未来視
リュウタ
未来視
とある村。そこには普通という言葉では形容できない特異な能力を持った男がいた。男の名をアデスという。
アデスが保有している能力とは、少し先の未来が見えるという『未来視』であった。
アデスの未来視の力は村の政治に度々使われ、この村はおろか周辺の村の経済までも操れる程であった。
自分の村の経済を潤すために周辺の村を蹴落とし集落を壊滅させたこともあり、周辺の村から大変怨まれていた。
そのためいつ襲われて皆殺しにされても分からない状態にあったが、周辺の村はアデスの未来視に怯えて返り討ちに合うことを恐れ、表面上は円満な関係を保っていた。
だが、アデスの未来視は決して万能というわけではなく、弱点があった。
それは彼自身が自由自在に未来視を使えない、という点だ。
視たいと思った時に見られず、ふとした時に未来視が現れる。
未来視の期間が数ヶ月空く時もあれば、十分後という風に連続で視ることもあった。
また、数日間の断片的な未来という膨大な情報が突如アデスの頭に入ってくるため、アデスの脳は処理がしきれず、倒れてしまうという弱点もある。
そのため、村長の娘であるレイという女がアデスの付き人となって、倒れた時の介抱や、アデスが視た未来をいち早く村長に伝える役割を担っていた。
普段は農民として生活しているアデス。
未来視の関係ない所でも優しく接してくれるレイに対してアデスは密かに恋心を抱いていたが、周辺の村との政略結婚に彼女が使われるという噂を耳にしたアデスはその感情を隠していた。
レイはアデスの気持ちに気づいていたが、村長である父からは『アデスの気持ちを利用し、一生村のために働くように誘導しろ』と命令されていたため、父に不満を抱きながらも拒むことは出来なかった。
そんな二人の間に変化が起こったのは、仲良く雑談をさながら村のはずれで昼食を取っている時に起きたアデスの未来視だった。
いつもなら未来視の内容を告げ倒れていくはずのアデスが、一切の言葉を発することなく気絶してしまった。
そのため、レイがアデスの側に急いで近づき体を軽く叩き安否を確認すると、アデスは瞬く間に起き上がった。
アデスは激しく動揺した様子で、レイの両肩を強く揺さぶり言った。
「村が……村が襲われる!」
混乱するアデスを落ち着かせ、未来視の内容を聞くと、この村の誰かが裏切り、周辺の村にアデスの未来視の弱点を教えたという。
そのせいで周辺の村は未来視の脅威がないと知。、復讐のためこの村の村民を皆殺しにし、アデスを捕まえて自村の政治に利用するという。
「今日なんだ! 今日この村にあいつらがくる! 僕以外の人間を皆殺しにされるんだ!」
怯えた表情で話すアデス。血相は悪く、手は震えていた。
そして、その震えた手で絶え間なく襲ってくる頭痛をなんとか緩和させようと、頭をおさえていた。
急いで村長に未来を伝えようと形相をかえて走るレイ。日の位置から襲撃が夕方の時間帯だと知っていたアデスはレイの手を掴み、止めた。
「時間がないんだ! 村を捨てて二人で、二人だけで逃げよう!
二人でなら逃げられるかもしれない!」
村を守ることを諦め、瞬時に逃走を選んだアデス。
それは村人全員の命よりもレイとの幸せを選んだという事だった。
その決断はレイとって嬉しいものではあった。
しかし、村長の娘として、こうしてアデスと一緒に居られる理由の義務を果たさなければならなかった。
レイは自分の手を掴んでいたアデスの手を振りほどく。
「私は村長の娘だからこの村を捨てるなんてこと出来ない。
それに、私なら大丈夫! 政略結婚の話だって来てるのよ、きっと死にはしないわ」
ニコッと微笑み、レイは父の元へ向かった。
追おうとするアデスに突如二回目の未来視が襲う。
村長の家でレイが未来視の話をしている時に周辺の村人が襲ってきて、レイと村長が無惨に殺されるという内容だった。
頭から血の気が一気に引いた。次の時には未来視の影響で頭の血管がはち切れそうになった。そんな激痛がアデスに降りかかる。足元がふらつく。頭に刺激を与えないと気絶してしまう。
だが今気絶したら、間違いなくレイは死ぬ。
それだけが激痛を耐え忍んでいる理由だった。死にそうな痛みに耐える訳だった。
自分の頭に手のひらを押さえつけ、おぼつかない足取りで村長の家へ向かう。
だが、家が見えた所でアデスの頭は限界に達し、気絶してしまった。
一体何分何時間気絶していたのだろうか。
夕暮れ、アデスが起きるとそこは見知った村ではなく地獄であった。
家のドアは無理やりこじ開けられた跡があり、村の境界である柵は乱暴に破壊されてあった。
人影はなく、あるのは剣や槍などの刃物で刺された村人の死体が転がっているだけだった。地面には夕日と相まって血の色が黒く地面に染まって、この村の人々が蹂躙されたと嫌でも分かった。
一通り吐くと、この悲惨な光景に変わりはないが、少しだけ物を考えられるようになり、未来視の内容を思い出す。
またも顔色を変え、今度は走り出す。場所は未来視で視た村長の家だ。
政略結婚の話があるとレイは言ったが、その話は二回目の未来視を視る前の事でありアデスはなんとかなっているとは思えなかった。
村長の家に着くまでに何度も村人の死体を見た。胴体と頭が切り離されている物、胸の部分を突き刺されている物、顔面をなぶられ誰だか分からない物。
そんなモノがゴロゴロと転がっているにも関わらず、この村を襲った周辺の村人は一人も見当たらなかった。
再度吐き気も催しながら考える。
もしかしてもう自分の村に帰ったのではないか。
この村に用が無くなったのではないか。
そう考えるともうレイは死んでいるのではないか。最悪な思考になるアデス。
だが、未来視の内容をよく思い出し自分が攫われていないことに気づく。
アデスが攫われていないとなるとまだこの村に人がおり、自分のことを良く知っている村長や付き人であるレイはまだ生かしておくのではないか、そんな
ドアの前に立つと、中からは血なまぐさい匂いが漂い、家の中に何があるのかを予見させた。
唾を飲み込み深く深呼吸。意を決し、ドアを開けた。
その中にあったのは、先程未来視を使わず予見させた未来だった。
それはドアを開けてすぐ横にあった。
目を見開き、口からは血と唾液がだらしなく垂れている老人の男性がいた。左肩から右脇腹にかけてぱっくり空いた大きな切り傷があり、皮一枚で繋がっているような死体だった。
顔や状況から察するに村長だった物だ。
もう一つ、村長の死体の奥に壁にもたれかかって座っている人影があった。
両手に釘が刺さっており、爪は剥がれていた。周囲には折れた歯や釘が数本落ちており、視線を上げ顔を見ると鈍器の様なもので殴られた痕跡があり、腫れで誰かと問われてもわからない程に顔面は変形していた。
農民のアデスでも一目で拷問された後だと分かる悲壮感漂う代物で、再度吐き気を催した。
アデスが見ていた人がレイだと気づいた時にはもう遅かった。
自分が未来視で視た内容を今ここで見ている。
体勢を崩し、勢いよく膝から雪崩落ちるアデス。瞳孔は大きく開いて、レイの変わり果てた姿をただ呆然と見ていた。
そして、
「ぉぉぉぉぉっぉぉぁあああああっああああ゛っあ゛あ゛!!!──」
絶叫。叫ぶことで喉が潰れることで忘れようとした。何もかも無かったことにしようとした。
しかし何も起きなかった。
村の発展ために使った未来視のせいで村が死んだ。
レイを助けようと視た未来視のせいでレイが死んだ。
レイと二人でいるために役立てようとした未来視のせいで、アデスは一人になった。
何故こんなことになったんだ。
村のために、レイのために使った能力で何故レイが死んでいるのか。
なんで……なんで……なんでなんだッ!!!
……あぁ、憎い。この村を襲った周辺の村人達が憎い。レイが助けようとした村人達が憎い。未来視を利用した村長が憎い。
お前らのせいでレイが死んだ、死んでしまった。レイが。
全ての思いが憎悪と虚無感へと変わったアデス、そんな彼に更なる追い打ちが訪れた。
突然、先例のない感触がアデスを襲った。
ザクッという奇妙な音が背後から聞こえ、反動で体が少し前のめりになり頭は自ずと下へ向いた。
視線は感触がした自分の胴体へ向かっていった。
右脇腹、そこにあったのは全体が赤黒く、所々に銀色に輝きを持った、先が三角の形をした何かだった。それを形容するならば、剣という言葉以外にあり得ない物だった。アデスが剣と認識した次の時には全身が熱を駆け回っていた。
――熱い、熱い、熱い、熱い、熱い。
その言葉がアデスの脳を支配し、離れなかった。再び瞳孔が開き、呼吸が荒々しくなる。
だがアデスの死への抵抗も虚しく、徐々に全身の力が抜けていき、助かるための思案を巡らせることさえ出来なくなっていた。
消えゆく意識、震える首をなんとか背後へ動かし、剣身から柄頭へ目で追ってゆく。
アデスの血で染色された剣は胴体を突き抜け一直線に玄関の方へ繋がっていた。
そこには人影があり、柄の部分をしっかり握ったメガネをかけた男と、その様子を見ている若い男が2人見えた。
「……おい! こいつがアデスって奴じゃないのか!?」
「……嘘だろっ!? じゃあどうすればいいんよッ!?」
朦朧とした意識の中最後に視えたのは、醜く争い崩壊してゆく周辺の村の未来だった。
未来視 リュウタ @Ryuta_0107
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