第285話 自薦客員教官


 午後からの操縦士訓練が始まり、フレデリカ姉さんも帰って行った。


 操縦士訓練は今のところアスカシミュレーターの操作が主体なので、最初のころは見てても楽しかったのだが、第三者ではそのうちきてくる。マルチタスクのアスカは、シミュレーター五台を同時操作をしながら訓練生たちに指示を出し、同時に訓練とは全く関係なく俺と会話することもできる。


 と言うことで、俺は今思いついたことをアスカに話している。先日のアスカとのエキジビジョンマッチのときにも強く感じたのだが、アスカはきっとシミュレーターで訓練生を訓練するよりも、武術的な何かをに教えたいのだろうと。


 このまま操縦士訓練の傍観者ぼうかんしゃとして過ごしていると、いずれまた俺がアスカの武術鍛錬の相手をすることは目に見えている。できるならば、俺の身代わりみがわり、いや、生贄いけにえをアスカにささげることで、平安へいあんな日々を得ようじゃないか。ゆるせ、生贄いけにえとなる者たちよ。



『先日、エキジビジョンで、俺とアスカが手合わせしたが、あれだと訓練生、騎士団から来た連中の身にはならないだろ?』


『マスターは武術の腕前うでまえはまだまだですが、それでも騎士団を含めこの国の人間でマスターにかなうようなものはおそらくいないと思います。そういった意味では雲の上の手合わせてあわせすぎたかもしれません』


 えー、俺がこの国でアスカの次ってこと? ないない、それはない。


「次は、上昇からスムーズな前進だ! よーい、始め!」


 俺と話しながらもアスカはちゃんと訓練は続けているわけだ。


『でだ、今度騎士団の連中をアスカがんでやったらどうだ?』


『それでしたら、マスターの方が適任てきにんではないでしょうか?』


『いや、俺だと一対一までしか対応できないだろ? 騎士団には大勢人がいるし』


『そうかもしれませんね。私ですと、何人いても同じですから』


 相変わらずの上から目線だが、実力からいって当然の言いようか。


『だろ。国内実力ナンバーワンのアスカがすこしでも鍛錬してやったら、騎士団の連中も普段では得られない何かをつかむことができると思うんだ』


『分かりました。明日は昼からシミュレーターはお休みして騎士団の訓練場に行って道場破どうじょうやぶりをしてみましょう』


「正副パイロット、二人の呼吸が合っていないと難しいぞ、声を出して良くお互いの動きを意識しろ!」


『いや、何もそこまでしなくとも。ちゃんと話をして、訓練という形にしてもらおう。今うちに来ている騎士団員から団長に伝えてもらえばいいだろ? 明日の朝返事をもらえればいいわけだし』


『そうですね。道場破どうじょうやぶりも面白おもしろそうですが、簡単に破れるものを破ってどうなるわけでもありません。訓練ですから、マスターのいう通り、先方の承諾しょうだくを得たうえで王国騎士たちの体に武術の基本を教えてさしあげましょう』


 おそらく、騎士団の団長はアスカの申し入れを承諾しょうだくするだろうから、明日あしたが見ものだ。アスカが本気を出すはずはないが、本当の強さというものを味わうのもいい経験だ。


「よーっし、そこから右旋回みぎせんかい行くぞ。ゆっくりー、補助機の噴気ふんき方向を調節しながら方向舵ほうこうだを操作するぞ。少し難しいがゆっくり確実に。よーし」


『マスター、念のためヒールポーションは多めに持っていってください』


 アスカのヤツ本気みたいだぞ。騎士団員の面々はコントローラーの操作で手一杯なので、俺とアスカの小声の会話が耳に入っていないから落ち着いてるけどな。


 俺も楽しみだ。自分に関係ないチャンバラを見学できるのは楽しいぞー。


 ……。


「よーし。今日はここまで。

 うちの四人については解散。騎士団の六人はちょっと話があるので少し付き合ってくれ」


「それではお先に失礼しまーす」


 うちの四人は何事かと思ったのだろうがそのまま解散していった。明日になれば分かることだよ。君たちも見学にいけばいいと思うよ。



 アスカは、残った騎士団の連中に、


「先ほどコダマ子爵と相談したのだが、先日われわれがみんなの前で立ち合いを披露ひろうしたが、あれではあまりみなの参考にはならなかったろう。少し騎士団の実力を見るうえでも、私が臨時の教官として、明日あしたの午後から半日騎士団の方に出向いて稽古をつけてやろうと思うが、騎士団長の承諾しょうだくを取っておいてもらえないか?」


 その言葉に、六人が六人ともこわばった表情を見せたのだが、アスカ教官の言葉を断れるはずもなく、


「はい。団長に確認し、明朝みょうちょう結果をご報告します」


「頼んだぞ。それでは解散」


「ありがとうございました」





 そして翌朝。


「エンダー教官、レスター第3騎士団長に昨日の件を確認したところ、ぜひお願いしますとのことでした」


「ご苦労。

 それでは、午前中しっかり操縦訓練をするぞ」


 何のことか分からないうちの四人があっちを見たりこっちを見たりしていたので、アスカが説明した。


「四人には言ってなかったが、今日の午後から騎士団の方に私が行って稽古けいこをつけてやることになった。従って四人は昼からは自由にしていい。稽古のようすを見に行ってもいいし、解散しても良い」


 こっちの四人は、自分たちに関係のない話だったのであからさまにほっとしている。


「四人についても、そのうち最低限の護身用の武術は教えるつもりだから安心してくれ」


 だそうです。



 そして、午前中の訓練も終わり、昼食後。しばらく休憩を取ったのち、


「ようーし、そろそろ、第3騎士団の訓練場まで行くぞ。それでは駆け足」


 屋敷前に集合していた騎士団員六名の先頭に立ってアスカが走り出した。今回は前回ボルツさんの工房に駆けて行った時と比べ格段に速い。騎士団の連中が持参じさんしてきていた荷物は俺が収納しているので、アスカもやや本気モードのようだ。


 うちの四名は乗合馬車に乗って見学に行くと言って、馬車駅まで歩いて行った。


 俺は例のごとく一番後ろを走っている。『スカイ・レイ』で王都上空を飛んだ時王宮の周りに何個所か開けた場所があったが、おそらくそこらへんが各騎士団の訓練場なのだろうと思う。このスピードなら王宮までなら20分くらいで着くだろう。



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