第505話 シャーリーとラッティー、社交界デビュー3


 くるくると踊っていると、アスカの揺れる髪の毛がシャンデリアの明かりの下で橙色だいだいを帯びた銀色にきらめく。衣装の金糸、銀糸も同じように煌めく。そしてアスカの左手の薬指にはまった指輪も橙色を帯びた銀色に輝く。俺の左手にただ一つはめている指輪も同じように輝く。誰が見ても明らかにペアリングだ。ちょっと恥ずかしい気もしたが、だから何だと思えば、なんてことはなくなった。


 いい感じでアスカとタンゴを踊っていたら、あっという間にタンゴが終わってしまった。


 ずいぶん多くの人たちが俺たちのダンスに注目していたようで、曲が終わったら拍手が沸いてしまった。軽く一礼してアスカを伴って、シャーリーたちのところに戻った。


「ショウタさん、アスカさん、本当にお二人はお似合いで、ダンスも見とれてしまいました」


 シャーリーに持ち上げられたが、悪い気はしないな。


「ショウタさん、今度タンゴがかかったら私と踊ってくれませんか?」


「俺でいいのか?」


「もちろんです」


 そこらには俺よりも見た目のよさげな若い男もそれなりにいるようだが、俺なんかでいいとは奇特きとくだな。シャーリーを失望させないようにせいぜい頑張んなきゃな。


「ねえねえ、ショウタさん、シャーリー姉さんの次にはわたしとも踊ってよ」


 今度はラッティーからもお呼びがかかった。今日は何だかモテるな。ラッティーとは背の高さがだいぶ違うので、歩幅とか少し考えないといけないが、タンゴ免許皆伝めんきょかいでんの腕前があるのでどうとでもなるだろう。


「じゃあ、シャーリーの次な」


「はーい」


 とはいえ、そうそうタンゴが続くはずはないので、まだまだ先の話だ。



 と思っていたら、さきほどの曲が終わって、次はタンゴになってしまった。


 さては、俺とアスカのダンスに感化された誰かがタンゴをリクエストしたんだな。


 約束通りシャーリーをみんなの踊っている場所までエスコートしていく。


「よろしくお願いします」


「こちらこそ、よろしく」


 今回シャーリーと始めて踊るわけだ。右手でシャーリーの左手を取って、左手を背中に回す。


 手に取ったシャーリーの左手が何だか熱い。顔もなんだか火照ほてっているようだ。風邪かぜを引いているとは思えないが、まさか照れているのか? 相手は俺だぞ? 女子のお年頃としごろというのは何歳くらいから始まるのか知らないが、シャーリーのとしだと元の世界ならまだ中学生だ。早くないか? いや、そうでもないか。


 シャーリーの頭の高さは俺の肩ぐらい。アスカより頭半分低いわけだが、このくらいなら踊りにくいという訳ではない。


 スロー、クイック、クイック、スロー。


 ここでのけぞったシャーリーを受け止めて、ポーズ。


 いい調子に決まった。


 ラッティーと踊った時ステップを間違ったなどと言っていたが、シャーリーの今のステップは完璧じゃないか。自分にからすぎる人間は疲れるだけだぞ。俺みたいに大らかな人間にならないとな。人生で大事なのは、大事なことでも忘れてしまえる健忘けんぼう術なのだと最近気づいたのだ。これは、アスカがいつも隣にいる俺だからこそだと思うがな。



 こうやって、シャーリーと踊っていたら、あっという間に曲が終わってしまった。


「ショウタさん、ありがとうございました」


「こちらこそ、ありがとう」



 二人でアスカたちのいるところまで戻ってきたら、またタンゴが始まってしまった。どうなってるんだ? ちょっとやり過ぎじゃないか?


 十曲続けて踊ろうが二十曲続けて踊ろうが疲れはしないこの体。元気にラッティーを連れてまたまた大広間の真ん中に。


 ラッティーの背は俺のみぞおちくらいしかないので、随分勝手が違う。とはいえ、ちゃんとダンスの練習をこなしているラッティーだ。歩幅などラッティーに合わせて狭くしないといけないと勝手に思っていたのだが、そんなことも無く、普通に踊れてしまった。かなりラッティーは大股で踊っているのだが不自然さがない。不思議だ。


 普段のラッティーの表情は子どもらしくニコニコしているか、『デショ!』のしたり顔なのだが、今日のラッティーは真面目な顔だ。受験勉強をしていた時も真面目な顔をしていたが、それとは違い落ち着きがある。子どもながら美人顔のうえに薄化粧している分妙にアンバランスなところがある。ちょっとだけ見とれてしまった。


 いかんいかん。


 とはいえ、危なげなくタンゴを踊り切ることができた。小さなラッティーがタンゴを踊ったものだから、かなり注目を集めたようだ。またまたパーティー参加者から拍手をいただいてしまった。それをラッティーが嬉しそうに、可愛かわらしくお辞儀するものだからさらに拍手が大きくなってしまった。ラッティーの将来がちょっと怖い。



 ラッティーを連れてアスカたちのもとに帰ってきたところ、シャーリーが、


「ラッティーちゃん、すごーい。今まであんなに踊れたなんて知らなかったー」


「えへへ。ちょっと頑張っちゃった!」


 ちょっとの頑張りであれか。ダンスの才能もあるんだろうな。


 俺たちのタンゴの後は俺の知らないリズムだった。さすがにタンゴばっかり演奏していたらタンゴのレパートリーも尽きるだろう。


 すこし運動したので、給仕の女性がトレイに乗せて運んでいた飲み物をいただいて中身を気にせず飲んだのだが、白ワインだったようだ。少し苦みがありやや酸っぱい味だ。俺としては大晦日にうちで飲んだシャンパンの方が美味しかった。


「マスター、その白いワインはいかがでしたか?」


 アスカに聞かれたので正直に答えたら、


「それでは、うちで飲んだシャンパンと同じ銘柄はないかもしれませんが、私がシャンパンをいただいてまいりましょう」


 とかいって、少し離れたところを歩いていた給仕の女性が運んでいたグラスを二つ持ってきて俺に一つ渡してくれた。


 一口飲んで、


「味はうちで飲んだものとは違うようだけれど、これもおいしいな」


「そうですね。銘柄は確認していますから、年代を気にしないのなら簡単に仕入れることができると思います」


「なんだか、いっぱしの愛飲家あいいんかになってしまったな」


「マスターも私もアルコールで酔うことはないので、おいしければ問題ないでしょう」


「そうだな。ちょっと値段の張るジュースだものな」


 そう言ってグラスに残っていたシャンパンを一気に飲み干した。


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