第242話 『シャーリン』、両殿下ご乗船3


 お茶もみんなに行き渡ったようだ。低速で出港して、30分ほど経ったところで、『シャーリン』が停船したようだ。アスカがいいスポットを見つけたのだろう。俺はみんなに断って上甲板じょうかんぱんに出て、錨を海に投げ込んだ。


 すぐに、キャビンに戻り、


「みなさん、面白いものが見れますので、船底せんていにお越しください」


「あら、何かしら?」


「ショウタさんが面白いものというほどなら、楽しそう」


 ハードルを上げられても困るが、あれなら一応ある程度のハードルは越えられるだろう。


 王宮からの一同を引き連れ、階段を二階分、船底まで下りていった。


 一同は、船底に割れやすいガラスが使われており、それが窓になって、海の中が見えることに驚いていた。


「船底に使用しているガラスは飛空艇にも使っているもので、とても頑丈がんじょうです。ハンマーでたたいた程度では割れません。さらにそのガラスを二重にして使用していますので安心してください。少し狭いので、お詰めいただいて座席にお座りください」


 順番に座席についた面々がのぞき窓から、生まれて初めてであろう海中の様子に目をみはっているのが分かる。つかみは予想通りとはいえ、なかなかいいようだ。


 のぞき窓からは陽の光で明るく照らされた海の中が良く見える。たまに大きな魚がすぐ下を泳いでいくと、歓声が上がる。水深がそこまでないようで、砂地になった海底で波の作る光の模様が揺れているのも見える。


「きれい」


「海の中ってこんなになっていたのね」


「いま、大きな魚が」


 俺のいた日本と違い、こちらの世界のほとんどの人は泳げないのだろうし、これまで海の中を見る機会などなかったろうから、初めてのものを目の当たりにする新鮮さと驚きがあるだろう。


 いやー、ガラスののぞき窓を作っておいてよかった。


 みんな食い入るようにのぞき窓に見入っているのでここはしばらく目を離していてもいいだろう。


 俺は数分すうふん席を外すことを告げ、いちどアスカのいるブリッジにのぼって行った。


「アスカ、いちおうバーベキュー用の食材などは市場いちばで仕入れているから問題はないけど、取れたての方が楽しいよな?」


「それはそうですが、今回は釣り具などの用意をしていませんので、少し難しいと思います」


「ここだとダイナマイト漁法ぎょほうはダメかな?」


「ここは、河の時と違い水深があるのでマスターの高速弾でもうまくいかないと思います」


「いや、高速弾でなく、投擲弾とうてきだんならどうだろう?」


「投擲弾の爆発力があれば十分いけると思います」


「そうか、いまみんなは船底で海の中の景色を見ているから、もうしばらくそのまま海の中を見てもらっていて、それからダイナマイト漁を始めてみよう」


「分かりました。ですが、投擲弾の威力が大きいので、魚もそのままバラバラになっていたんでしまうかもしれませんし、水柱すいちゅうが高く上がってここまで海水が降ってくるかもしれませんので、十分注意してください」


「魚はどうとでもなるが、海水が王宮の人たちにかかっちゃまずいから、その時はキャビンに入っていてもらった方がいいな。そろそろ、下に行って様子を見てくる。それじゃあな」


「はい。マスター」


 もう一度船底に下りて行き、殿下たちの様子を見ると、あいかわらず食い入るようにガラスののぞき窓を見ている。これはこれでいいのだが、もう少ししたら切り上げてもらって、上甲板に連れていこう。


 10分ほど待って、


「それでは、もう一度、上のキャビンに戻っていただきます」


 みんな、残念そうな顔をしていたが、さすがにホストの指示には逆らえないので、まさに渋々しぶしぶといった感じで、階段をのぼって行った。


 最後に階段を上って行ったリリアナ殿下が、


「ショウタさん、ほんとに海の中ってすごいです。今日は生まれて初めてが一杯。ありがとう」


「いえいえ、これからもまだまだ新しいことがあります」


「期待しちゃいます」


 期待に答えなくてはいけないのだが、次の出し物は、殿下にはどうかな?



 キャビンの中にみんなが戻ったところで、


「これから、魚をろうと思います。特殊な漁法なので、海水などもかかるかもしれませんから、皆さんは、この部屋の窓から外を眺めておいてください。また、非常に大きな音がすると思いますが、この船は大丈夫ですのでご安心ください。それでは、右舷側うげんがわの窓から外を見ていてください」


 みんな、何が始まるのか興味津々きょうみしんしんで右舷側に移動していった。



 それでは、ダイナマイト漁を始めるぞ。


 俺は後方デッキに出て、収納から取り出した投擲弾の導火線に指先ファイヤーで火をつけ、すぐに20メートルほど先の海面に向かって投擲弾を投げつけた。ドボンと海に沈んでしまったので、もしや導火線の火が消えたのかと思ったが、一瞬足元に振動が走ったかと思ったら、急に海面が白く盛り上がって、


 ドーン!


 腹にひびくような音が響き、大きな水柱が立ち上がった。


 その後、水柱が崩れながら水しぶきがこちらに降って来たので急いでキャビンの中に退避した。


 水柱が収まった後には目論見通りもくろみどおり大きな魚から小さな魚まで白い腹を見せて浮き上がって来た。バラバラになった魚はいないようだが、そもそもバラバラになった魚はそのまま沈んで行った可能性の方が高いと思う。


 今の爆発音をアスカも当然聞いたはずなので、どうするのかとブリッジを見ると、アスカがこっちに顔を出して、


「マスター、船はこのあたりで放っておいても大丈夫そうですから、これからそちらにりて行きます」


 すぐに、ブリッジからデッキにりて来たアスカが、


生き〆いきしめではなく、生かしたままの方が喜ばれると思いますので、空いた樽を出して並べてもらえますか?」


 生きたままの方が喜ばれるのは確かだろう。すぐに収納庫に仕舞ってあった空樽からだるを三つほどデッキの上に出してやったら、カツオの一本釣り漁のごとく浮き上がっていた魚がどんどん樽の中に入ってくる。そのころには、キャビンの中から様子をうかがっていた人たちがデッキに出てきて、なぜか勝手に樽の中に魚が入って行くのを眺めて歓声かんせいを上げ始めた。


 すぐにデッキに出した三樽が魚でいっぱいになったので、もう一樽の空樽を海に出していったん収納し、海水の入った樽を一つ作ってやった。その中にもアスカが四、五匹30センチくらいの魚を投げ入れたのだが、その魚たちは樽に入れたらすぐ元気に泳ぎ出した。魚が一杯になった樽の方でも気絶から回復した魚たちがピチピチ動き始めている。


「先ほどの大きな音には驚きましたが、今度は魚が樽に向かって飛び込んできました。本当に生まれて初めてのことばかり。生きた魚も泳いでる」




「ショウタさんのすることは、本当に予想以上ですね。ところで先ほどのおおきな音は魔術なのですか?」


「いいえ、私自身は、指先から小さな火をともすくらいしか魔術は使えないもので、爆弾という一種の魔道具を使ったものです」


「爆弾ですか」


「見てみますか? これです」


 アリシア殿下が爆弾に興味を持ったようなので、一つ収納から取り出してお見せした。


「ただの陶器のびんひもが出ている?」


「はい、この瓶の中に爆薬ばくやくと呼ばれる粉薬こなぐすりが入っていまして、このひもに火を点けると、その火が中に届いて、爆薬が爆発します。今は海に投げ入れましたが、本当はこれでモンスターをたおそうと思って作ったものです」


「海の中に投げ入れられてそのまま沈んでいましたが、火は消えないものなのですか?」


「このひも導火線どうかせんといって特殊な紐のため水の中でも火が消えないようになっています」


「なんと! それでは、この爆弾は雨の日でも敵に投げつければ敵をたおすこともできる訳ですね」


「そういうことになりますが、戦争などには使う気はありません」


「それはそうですね、失礼しました。ショウタさんですものね」





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