第165話 ブレゾ到着


 前方に外壁で囲まれた街並まちなみが見えて来た。外壁の周りには畑も広がっている。ここがコメの産地なら、田んぼかもしれない。飛空艇の中から見える外壁はこげ茶色っぽい。ここまで、屋敷を出発してから6時間ほど経過した勘定かんじょうだ。日もだいぶ傾いて来た。


「アスカ、今何時になる?」


「午後3時10分です」


「街から少し手前に降りよう」


「了解しました」


 街の外壁から5キロほど離れた草地に飛空艇を着陸させた。街道からブレゾに続く道からも離れているため幸い人は遠くに見えるだけで、近くには人はいないようだ。


 飛空艇は、珍しいもなにもはじめて目にするような乗物だろうし、とくに、『スカイ・レイ』の形は目立つので、見物人が集まってくるまえに、早々そうそうに収納した。


「アスカ、日の暮れるのも早そうだし街についたら、先に宿屋を探そう。コメを売っているお店を探すのはそのあとだな」


 アスカなら適当に情報収集するだろうから、何も言わなくてもいいか。


「はい、マスター。遠慮えんりょせず私に指示していただいてもいいんですよ」


「分かっているなら、いいだろ。それじゃあ、街の入り口まで駆けてくぞ」


「はい」




 街道からの道が続く北側に外壁の出入り口があるだろうと、それっぽい方向に5分ほど駆けていくと、その出入り口が見えて来た。目の前の外壁は、高さが3メートルほどだが、石製ではなく、厚板を縦に並べたもので、防腐剤ぼうふざいのような物でこげ茶色に着色されているようだ。


 変なところから出入り口に向かって行くのはおかしいので、いったん道の方に回り込んで、それから出入り口に向かった。この道には駄馬だばに牽かれた荷馬車が何台もゆっくりと行き来している。街から出て行く荷馬車はたいていは空荷からにのようだ。


 出入り口には、左右にひとりずつ軽装の兵隊さんが立っていたが、呼び止められることもなく簡単に街の中に入ることが出来た。そういえば、ここら辺一帯は、亜人国家群とか諸種族連合とか言われているそうだが、俺には道行く人も、そこに立っている兵隊さんも普通にただの人に見えるがどういうことなんだろう。


 そういったことを、人通りで大きな声で話すものではないので、小声でアスカに聞いてみたところ、


『マスター、どうもここの人たちの耳の形を見ると少し横長のような気がしませんか? おそらくですが、ここの人たちは、ハーフ・エルフのようです』


『よく見ちゃまずいかも知れないれけど、アスカの言う通りだ。フレデリカ姉さんとアルマさんはエルフだったけど、ここの人たちはハーフ・エルフなのか。諸種族というくらいだから、よそにいけばもっといろんな人がいるんだろうな』


『そうだと思います』


『まあ、俺たちにとってはどんな種族だろうがただの人だから別にどうでもいいよな』


『そうですね。マスターの好きそうなうさ耳とか、猫耳のいわゆる獣人じゅうじんというものは、この世界にはいないんじゃないですか?』


『それはそうだよな。うさ耳なんか少々耳がいいくらいじゃ割に合わないくらい邪魔じゃまになりそうだものな』


『人間的な生活を送るには人間の姿かたちであることが一番適しているということでしょう』


 道の両側に立ち並ぶ家は、二、三階建てで、どれも黒くて太い木の柱に漆喰しっくいの塗られた真っ白い壁の建物が多く、窓は鎧戸よろいどのような木製のもので、今は開け放たれている。ガラス窓はあまりないが、何軒かに一軒はガラス窓の建物もある。



「アスカ、誰かに、宿屋の場所でも尋ねてみるか?」


「いえ、だいたいの場所はこれまでの情報収集でつかめました。この道をしばらく進むと、この街、いえ、この国で一番といわれている宿屋があるようです」


「期待していい宿屋かな?」


「そこまではわかりませんがここの物価はセントラルと比べるとかなり低いようです」


「そういえば、ここの通貨を持っていないけどどうする? どこか両替屋りょうがえやがあるかな?」


「この国では自国で貨幣を鋳造ちゅうぞうしていないため、通貨はアデレート王国の硬貨を使用しているようです。言葉ももちろん通じます」


「それは便利だ」


「この国は、金属資源や石材などは隣国やアデレート王国からの輸入に頼っているようです」


「ふうん。だから、街の外壁が木でできていたわけか。あの木の壁に塗ってあった塗料は防腐剤ぼうふざい難燃剤なんねんざいを兼ねているんだろうな」


 どうでもいいことをアスカと話しながら通りを歩いて行くと、左手に、通りに面したそれなりに大きな建物が見えて来た。


 開け放された玄関口から、その建物に入るとすぐのところが、受付で、若い女の子、かわいらしい少女が受付のカウンターの後ろに座っていた。


「えーと、お嬢さん? 宿の受付はここでいいのかな?」


「はーい。ここでいいでーす」


「二人部屋を一晩頼めるかな?」


「はーい。二人部屋おふたりで一泊、今日の夕食と明日の朝食付きで銀貨2枚でーす」


「それじゃそれでお願い」


「かしこまりましたー。夕食は6時から10時まで、朝食は6時から8時まででーす。お部屋にご案内しまーす」



「こちらになりまーす。ごゆっくりー」


 ちいちゃなお嬢さんに連れられて行かれたのは、階段を一階分だけのぼった二階の角部屋かどべやだった。鍵を渡され、部屋の中をみまわすと、ベッドが二つ置いてありあとは小さな丸テーブルと椅子が二脚、小さな箪笥たんすが二つ並んでおいてあった。窓はガラス窓で、今は開け放たれている。


 キルンで、最初にアスカと泊まった宿のことを思い出した。あの宿屋のおばちゃん元気にしてるかなー。


「アスカ、街に出て商店街でものぞいてみるか? まだあと1時間くらい明るいだろ?」


大丈夫だいじょうぶだと思います。商店街の場所は分かりますのですぐに行きましょう」


 やっぱりな。


 初めての街の中で駆けまわるわけにはいかないので、おとなしくアスカと並んで通りを歩き商店街を目指した。


 宿屋の前の大通りをすこし進んで行き、途中で横道に分かれた通りが商店街だった。道行く人も女性が多く、買い物かごのような物や、手提てさげ袋、リュックのような物を背負った人、なかには荷物と一緒に子供を連れた人もいる。かなりの人出だ。買い物かごの中には野菜などがみえる。夕食の準備で食材などを買う人が多いのだろう。



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