第286話 自薦客員教官2


 アスカが先導せんどうしてたどり着いた第3騎士団の訓練場は、思っていたとおり王宮の裏側に広がっていた。他の騎士団の訓練場も隣接りんせつしているようだ。


 そこは学校の校庭の縦横各々倍、広さで言うと四倍くらいの広場だった。そこに大勢の騎士たちが整列している。いったい何人いるの? 訓練場の真ん中に立派な鎧を着て立っているのが第3騎士団団長のレスターさんだろう。


 後で聞いたが、第3騎士団は各地に団員を派遣しているため、この日訓練場には騎士は百名ほど、従兵が五百名ほどいたそうだ。


 騎士一人に従兵五名で一つの隊を作り普段はその隊単位で行動するのだそうで、騎士の数だけ隊ができることになる。また、この国では上級の軍人を伝統的に騎士と呼称こしょうしているが、実際は遠距離への移動時に馬に騎乗きじょうする程度で、実戦で人馬一体じんばいったいとなって突撃するようなことはここ数十年訓練もしていないそうだ。



 俺とアスカは、俺たちを待っていたらしいレスターさんのところまで行って、挨拶あいさつをかわした。俺から言わせれば、アスカはただの押しかけ教官だが、いろいろなしがらみの中で断り切れなかったのだろう。まあ、これは俺の予想通りではあるがね。フフフ。


「きょうは、エンダー子爵閣下みずから、われわれ騎士団員に訓練をつけてくださるそうで、よろしくお願いします」


「こちらこそよろしくお願いします。

 それでは、まず肩慣らしかたならし程度に、軽く立ち会ってみましょう。私自身は素手すででもいいのですが、それですと、逆に実戦的ではありませんので」


 そこで俺は、収納から取り出した二本の木刀をアスカに手渡してやった。この二本は、昨日きのうアスカが、造船用の木材を自分で削って作ったものだ。


 どちらも持ち手にご丁寧ていねいに『洞爺湖とうやこ』と漢字でってあり、長さは、アスカのブラックブレード+3と+2に準じていている。漢字については、この世界では俺とアスカ以外だと勇者たちくらいしか読めないはずだ。勇者たちでは読めないかも? いや、それはさすがに失礼か。


 アスカがその二本に付けためいは、


 やや長い方が「洞爺湖1号」、もう一本が「洞爺湖2号」だった。


 なるほど、これで名づけの時、アスカがいつも俺に名前を考えろと言っていた意味が分かったような気がする。



 今回の訓練で二刀流にとうりゅうにしたのは、一本でも実戦では問題ないが、多数を相手どると、一本だと二本の二倍以上のスピードで振り回す必要があり、場合によっては音速を越えて衝撃波しょうげきはが発生してしまうか折れ飛んでしまう可能性もあり、思わぬ事故につながるからだそうだ。アスカくらいになるとそこまで気を配っているのかと感心してしまった。


「私は、この二本の木刀で立ち会います。皆さんは、飛び道具も含めていかような武器を使用していただいて構いません。最初は、肩慣かたならしなので、一隊ずつお相手しましょう。順番にかかってきてください」


 飛び道具もアスカにかかればなんてことはないはずだが、騎士たちからしたら、『この女何を言ってるんだ?』ということになるだろう。一応アスカの実力を垣間かいま見たことのある、うちに騎士団から来ている訓練生の六人だけはその言葉に納得しているようだ。




 アスカの豪語ごうごに苦笑しつつも、レスター団長が指示を出す。


「接近戦の訓練のつもりですので、今日は飛び道具は無しにしましょう。

 第1隊から順番に!」


 訓練場の真ん中に突っ立った白いブラウスに膝丈ひざたけの青いスカートをはいたアスカが、木刀二本をいつものように斜め下に向けて構えた。そこに向かって、騎士団の一隊、金属鎧を着た騎士一名と、革鎧を着た従兵五名が近寄っていく。見ようによってはかなりシュールな場面だ。


 騎士と従兵二人が長槍ながやり、三人が大盾おおだてとメイス。大盾を持った三人を前衛ぜんえいにして一隊がアスカに一歩、二歩と接近する。アスカの木刀の間合いまあいは、盾の後ろから繰り出されるであろう長槍よりも圧倒的に短いのだが、アスカを中心とした1メートル数十センチの範囲は絶対防衛圏であると同時に絶対攻撃圏なわけなので、その範囲に存在するものはすべからく、迎撃されるか攻撃される。


 隊を作った場合は、盾持ちが相手の攻撃をしのぎ、その盾の合間から槍持ちが長槍で突いていくのが騎士団での一般的な集団戦術のようで、今回もその戦術通り、接近した一隊から槍が三本同時に繰り出された。刃引はびきされた訓練用の槍であっても両手で繰り出される長槍は一撃でも決まれば相手のPAを削り切り十分殺傷能力さっしょうのうりょくがある。もちろん相手がアスカでなければの話ではある。


 一般人では目にもとまらぬ速さで繰り出された三本の長槍に対して、アスカはその穂先ほさきを十分引き付けたうえで、右手の木刀を右下から左斜め上に一振りして三本ともぎ払ってしまった。むろん槍を突き出した三人の体勢は今のアスカの一振りで大きく崩れてしまっている。


 アスカはそのまま、一歩、二歩と前に進み、前衛三名の構える大盾対して、今度は左手で一薙ぎひとなぎ。前衛はこの一撃に耐え切れず大盾を持ったまま右側に三人ともゴロリと転がってしまった。


 この間アスカはいつもの通り。傍目はためには無表情である。


 アスカ本来のスピードで木刀が振るわれていたら、転がる程度では済まず、体ごとちゅうを飛ぶか腕の骨がおかしくなっていたはずなので相当アスカも力をセーブしているようだ。まあ、アスカの本気モードだといくらアスカ製の木刀でも耐えることはできないだろうから、このあたりが限度なのかもしれない。


 前衛がいなくなったので、さらにアスカが一歩前に進む。後衛の長槍を持つ三人に対し、右手を一閃。最初の一撃で長槍を持っていかれていた三人はなすすべもなく、前衛の三人とは逆の左側に転がされてしまった。


 いつもアスカに転がされていた経験者だからわかるが、傍目はためから見るだけでもアスカの動きは相当速く、目で追えないことの方が多いのだが、無駄が一切ない動きなので、相対する相手から見ると傍目以上の速さに感じるのだ。しかも、体幹が一切ぶれることなく片手で軽く振るだけのくせに一薙ひとなぎが異常に重い。


 第1隊の六名がほんの数秒で転がされたので、レスター団長もかなり驚いているようだ。


「次!」


 次の六名が、最初の六人と同じ感じで隊列を組んでアスカに接近していく。工夫くふうも何もできない短時間での第二陣。可哀そうかわいそうではあるが、世の中はそんなもの。


 この六人も最初の六人と同じ時間で同じ道をたどって転がされてしまった。


「次!」


 ……


「次!」

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