第2話  織田さんちの八男になりました その1

 え。最近太ってきたから、ゴムが切れたのか、とか。そーいやこのパンツ、腹回りのとこがちょっと擦り切れてきてたよな、とか。そんな埒もないことを考えてたら、よろめいたのか、ガンっと左肩に衝撃が走った。


 痛てぇ、と思ったけど。

 肩だけじゃなくて頭もぶつけたのか、物凄い痛みが頭を襲って、視界が真っ暗になった。


 そして―――


 そのまま、意識が途切れた。







 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。


「……しっかり……さい……」


 ああ、いつまでたっても会議に現れない俺を心配して、同僚の誰かが様子を見に来てくれたのかな。このアパートは一応社宅で借り上げてるし、総務に鍵も預けてあったもんな。預ける時は、うちの会社の個人情報はどうなってんだ、と思ったけど、こういう不測の事態の時には役に立つもんだな。


 がんばって目を開けようと思うけど、なかなかまぶたが上がらない。頭を打ったからかな、なんて考えたけど、聞こえてくる言葉に驚いてそれどころじゃなくなった。


「ええい、いくら供の者をつけずにいたからとて、信次叔父はとうてい許せぬ! このまま喜六の目が覚めねば、守山は焼き討ちじゃ!」

「信行さま。お鎮まりなさりませ。ここは殿のお沙汰を待つべきでござります。短気を起こしてはなりませぬ」

「離せ、勝家! お前はこの喜六の姿を見て、なんとも思わんのか!」

「それがしも断腸の思いでござりますが、殿のお沙汰を待たずに焼き討ちなどなされば、殿を侮ったととらえられかねまする。いずれ殿が参られれば、焼き討ちの許しも出ましょう。ここは、ひとえに! ひとえに堪えてくださりませ!」


 えーっと。何この時代劇? 俺そんなTV見てたっけ? いやそもそも、早朝だし、って。……ああ、朝の連続ドラマとかかな? それか大河の再放送? それにしても凄い臨場感あふれるドラマだな。すぐそこで喋ってるみたいに聞こえるよ。

 ところで今年は何をテーマにしてるんだ? 真田はもう終わったよなぁ。

 それにしてもカツイエってどっかで聞いた事あるな。カツイエ……ああ、勝家か。確か、大河にも出てきてたよな。誰の名前だっけ。……ああ、そうだ。確か。


「かかれ柴田だ……」


 そう呟いたら、目が開いた。そりゃもうパチっと。そんでもって、俺の顔を覗き込んでいる二人と目が合った。


「おお、喜六よ! 気がついたか!」

「喜六郎さま!」


 ……え? なんでサムライと熊がいるの?


 俺の手を握って涙を流しているサムライは和風のイケメンだった。一重だけど、鼻は高くて細面だ。コスプレしてる同僚かと思ったけど、こんな顔の奴は同僚にはいない。イケメンは天敵だからな。嫌でも目に入って顔を覚える。でも、こんな顔の奴はいなかったはずだ。派遣の線もあるけど……わざわざ俺のとこに様子を見に来るはずがない。来るとしたら、庶務にいる同期の中島くらいだろう。でも中島は俺とどっこいどっこの平凡顔だ。間違ってもイケメンじゃない。

 それにこのサムライの髪型はいわゆるチョンマゲだ。どう見てもカツラに見えない。年は二十代後半ってとこだろうか。


 そしてその横にいる熊みたいなムサイ男にもさっぱり見覚えがない。熊というか鬼瓦というか。とにかくよく言えば野性味のあふれる顔をしている。悪く言えば……うん。まあ、熊だな。髭もボウボウだしな。


「一時は心の蔵が止まってもう駄目かと思ったぞ。良かったのう、喜六」


 イケメンサムライが俺の手を取って涙を流す横で、熊もウォンウォンと泣いて手で目をこすっている。チラリと横を見ると、他にも着物を着た人たちがいて、全員が涙ぐんでいる。


 ちょっと待ってくれ。何このカオス。


 俺はただのアラサーのサラリーマンで、キロクなんて名前じゃないんだけども。


 だけど目の前には着物を着た人しかいなくて、部屋もどう見ても和風だ。そして俺はキロクと呼ばれている。


 ってことは……






 もしかして、異世界転生した!?

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