第178話 ラッティー5、出自


 シャーリーがサージェントさんの箱馬車で学校に行き、ラッティーもアスカの言葉に込められた意味が分かったわけではないのだろうが、アスカの『今は休んでおけ』という言葉にちゃんと従って、二階のアスカの部屋に戻って行った。


 他のみんなもそれぞれ自分のやるべき仕事や訓練を始めている。


 俺もアスカと食堂から移動して、居間のソファーに座っている。この時間、居間にいるのは、俺とアスカの二人だけだ。


「マスター、ラッティーのことですが」


「ラッティーがどうかしたか?」


「ああいった生活をしていた割に、私の予想をいい意味で裏切って、素直すなおないい子だったことに驚きました。おそらく、ラッティーはそれなりの家庭で育ったものと思えます」


「ああ、それは俺も思った。生まれてすぐに孤児こじになったわけではないだろうし、それなりの生活をしていたんじゃないか。いまではもうラッティーはちゃんとした言葉づかいになっているものな」


「何か事情があると思いませんか」


「そうだな。そのあたりはまだ踏み込まない方がいいだろう。だけどアスカがそういったことを俺に言ってきたということは、何かあるんだろ?」


「私も、マスターの考えていることはたいてい分かるのですが、マスターも私の考えていることが分かるようになってきたようですね」


「そりゃあな」


「今すぐという訳ではないですが、こんどブレゾに買い出しに行くようなことがあればそのあたりのことを調べてみませんか?」


素人しろうとの俺たちが知らない土地で、ちょっとばかし調査して何かわかるものなのか?」


「どうでしょう。ただ、ブレゾで耳にした話ですが」


「なんだ? 妙に引っ張るな」


「ブレゾの商店街で聞いた話ですが、ブレゾの隣国にアトレヤというブレゾと同じハーフ・エルフの都市国家があるそうです。そのアトレヤで王の後継者争いの混乱なか当時5歳の王孫である少女が行方不明になったというものです」


「それは、いつの話なんだ?」


「ちょうど5年前だそうです」


「ふーん。で、アスカはその王孫の少女がラッティーかもしれないって思ってるんだ」


「はい」


「それだと、ラッティーは今10歳ってことになるけど、ラッティーの見た目はどう見ても8歳以下だぞ」


「ハーフ・エルフですし、栄養状態などを考えれば発育が遅れるのもありえるかと」


「そうか、なるほど。ただの孤児にしてはラッティーは、みがいてみたら光り輝きすぎのたまだったからな。可能性はあるか」


「ラッティーを風呂に入れて体を洗ってやっているとき気付いたことですが、ラッティーの背中、左の肩甲骨けんこうこつの真ん中あたりに、3センチほどの特殊な形状をしたもんが刻まれていました。その紋はアトレヤ王家の紋と同じものでした」


「そいつはまさに、核心的かくしんてき事実だと思うが、それで俺たちはどういうことができるんだ? まさか、アトレヤに乗り込んでどうこうできるわけでもないだろ?」


「やる気になれば、無理やりラッテイーをアトレヤの女王にえることもマスターと私なら可能でしょうが、本人が望むとは思えません。将来、ラッティーが自分の出自しゅつじについて思うことがあったとき、われわれに分かっていることが少しでもあれば、それを教えてやることでラッテイーもある程度満足できるのではないでしょうか」


「アスカ、おまえはマキナドールだよな。俺も含めて人の気持ちをよく理解していてつくづく感心するよ」


「そうでしょうか?」


「すごいと思うぞ」


「おそらくマスターの影響です。これまで長いこと自分のことでさえあまり興味を持ったことがありませんから」


「ふーん。それで、他人のことを考えることができるようになって、アスカはそれをどう思ってるんだ?」


「……そろそろ、9時ですから、ラッティーに勉強を教えます」


 アスカの顔からは照れているのかどうかは判断できなかったが、めずらしく俺の聞いたことに答えず、そのままラッテイーが休憩中の二階に上がって行ってしまった。



 小さなラッティー相手だから、いくらきびしいアスカでも勉強のほうは昼までが限度だろう。ラッテイー用の寝具一式を買いに街に出るのは昼からすぐいけそうだ。なんだか、これからも同じようなことがありそうだから、ベッドやらなにやらはいっそのこと10セットくらい買っておくか。腐るもんじゃないし、おれの収納庫にはいくらでも入るわけだし。


 ラッティーの出自については今のところ何もできないので、忘れてしまっていいだろう。俺が忘れてしまったとしても、忘れることのできないアスカが、何かあったら俺に思い出させてくれるだろうから問題ない。


 さーて、それじゃあ、俺は予定通りカレー作りに挑戦だ。とはいっても、ゴーメイさんと助手をしているミラの後ろに立ってああでもない、こうでもないと指図さしずするだけだがな。


 そろそろ昼の仕込しこみが始まる時間だ。無駄むだにしちゃまずいから、もう行かないと。



 

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