメだって言われちゃったんだよな。まあ信長兄上も急に言うからなぁ。手紙が来て、明日来い、だもん。部屋住みの八男坊が忙しいかどうかは別にして、もーちょっとこっちの予定も気にして欲しいよね。
え? そんなに俺が忙しいのかって?
あはははは。やだなぁ。
やることはいっぱいあるんだよー。ほんとだよー。
それにしても、今日中に行かないと、また信長兄上に文句言われそうだなぁ。っていうか、俺を呼んでくれるんなら、手紙と一緒にお供もつけて欲しいよ。そしたら帰る時に、一緒に清須に行けるんだから。
これは信長兄上の家臣を貸してもらうしかないけど、今から頼むとなると、俺が清須に行けるのは、12月くらいにになっちゃいそうだな。
いっそ一人でも馬に乗って行きたいところなんだけど、お供なしで出かけてまた何かあったら、信長兄上にめっちゃ怒られそうだもんな。
手紙を書こうとしたら文箱の中の紙が切れていたので、もらいに行く。でもどこにもらいに行けばいいんだろう。いつもはそこら辺にいる女中に、持ってきてくれるように頼んでるしな。
お。中庭に暇そうな熊がいるな。熊に聞いてみよう。
「紙でござるか?」
「うん。なくなってしまったからね。どこに行けばもらえるんだろう?」
そう聞くと、なんだか熊は苦いものを飲み下したような顔をして俺を見下ろした。首を傾げていると、熊はカッと目を見開いて俺の肩を持った。
「それがしっ! 今日は何も予定がないので、喜六郎様のお供つかまりたいと存じます。お許しいただけましょうか?」
え? 熊が一緒に清須に行ってくれるの?
それならすぐ行けるからいいんだけど、でも、肩を掴んでがくがく揺するのはやめろ! 脳味噌がシャッフルされちゃうじゃないか!?
熊はしばしお待ちを、と言って支度をしに行った。
そして再び戻ってきた時には、信行兄ちゃんと同じ年くらいの家来を連れてきていた。ちょっと首が長くてこの時代の人にしては顔が小さいからか、なんだか見た目がイタチに似てる。性格は良さそうだけどな。
「玄久。殿のところへ先触れを頼む」
「はっ。行って参りまする」
熊は自分の愛馬と一緒に、俺が乗る馬も連れてきていた。この間、篠木郷に行く時に乗っていったあの牝馬だ。
「前に乗った馬だ」
「先日、喜六郎さまを乗せた馬を借りて参りました」
ほほう。熊のくせに気が利くじゃないか。
「ありがとう、勝家殿」
「お役に立てて光栄でござりますれば」
馬の横に立ち、首のあたりをそっと撫でると、嬉しそうにフンフンと鼻を鳴らせて顔を寄せてきた。
「もしかして私を覚えていてくれているのか?」
人懐っこい仕草に嬉しくなってそう言うと、馬じゃなくて熊が厳つい顔に笑みを浮かべた。うん。その顔怖い。やめれ。
「馬は賢い生き物ですからな。きっと喜六郎さまのことを覚えておるのでござろう」
「そうか。今日もよろしくな」
鼻先を撫でると、再び気持ち良さそうな声を上げる。手が鼻水でべっちょり濡れたけど、馬がかわいいから許すか。馬といえども女の子だしな。
人参か角砂糖でもあれば良かったんだけどなぁ。どっちもまだ見た事ないんだよ。もし手に入ったら、食べさせてあげるから、待っててくれ。
「では参りましょうか」
熊が、大きな体で軽々と馬に乗った。
熊の愛馬である夜叉鹿毛は、黒味がかった赤褐色の毛色で、体高は四尺八分八寸もある大きい馬だ。威風堂々とした馬に乗る熊は、さすが柴田修理勝家だなと思わせる威厳がある。熊だけど。
清須に着くと、すぐに信長兄上の部屋へ通された。
もうなんか、信長兄上の部屋ってところで嫌な予感がする。絶対、俺のマイベッドより先に、自分のベッド作ってるよな!
部屋に入ると、信長兄上が機嫌良さそうに上座に座っていた。
「喜六郎、よく来たな」
「兄上。ご無沙汰しております」
そーいや、文のやり取りはよくしてるけど、会うのって久しぶりだな。まあ兄上は織田の当主だしな。戦がなかったとしても、内政とかで忙しいんだろう。
「早速だがな。喜六の考えた藁布団だが、なかなかに寝心地が良いぞ」
やっぱり試したんかい!
でも、気にいってくれたみたいだな。
「藁を使うというのも手軽で良いな。早速、那古野布団という名で作らせよう」
「あの、兄上。申し上げたき儀がございます」
「なんだ。申してみよ」
「那古野布団を作るのは、後家のみにしていただけないでしょうか」
「なんだと」
俺がそう言った途端、今までのご機嫌だった声が、ピシっと凍った。
うえええええ。プレッシャーが凄い。
でもここで負けたら男がすたる。俺は負けない!
「理由を申してみよ」
「はい。私は先日千歯扱ぎを考えましたが、その結果、今まで脱穀を担っていた後家たちの仕事がなくなってしまうかもしれません。後家たちの亡くなった夫の多くは、元は織田の足軽として戦った者たちです。だとするならば、その稼ぐための手段を我々が奪ってしまうのでは、これから戦に向かう足軽たちの士気にも関わりましょう」
「足軽たちの士気だと? なぜそんなものを気にしなければならぬのだ」
ふんと鼻で笑う信長兄上を、俺はじっと見つめる。
「足軽といえども、一人の人間であり、家族がおります。であるならば、自分が戦に赴いた後、例え死ぬ事があっても残された家族がなんとか暮らしていけるのと、自分が死んだら生活が立ち行かなくなるのと、どちらが真剣に戦うと思われますか?」
「そのようなもの。戦に勝てば良いことだ」
「接戦の場合はいかがしますか? そのような時に命を惜しむ兵が増えれば、勝てる戦も勝てませぬ」
「むむ……」
思い当たる節があるのか、信長兄上が喉の奥で唸った。
「であるならば、布団作りでなくとも良いのですが、足軽たちが憂いなく戦に行けるように、ある程度の生活の保障をしてやりたいと思うのです」
「うむむ……」
信長兄上は腕を組むと、さらに唸った。
「藁の扱いは生駒に任せておるから、扱いが難しい。自分たちの村で使うならともかく、商いとなると障りがある」
無言になった兄上は、右手に持った扇子を何度も左手に打ち付けた。パシ、パシと、部屋の中に扇子を打ち付ける音だけが響く。
「だかしかし、喜六の言うことにも一理あろうな。考えておこう」
「兄上。ありがとうございます」
俺は深く平伏すると、顔を上げて本題に入った。
「ところで兄上。藁の布団―――いえ、那古野布団は、私も頂けるのですか?」
「もちろんだ。後で末森に届けよう」
「ありがとうございます!」
やったー! 今日から快適睡眠ライフだー!
「スノコの寝台はいかがでしたか?」
「うむ。あれもなかなか良いな。夏は涼しそうだ。冬はどうなるかは分からんが」
冬ね~。床から底冷えするから、少し高さがあったほうが暖かそうだけどな。実際に使ってみないと分からんなぁ。
「冬場はスノコの寝台の上に畳を敷いて、その上に那古野布団を置いても良いかもしれませんね」
「それは良いかもしれんな」
俺のマイベッドの為なら、ない知恵を振り絞ってがんばるぜ!
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