第469話 石油採掘


 冒険者学校では、まかないのヒギンスさんたち二人だけで五十人近くの食事作ってもらうことになる。これだと、全く休む間もなく働きづめになってしまう。そこはかなり問題だ。


 ということで、ヒギンスさんの知り合いのおばさんを一名新たに雇い入れ、二週連続で働いて一週連続で休む体制にした。これで常時二名が働き、一名が休業することができる体制になった。


 王都と冒険者学校の毎週の行き来には、ヒギンスさんの息子さんの店から冒険者学校に食材や日用品などを運んでいる荷馬車で送り迎えしてもらうことになった。病気やケガについてはポーション完備なので休業などを考慮する必要はないが、冠婚葬祭がらみの休みについては、三人で話し合ってローテーションを変更して対応してもらうことにした。



 月があらたまり、三期生四十名も無事冒険者学校に入学した。


 その日は、あいにく俺とアスカは王宮への出仕日だったため、入学式には顔を出さなかったが、四十名もいると壮観だったろう。この三期生が三カ月後に卒業すれば、卒業生は合計七十二名。四期生が卒業すれば百名を超える。


 まだまだ一大勢力とまでは言えないが、そこそこの勢力だ。卒業生同士横のつながりもあればいいとは思うが、いかんせん三カ月の学生生活ではそこは厳しいかもしれない。


 俺自身そういった経験がないからそこらは完全な想像だ。




 季節は秋真っ盛りなので、これから寒くなっていくのだろうが、この辺りでは冬になっても霜が降りたり雪が降るようなことはない。とはいえ、うちの温室で栽培している木や草花はどう見ても寒さに弱そうだ。


 そこで、かねてより温室の暖房のため、石油ストーブ的なものを考えていたのだが、


「マスター、どうせなら、全館に温水用のパイプを敷いて、セントラルヒーティングにしてしまいませんか? 石油式の温水ボイラーを作って、魔導ポンプでボイラーから全館に温水を流せば十分暖かくなると思います」


「セントラルヒーティングか、それはいいな。俺の場合、暑さ寒さにかなり耐えることができるけど、耐えることができるイコール快適という訳じゃないからな。冬の間、冷え込まないと言ってもある程度厚着をせざるを得なかったけれど、屋敷の中で薄着でいられれば楽でいいよな」



 いつものようにアスカの話に乗って、屋敷のセントラルヒーティング化を進めることにした。



 まずは、温水を作るボイラーはなるべく人手をかけずに稼働したいので、その工夫。


 工夫と言っても、今現在風呂などで使っている魔導給湯器の仕組みを転用するだけだったので、適当な容量のものをフォレスタルさんに一週間前に発注している。納期は一週間ほということで昨日きのう現物が送られて来た。


 改造そのものはアスカで可能だそうだが、魔法陣関連については、ベルガー姉妹が手伝ってくれることになっている。要は魔導給湯器の水の加熱部分を石油ボイラーで代替し、運転制御系統を繋ぎ変えるわけだ。そこまで手をかけるくらいなら最初から魔導給湯器を増設する方が簡単だったのだろうが、石油利用の一環という意味合いのもと石油式で作ることにした。



 そういうことなので、アスカと一緒に原油を採りに『スカイ・レイ』で例の油田に向かった。


 原油の採取方法は、油層をまず適当に切り取って収納し、収納庫の中で油層を構成する岩盤や砂などからなる地層から油分を抽出してしまおうという物だ。地層そのものを収納してしまうので地盤沈下の可能性もあるため、薄く広くいこうということになった。そうすれば、透過した地下水などで空間が補填されるため沈下はある程度抑えられるだろうとアスカが言っていた。油層を抜き取った空間に油を抽出した岩石などはねじ込むつもりなので周囲に民家があるわけでもないし、地盤沈下をそこまで心配しなくてもいいとは思う。



 最初はそう思っていたのだが、地層を抜き取って収納庫で作業ができるのならば、初めから地層の中の油分を収納してしまえばいいと思い直した。


 石油の使用量は屋敷の暖房に使おうと思っているだけなので、そこまで多量に必要ではない。そうなのだが、大は小を兼ねると思って適当に、地下百メートルあたりで、厚さ一メートル、縦横一キロ四方の油層から油分・・を抽出してやった。


 収納庫の中を確認したところ、二十万立方メートルの原油があった。原油に意識を集中してどんなものか確認したところ、なんだか、色合いが薄黄色で、透明だった。原油は真っ黒なものと思っていたのだが、どうも違ったようだ。


 いちおうアスカに二十万立方メートルの原油は何バレルになるのかと興味本位で尋ねたら、俺でもはっきりしないバレルを知っていたらしく、


「マスターの知識では、一立方メートルが6.3バレルのようですから、百二十六万バレルになります」


「うーん。予想以上に多かったな」


「マスターが何かのはずみで亡くなったりでもすれば、収納の中身が一挙に排出されて、大変なことになるでしょうが、マスターに不慮などは私が起こさせませんので問題ありません」


「そこらへんはアスカに任せるよ。ところで、今回原油を採油したけれど、一体いくらくらいの価値があるのかな?」


「この世界ではいまのところ、石油のニーズがありませんので価値は算出できません。あまり意味はありませんが原油を一バレルあたり五十ドルとすると、六千三百万ドル、一ドル百五円として、約六十六億円といったところです」


「この世界に来て金貨何枚とか、正直物の価値がピンとこなかったんだが、円換算すると分かったような気になれるな。ちょろっと油を採りにここまで飛んできたけれど、それだけで六十六億円の価値があるのか。今のままでは売れるものではないにせよ、すごいことだな」


「石油についても、将来は需要が高まっていくでしょうから、マスターの資産はとんでもないことになりそうです」


「だな。資産がないよりはあった方がいいのだろうけれど、その莫大ばくだいな資産を遺される俺の子孫はそれはそれで大変かもしれないな」


「そこは、私がある程度補佐できますので何とかなるでしょう」


「ありがとうな。でも、アスカは俺の死んだ後までうちに縛られる必要はないんだからな」


「千年程度は縛られたという認識になりません」


「そうか。そのアスカにとって、俺との百年にも満たないつき合いはアッという間なのかもな」


「時間的に言えばマスターのおっしゃる通りですが、情報量がケタ違いです。これまでの私の中でこれほど濃い時間を過ごせたのは、私が生れてすぐの数年間しかありません」


「そうなのか。そう言ってもらえると光栄だ」


「私こそありがとうございます。

 屋敷に帰ったら、石油タンクと石油式温水ボイラー、それに配管用の各種パイプを作りましょう」


「それじゃあ、俺は何とか収納庫の中で石油を分離できないかやってみる。石油の分離って比重で分けているんだよな。収納庫の中でモンスターから血を抜けるんだから簡単ではないにせよ、何とかなりそうだ」


「詳しくは分かりませんが、工業的には沸点の違いで分離するようです。結果的には比重で分けるのと同じでしょうから、それでいいと思います」



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