第174話 屋敷に帰って


「『スカイ・レイ』、高度1000、上昇停止」


「アスカ、いつものように360度旋回せんかいして、ラッティーにブレゾの街を見せてやろう」


「了解」


「ラッティー、もう立ち上がっていいぞ、窓を見てみろ、ブレゾの街がみえるぞ」


「あれが、俺のいたブレゾなのか? あっ、わたしのいたブレゾ」


「そうだ、あれがラッティーのいたブレゾだ。もうしばらくここに来ることはないはずだから、よく見とけよ」


 ラッティーが背を伸ばして、キャノピー越しにブレゾの街並みを食い入るように見ている。おそらく楽しい思い出よりもつらい思い出の方が多かったろうと思うが、それでもやはり故郷こきょうを離れるのは心に来るものがあるのだろう。


「旋回終了しました。これより巡航速度まで加速し、セントラルを目指します」


 『スカイ・レイ』が加速を始めた。そこまで急加速ではないので、加速感はあまりない。


「アスカ、これだと、何時くらいに屋敷に戻れそうだ?」


「無風状態のようですので、午後1時には、屋敷に到着します」


「ラッティーもいることだし、キルンの上空辺りで一度軽食でも食べよう」


「はい、マスター」


「あのう、ショウタさん?」


「どうした? ラッティー」


「ほんとうに、わたしがショウタさんのところに行ってもいいんですか?」


「そう言ったろ。そのかわり、仕事はしてもらうがな」


「えっ! わたしは奴隷になるんですか?」


「そんなわけないだろ。仕事をすればちゃんと給金も払ってやるし、休みも取っていいんだぞ」


「それじゃあ、わたしは、どんな仕事をするんですか?」


「そうだなー、ラッテイーはまだまだ小さいから、勉強していろいろなことを覚えて、たくさん食べて大きくなることかな」


「ラッテイー、心配するな、勉強ならこの私がみっちりきたえてやる」


 アスカのやる気スイッチを押してしまうと大変なことになるが、決して無駄むだではない。本人のためには最善とは言わないが、最高の教育を施すと思う。ただ、すごく大変なだけだ。


「あ、ありがとう。ありがとうございます」


「ほどほどに、頑張れよ。俺たちはすくなくとも、おまえが独り立ちできるまで面倒を見てやるつもりでおまえをこうして連れて帰っているんだから。ほら、涙を拭け」


 涙ぐむラッテイーにハンカチを渡してやった。


「いままで、街では人に親切にされたことがなかったので、……ぐすん。ありがとうございます」




 途中、予定通りキルンの上空辺りで、三人でサンドイッチを食べ、そこから2時間かけて王都の俺たちの屋敷の牧草の生えた草原くさはらに着陸した。相変わらず、シルバーとウーマは牧場の隅で日向ひなたぼっこをしていた。『スカイ・レイ』が空からおりてこようとわれ関せずなところは、ある意味大物なのかもしれない。



 着陸した『スカイ・レイ』のキャノピー越しに俺たちの屋敷を見たラッティーが、


「これが、ショウタさんとアスカさんの家? これじゃあ、貴族の屋敷じゃないか?」


「ラッテイーには言ってなかったか。俺もアスカも二人とも貴族なんだ、子爵だけどな」


「えっ、ええーー! そんなー。

 い、今までたいへん失礼しましたー。これからどうお呼びすればよりょひいでひょうか?」


「なに、かしこまってるんだ? 俺はショウタさんでいいし」「私はアスカさんだ」


「おまえは子どもなんだから、肩の力を抜いて気楽にしてていいんだぞ。俺たちの屋敷には何人も働いている人がいるが、おまえ自身に何かひけめに思うことがあるにしても、そんなものは誰も気にもしないから安心しろ。それじゃあ、外に出るぞ。アスカ、行こうか」


「はいマスター。ラッティー、出るぞ」



 おろしたタラップから『スカイ・レイ』を出ると、いつものように、屋敷のみんなが整列して出迎えてくれた。ラッティーにはちょっと大げさだったかもしれない。

 

「ショウタさま、アスカさま」


 ハウゼンさんの言葉につなげ、その後みんなそろって、


「お帰りなさいませ」きれいにみんなが頭を下げた。


 なんだか、少しずつではあるが以前よりも出迎えが大げさになってきているような気がする。まあ、ハウゼンさんが指示してやっていることだから、きっといいことなんだろう。


「ただいま、帰りました」


 ハウゼンさんが、前に出て、


「屋敷の方は、お留守の間、特に問題はございません。ところで、そちらのお嬢さまは?」


「ここにいないのは学校に行ってるシャーリーだけのようだから、ここでいいか。

 この子は、ブレゾで出会ったみなしごで名前はラッティー。えんあって屋敷に連れ帰って面倒めんどうを見ることにした子だ。ブレゾには、孤児奴隷の制度がなかったようで、こんなに小さいのに、ずいぶん苦労をしてたようだ。みんな大事にしてやってくれ」


「はい」

 

「ラッティーちゃん、かわいい」「よろしくね、ラッティーちゃん」「小さな子なのにすごい美人」


 まだ、みんなにかわいがられそうで本当に良かった。


「ハウゼンさん、ラッティーの部屋を決めてくれますか?」


「かしこまりました。小さな子どもが一人部屋だとさみしいでしょうし、少し考えます」


「マスター、それなら、今日は私の部屋をラッティーに使わせましょう。シャーリーが学校から帰ってきたら、シャーリーに話して明日から同じ部屋にしてはどうでしょう」


「シャーリーが良ければそれでいいか。それじゃあ、荷物はいちどアスカの部屋に置いておこう。


 ハウゼンさん、部屋の手配はとりあえずよくなりました」


「わかりました」


「あと、ゴーメイさん、今日はラッティーの歓迎会かんげいかいということで、できれば夕食をいつもより豪華ごうかにお願いします」


「かしこまりました。腕によりをかけて、ラッティーちゃんに喜んでもらえる料理を用意します」


「お願いします。それと、ゴーメイさんに食材をたくさん買ってきたもので、あとで厨房ちゅうぼうに顔を出します」


「お待ちしています」




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