きみの見た夢のはなし

深見 鳴

大切なもののはなし

壁、永遠、歌







 私の仕事は歌うこと。ご主人様が望むなら、いつでもどこでもこの歌声を聞かせてみせる。

 私に歌える歌は一つしかないけれど、それでもご主人様は喜んで聞いていてくれた。


「もう一度、もう一度」


 彼女にそう望まれるたび、私は同じフレーズを繰り返し、繰り返し歌う。ご主人様が満足するまで、ずっと。

 私は小さな箱の中にいるから、彼女の顔は見たことがない。私は一生、ここから出られない。それでも、壁越しにご主人様の喜ぶ声を聞けるなら、それだけで満足だった。

 そんな日々が永遠に続くと思っていた。

 ところが最近、ご主人様は私を呼んでくれない。あんなに望まれていた歌は、もう望まれることはない。

 暗くて冷たい場所に箱ごと置き去りにされた私は、何年も経ってからようやく悟った。私は彼女に捨てられたのだと。あの子に望まれなければ、私は歌うこともできない。長い間使わずにいた喉は、もうとっくに錆びてしまった。

 箱の中で膝を抱えていたとき、ぎぃ、と何かが軋む音がした。私は顔を上げる。これは、物置の扉が開いた音だ。


「あら、これ……」


 驚いたような女性の声は、懐かしいご主人様の声。彼女は私が入っている箱を手に取り、持ち上げる。


「こんなところにあったのね。久し振りに聞いてみようかしら」


 彼女がそう言うのを聞いた途端、ずっと暗く沈んでいた世界が一瞬で明るくなった。私は膝を抱えるのをやめて、張り切って立ち上がる。

 ああ、こうして歌うのは何年ぶりだろう。でも、大丈夫かしら。私、ちゃんと歌えるかしら。

 そんな不安はあったものの、それを遥かに上回る喜びが私を動かした。高揚する気持ちを押さえて、最初の一音めがけて息を吸い込む。体の底から、声を出す。

 ぎぎ、と醜く割れた音がした。


「まあ、残念。壊れてるみたい」


 ご主人様の失望した声が聞こえる。きゅるきゅると歯車が空回る音も。


「このオルゴール、気に入っていたのに」


 ぱたん、とオルゴールの蓋を閉じる音が虚しく響いた。

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