第132話 スノー・ハスキー


『なんでもMONちゃん』からウキウキしながら、『ナイツオブダイヤモンド』に戻った。


 支配人さんに、スノー・ハスキーの幼体ようたいをわれわれのいるスイートで飼ってもいいかとたずねたら、問題はないと言われ安心した。ただ生き物の嫌いなお客さもいるので、一階のレストランには入場させないでほしいと言われた。あたりまえのことなのでこちらとしても問題ない。



 スイートに連れ帰り、さっそくケージから出してやる。普通なら、新しい場所で知らない人に囲まれたら、物おじしそうなものだが、そこはテイムされたモンスターのためか、全く物おじせず、俺の足に体をなすりつけたり、これまで見たこともない場所の中を探検たんけんしたりしていた。


 これでこの子も晴れてわが家の一員だ。さあて、この子の名前はどうしようか?


「アスカ、何かこの子の名前でいいのがあるか?」


「名づけは、やはりマスターの仕事でしょう」


「そうだなー、この子は白いから、シローはどうだ?」


「それだと、馬車馬のウーマと同じのりですが?」


「シローがダメだとすると、どうするかな。そもそもこの子の性別はどっちなんだ?」


「低位のモンスターですから、性別は有りません」


「そうなのか? じゃあ、高位のモンスターには性別があるってこと?」


「いえ、私の知っている限り、モンスターには性別はありません。ただ高位のモンスターは、人のいうところの男性的、女性的といった特徴とくちょうは持っているようです」


「ふーん。そうなんだ。よくモンスターの卵とか聞くけど、あれは何なんだろうな?」


「モンスターは、卵や幼体として魔素の中から自然発生し、魔素を吸収しながら成長していきます。ダンジョンの中ではダンジョンコアによって成体せいたいが直接作り出されることもあります。深淵しんえんの迷宮で私の代わりに新しくコアのガーディアンとなったクリスタルドラゴンゴーレムも直接成体で生まれたはずです。そういったモンスターも、魔素を吸収し経験を積んでゆくと成長しさらに強くなっていきます。強くなっていくうちに上位個体に進化するものも現れます。ゴブリンジェネラルとかそういったものですね」


アスカはホント何でも知ってるなー。


「何でもは知りません。知っていることだけです」


「話はそれたけど、この子の名前な。耳がぴんと立ってるからピンちゃんはどうだ?」


 スノー・ハスキーの幼体は走り回って疲れたのか、今は俺のひざの上でおとなしくしている。耳の後ろをでてやったら、立ってた耳を後ろに寝かせて、垂らしたしっぽを揺らしながら目を細めている。これはかわいい。


「マスター、わかりました。もうその子の名前は、シローにしましょう。シロー、シロー、そう言っていれば慣れますから」 


 あれ、アスカのヤツ、ウーマの名前を付けた時、俺が言ったことを根に持ってるのか?


 まあ、実際名前なんて慣れだよ慣れ。それ見ろ、俺がシロー、シローって言いながら体を撫でていたら、うれしそうに尻尾を揺らしてるだろ。



 シャーリーが帰ってシローを見たらどうだろうな? すごく喜ぶと思うけど、問題もあるぞ。俺よりシャーリーになついたりしたらさびしいぞ。これこそまさに大問題だ。シャーリーに懐く前に俺べったりにしないといけないんじゃないか?


 シャーリーが帰ってくるまで、あと五時間。それまでが勝負だ。


「アスカ、シローのエサ用の魔力の抜けた魔石がないんだけど、普通の魔石をあげちゃダメかな?」


「ダメではないと思いますが、すぐにシローが大きくなってしまいますよ。確か、スノー・ハスキーの成体は体高で一メートル超えます」


「それはちょっとまずいな」 


「エサはすぐ上げなくてもいいようですから、散歩にでも行ってみてはどうですか?」


「それもよさそうだな。それじゃあシロー、リードを付けるからじっとしててくれよ」


 シローを膝の上から降ろしてきょとんと立っているうちに素早く首輪にリードにつなげる。別に嫌がっていないようなので良かった。



 シローを抱いて、一階まで下り、エントランスを通って表通りに出る。シローは粗相そそうをするわけではないので、抱いて下りる必要はないのだが、知らない人を不快にさせてはいけないのでエチケットとしてそうした。表通りに出て、そこで抱いていたシローを降ろして散歩を始める。


 アスカも当然のようについてきている。


「あんまり、人通りが多いとお互い邪魔じゃまだし危ないから、港の方に歩いて行ってみるか」


 いつもアスカと二人で街中まちなかを走り回ってかなりの人や馬車に迷惑をかけているのだが、それとこれとは別だから。


 当然シローはどこへ行くのかわからないし、その前に道も知らないのだが、尻尾を振りながちゃんとまっすぐ前を向いて歩いていく。


 犬ではないのでやたらとクンクン臭いをかぐわけでもなく、立ち木にマーキングするわけでもない。理想のペットなのではないだろうか。


 いい気分で、二人と一匹で道を歩いていたのだが、シローのことを考えていると、いろいろと足りないものがあることに気付いた。


「アスカ、シローの買い物に行こう」


「いきなりですが、どうしました?」


「シローにはまだ足りないものがたくさんあるじゃないか。毛並みをそろえるブラシとか、シローが一人の時も退屈しないようにおもちゃとかいろいろあるだろ」


「マスターは、保護欲ほごよくが強いようですね シャーリーについても同様ですが、保護すると決めた者にはとことん甘くなりますよね」


「それは、保護者の義務だろ」


「それにしては、マスターは私に対しては甘くありませんね」


「そりゃそうだろ、アスカの方が俺の保護者みたいなもんじゃないか。俺はおまえのことを父とも母とも思ってるんだ」


「そうですか。よくわかりませんが、わかりました」


「で、店屋はどこかわかるか?」


「はい。こちらです」


 ほんと、何でも知ってるな。


「何でもは知りません。知っていることだけです」


 それは俺も知ってるよ。


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