第485話 よりによって


 ヘビはその間もこちら岸に向かって湖の上を泳いでいる。アスカの髪の毛の標準射程の半分、だいたい五十メートルくらいにまで近づいたところで、ヘビはアスカの髪の毛にすくいあげられた。空中でウネウネうねっているのを見ると何やら腕の辺りに鳥肌が立ってきた。


 殿下たち四人は、アスカが魔法でも使ってヘビを捕まえたと思っているらしく、まったくヘビに対して警戒感がない。


 ヘビは、どうも白ヘビだったようで、くねくねを伸ばせば一メートルちょっとはありそうだ。ヘビとしてはそんなに大きくないのか、普通なのかは分からない。


 何でもいいが、お願いだから俺の近くに持ってこないでくれ。


「マスター、このヘビですが、近くで見ると可愛かわいいものですね」


「アスカさんの言う通り、赤くて小さな目が可愛かわいい」


 女性はこういったくねくねにょろりの爬虫類に対して忌避感きひかんがないようで、アスカが空中で支えている白ヘビを触っている。白ヘビも怒る様子もなくおとなしく触られている。


「このヘビを王宮に持って帰っても大丈夫でしょうか?」


 とんでもないことをリリアナ殿下が言い始めた。侍女の人たちもうなずいている。そこでアスカが、


「それなら、ケージを作りましょうか。マスター、よろしいですよね?」


 内心嫌でも、ここでダメだという勇気は俺にはない。


「問題ナイデスヨ」


「それでは、簡単に作ってしまいましょう。ケージといっても、ヘビですから小さな孔でも逃げ出すでしょうから、水槽のようなものを作りましょう。

 マスター、材料として、ダンジョンガラスと鉄のインゴット、それに砂虫テープをお願いします」


 地面の上に、言われた材料を出してやる。


 その間ヘビはアスカの髪の毛に支えられて空中でじっとしている。頭を撫でられると目を閉じて気持ちよさそうにしているが、俺は手を伸ばして触る勇気はない。


 ヘビを触っているリリアナ殿下と侍女の人たちの手はあっちこっちといろいろ動くので、アスカの髪の毛が邪魔になるはずなのだが、その辺りはアスカが微妙にコントロールして、髪の毛に手が当たらないようにしているようだ。動体視力の発達している俺だから何となく見えるのだが、一般人にはアスカの髪の毛の動きなど見えないのだろう。


 そういった微妙なコントロールを一方でしながらも、アスカは材料の加工を始めた。まず最初は鉄のインゴットをこねて伸ばして、L字型の鉄材を作った。それを組み合わせて要所を圧着させることで、箱の辺ができ上った。


 その箱の面になるよう、二メートル四方のダンジョンガラスをきれいに切断して、L字型の鉄材にはめるように置いていき、砂虫テープで固定していった。上面で蓋になる部分は、ガラス板の脇に指が入るくらいの切り欠きを付けて蓋を持ち上げることができるようにしたうえ、数か所に小さな孔を空けて、空気孔にしたようだ。


「こんなところでしょうか。ダンジョンガラスはかなり丈夫なものですし、砂虫テープで固定していますのでかなり堅牢なケージになりました。そのかわり重くなってしまいました」


 熱帯魚の水槽のようなものが目の前ででき上っているのを、リリアナ殿下以下四人が今度はヘビそっちのけで、口を開けてみていた。


「そのヘビを入れる前に、岸に落ちている木の切れ端を止まり木代わりに入れておきましょう」


 岸辺からひょいっと空中を木片が飛んできてケージというか水槽の中に納まった。水槽の中に入るとそれなりに大きな木片だった。


「それでは、ヘビを入れて蓋をしてしまいましょう」


 白ヘビがゆっくりと水槽に入れられ、上から蓋が置かれた。


 ガラス水槽なので中の様子が良く見える。不思議なもので、こういった入れ物にヘビが入っていると俺もそんなに怖くはない。ことわっておくがだからと言って、見ていたいわけではない。


 ヘビは鎌首をもたげることも無くのっぺりと木の上に乗っかって、目をつむって動かなくなってしまった。



「それではそろそろ出発しましょう」


 アスカが髪の毛で水槽を持ち上げ『スカイ・レイ』の中に運び入れた。まだ艇内は温かかったのでみんなの上着を預かっていき、俺は最後に席に着いた。水槽の位置はアスカの座る操縦士席の右横。副操縦士席に座る俺の左横でもある。水槽の中から絶対に逃げ出さないでくれよと念じつつ、


「『スカイ・レイ』発進!」


「『スカイ・レイ』発進します」


 ということで、『スカイ・レイ』は白ヘビを新たな乗客として上空に舞い上がった。



 水平飛行に移ったところで、殿下以下四人が席を立って、水槽を覗きに来た。床に四人でしゃがんで、白ヘビを見ている。外気温が上がったせいか、白ヘビも少し動くようになったようで、ファンサービスをしているようだ。


「アスカ、ヘビは何を食べるんだろうな?」


「カエルとかヤモリなどの小動物でしょうか?」


「それだと、毎日与えるのが難しくないか?」


「生肉でもいいかもしれません。お腹がけばたいてい物は食べるでしょう」


「ヘビって雑食なのか?」


「さあ」


 アスカでも知らないことがあったようだ。まあ、このヘビは王宮で飼うのだろうから、だれか詳しい人がいるだろう。さしあたり、これから半日程度元気でいてくれればいい。


 俺自身副操縦士席に座っているだけで、何もしていないせいか、すぐ後ろで女性四人がしゃがんでいるのが妙に気になる。ああいった姿勢ではすぐに足が疲れそうだ。座布団があればいいのだろうが、あいにく座布団を持っていない、似たものを収納庫の中で探したところ、クッションが有ったので人数分出しておいた。これでだいぶ楽に白ヘビを観察できるだろう。



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