第202話 帰宅、ラッティー最後の夜


 アトレア王の執務室を辞し、その執務室の前でひかえていたハンナさんに一度アデレートに戻るむね、そして明日の昼前には、ここにまたここに戻ることを告げやかたを後にした。ハンナさんも執務室の前でアトレア王とわれわれの話を聞いていたようで、軽食でも用意しましょうかと言ってくれたがそれは断った。


 あまり目立つわけにもいかないので、速足はやあしでアトレアの街を出た。しばらく二人で駆けて人目につかない場所にたどりつき、そこで収納から取り出した『スカイ・レイ』に乗り込んでセントラルを目指した。



『スカイ・レイ』はアトレアからいったんブレゾまで東に飛行し、そこから北へ旋回して北上。2時間半ほどでキルンの街が見えて来た。キルンからセントラルまでは約2時間の飛行だ。途中、収納から取り出したホットドッグとジュースを飲食して二人の昼食とした。



『スカイ・レイ』を屋敷の南側の草原に降ろし、迎えに出てきたみんなに軽くあいさつして屋敷に入った。


 途中、ラッティーを呼び止めて、


「ラッティー、後で俺の部屋に来てくれるか? いまは特に用事はないんだろ?」


「? はい」


 何の話だろうと首をかしげている。さすがのラッティーでも何の話なのかは予想できなかったようだ。


 そこではラッティーに声をかけただけで屋敷に入った。


 俺とアスカは、そのまま二階の俺の部屋に入って、ラッティーがやってくるのを待っていると、5分ほどでノックの音がして、ラッティーが部屋に入って来た。


「ラッティー、すまないな」


 


 俺は、窓際まどぎわから少し離した机の背もたれの付いた大きな椅子に座っていた。アスカは、俺の斜め後ろに立っている。従って、アスカと俺がラッティーに面と向かっている形だ。小さな女の子を一人立たせておくわけにはいかないので、俺も立ち上がって机の前に出てラッティーに話し始めた。


「ラッティー。アスカと俺は、今回ブレゾの街にカレー用のスパイスを買いに行ったことは知っているだろ?」


 うなずくラッティー。


「ブレゾでの買い物は、すぐに終わったんだが、そこであるうわさを聞いたんだ。それはな、ブレゾの隣のアトレアの王さまが危篤きとくだというものだった」


 そこまで聞いたラッティーが息をのむ音は聞こえた。予想通り、ラッティーは自分の出自しゅつじのことを間違いなく覚えている。


「俺とアスカはアトレアの王さまの病気を治すためアトレアに飛んで、エリクシールでアトレア王さまを救ってきた。もう、アトレア王は心配ない、元通もとどおり元気になった」


 ラッティーの両目から頬に涙がこぼれた。


「ラッティー。俺たちと明日あしたアトレアに行こう。諸悪しょあくの根源は取り除かれたから、もうあそこは誰にとっても安全な場所になったはずだ。そこで、父親に会ってこい」


「うん」


「ラッティー。顔を洗ってきた方が良いぞ」


 それで、ラッティーは涙ぐみながら俺の部屋を出て行った。


「ラッティーは全部覚えていたみたいだな」


「そうですね。せっかくラッティーに勉強を教えていましたが残念です。ラッティーの勉強の本は忘れずに明日あした持っていきましょう」


「そうだったな。それと、前にラッティーの余所行きよそいきを作ったろ。俺はあれをまだ見てないんだ。あした、ラッティーにあれを着せて父親と会う時の晴れ着にしよう。到着してから着替えた方が良いだろうから、あとで揃えておいてくれるか? 収納しておくから」


「はい。あの服を作っていてよかったですね。あれがないと、余所行きは古着ふるぎのあのゴスロリ服しかありませんでしたから」


「あれはあれでラッティーに良く似合って可愛かったが、父親があれを見たらビックリするかもしれないからな」 


「向こうではすぐには衣類の用意もできないかも知れませんので、ゴスロリ服のほかにも衣類などもまとめておきます」




 ブレゾで仕入れたスパイスを先にゴーメイさんに渡し、俺は夕食前に風呂に入ってさっぱりした。


 夕食時、ラッティーが何もしゃべらず、黙々もくもくと食事をとっているので、シャーリーが不審ふしんに思って、何か話したそうに俺の方を向くので、「後でな」と言っておいた。



 食事が終わり、これから風呂に入る者たちが食堂から出て行った。ラッティーもその連中についていったので、みんなで一緒に風呂に入るのだろう。


「シャーリー、俺の部屋に行こう」


「はい」


 アスカとシャーリーを連れて俺の部屋にいき、そこで昨日きのう今日きょうの出来事をシャーリーに説明した。


「せっかく妹ができたと喜んでいましたが残念です。でも、ラッティーちゃんに本当のお父さんがいたなんて、良かったですね。それも王さまだったなんて。ということは、ラッティーちゃんは王女さま?」


「そうだな。そんなことを気にする必要はないが、一応は王女さまだし、一人娘のようだからゆくゆくは女王さまだな」


「ええー」


 それは、びっくりするよな。とはいえ、シャーリーだってゆくゆくは大国アデレート王国の子爵さまだし、その時には相当な資産を抱えていると思うぞ。小国を軽んずるわけではないが、そんなに差はないんじゃないか?


 シャーリーにも説明しておいたので、何かあれば、シャーリーから他の連中にラッティーのことは伝わるだろう。


「きょうは、ラッティーと一緒にいられる最後の夜になるだろうから良く面倒めんどうをみてやってくれな」


「はい。ショウタさんはいいんですか?」


「あんまりべたべたしてると、ラッティーを手放したくなくなるから俺はいいんだ」


「ショウタさんらしいですね」


 何がらしいのかは分からないが、ラッティーとは短い間一緒にいただけだったけれどそんなことは関係なく別れは悲しいからな。




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