第71話 王都見物1、観劇


 エリクシールを王都商業ギルドのギルド長、ハインリッヒ・リストさんにたくしたわれわれは、そのお返しに自由に使えるようになった宿屋、『ナイツオブダイヤモンド』の最上階のスイートにいったん引き上げ、リビングでくつろいでいるところだ。


 余談であるが、ショウタは今まで、ホテルのスイートのことをスイーツと思い込んでおり、宿泊すると、ショートケーキが付いて来るものと思っていた。本人の頭の中ではスイート=スイーツ=ショートケーキという等式が成り立っていたためである。


「今日は頑張がんばって、エリクシールを二本作ったけれど、やっぱりつらいね」


 愚痴ぐちをこぼしながら、シャーリーのれてくれたお茶を飲んでいる。


つらい程度でエリクシールを二本作れるんだから、いやになるわ」


「さすがはご主人さまです。ところで、エリクシールとは何なのでしょうか?」


 これは、その本質を問う哲学的質問なのだろうか? エリクシールとはなんぞや? 俺もわからんが、ファンタジーご用達ようたしの定番アイテムであるとは言えない。


「シャーリー、エリクシールというのはな、すごい薬なのだ」


 なぜか、分かったような口調でアスカが語り出してしまった。


「どれほどすごいかっていうと、世の男たちは、という名の名誉を得るため、夜にだけ出没するという蝶の形をした魔物を狩りに出かけるんだ。


 なぜその魔物が特殊なのかというと、その魔物を倒すのは一筋縄ひとすじなわではいかず、手順を踏んだりすごく厄介なのだが、金や銀の貴金属が大の苦手で、討伐とうばつするには金貨とか銀貨を投げつければ簡単に倒せるんだ。特に金貨が有効だ。上位種になると金貨じゃないとダメージを与えられないほどだ。


 お金さえあれば、この魔物を倒すのは容易ってことだな。だから、世の男たちは、お金を貯めてこの魔物を名誉のために倒しに行くのだ。ただ、この魔物の厄介なところは、倒されてく間際に、自分を倒した相手に呪いをかけることがままあるんだよ。


 その呪いは解かなければやがてかけられた者に死をもたらすやっかいな呪いなんだ。しかし、このエリクシールはその呪いさえも解呪かいじゅできる素晴らしい薬なんだよ」


 やめい! 嘘ではないのだが、また教育に悪そうな話をでっちあげた。つい最後まで聞いてしまった俺も悪いな。将来俺にその呪いがかけられたとしても、エリクシールの予備が二本もあるので安心だ。


「アスカはいいから、俺が話そう。エリクシールというのは、すごく効き目の高い薬で、どんな病気でも、生きてさえいれば治せるんだ。そのうえ、自分でもよくわからないような心の病なんかも治ると思うぞ。とにかく、自分が治したい、いやされたいと思っているすべてが癒されるんだ」


 俺にもよくわかんないことがあるため、何だかすごく曖昧あいまいな説明になってしまった。


「シャーリー、エリクシールは伝説の薬って言われてるの。そんなすごい薬をあなたのショウタとアスカが作ったの。ほんとにすごいことなのよ」


 アンジェラさんの説明が一番わかりやすかったようで、シャーリーの俺とアスカを見る目がキラキラと輝いている。


「やっぱり、ご主人さまとアスカさんはすごい方たちだったんですね」


 あがめよ、たたえよ、さすればきっと良いことが有ると思うぞ。例えば夕食が一品多くなるとかな。そのくらいお安い御用さ。ちなみに、この宿屋の食事代はこれからもずっと無料だそうで、全く問題無しモーマンタイ


「とりあえず一仕事終わったんですけど、アンジェラさんは明日からどうします?」


「そーねー。それじゃあ、私は知り合いのところに挨拶あいさつに行くわ。ショウタたちはどこに行くにせよここに泊まってるんでしょ?」


「これだけ立派な宿屋はそうありませんから。お金を払っても泊まりたいところですよ」


「ショウタ、ちなみにこのスイート一泊いくらすると思う?」


「いくらですか? 金貨五枚くらい?」


「いい線いってる。大金貨一枚だそうよ」


 お金を払っては泊まれません。失礼しました。こんな部屋をタダで使ってていいの? しかも、食事代までタダとは。


「オークションに出したら大金貨五千枚は下らない物を進呈しんていしたんだから、これくらい安い方でしょう。気にしたら負けよ」




 そんなこんなで一日が終わり、翌日。


「それじゃあ、みんな、わたしは先に行くわね。そのうち遊びにくるわ。『ナイツオブダイヤモンド』の食事はすごくおいしいから」


「それじゃあ、アンジェラさん気を付けて」「それじゃあ」「アンジェラさまお気をつけて」


 それぞれ挨拶あいさつをして別れた。


 アンジェラさんが乗合馬車の駅の方に歩いて行ったのを見送り、今日のわれわれは王都見物だ。


「シャーリー、どこか行きたいところはあるか?」


「私は一度お芝居しばいを見てみたいと思います」


 お芝居か、俺も興味があるな。


「どんなのやってるかわからないけど、とりあえず行ってみよう。アスカ、近くに芝居小屋しばいごやみたいなのあるかい?」


「はい。演目えんもくは今のところ分かりませんが、歩いて十五分くらいです」


「それなら、ぶらぶら歩いて行こう」




 やって来たのは、石畳いしだたみでできた広場に面して、何軒もの劇場が立ち並ぶ劇場街だった。劇の一シーンを見事に描き上げた大きな看板に演目名が大書たいしょしてある。何々なになに


『私と王さま』、『西側物語』、『美女と魔獣』、『オペラ座の変人』、『ミス・ジュゴン』


 パクリか? こいつらみんなパクリなのか。最後のはいったい何だ? 興味はあるが観たくはないぞ。


「シャーリー、どれを観たい?」


「『私と王さま』が観たいです。看板の絵が素敵すてきでしたので」


 そうかあ? 『私と王さま』の看板を見ると禿はげ坊主のおっさんと年増のお姉さんが二人でダンスをしている絵が描いてある。


「それなら、そこに入ってみるか」


 三人分の料金を払い劇場の中に入いると、中は広めのロビーになっていて、軽い食べ物や飲み物、お土産みやげらしきものを売っていた。その先の観客席には、何個所かあるドアを開けて入るようになっている。


 日本の映画館とよく似た感じで、緩やかな階段状に席が並んでおり、空いた席に勝手に座っていいらしい。観客席の両脇にはVIP用なのか観劇用の個室が設けられている。俺たちが席に着いてしばらくして劇が始った。



 劇のあらすじは以下の通り。


 異国の王族の子弟していの家庭教師として雇われた主人公の女性が、文化の違いの中で、雇い主の王さまと衝突しょうとつすることも多々あり、自国に帰ろうかと悩む。王さまは彼女の行動や意見が、自分の国のためを思ってのことだったことに気付き、彼女と和解するもその時はすでに死のとこにあり、彼女に自分の子供たちの教育を改めて頼み世を去っていく。


 こういった内容だった。まるで、パクリやん。


 最後の王さまの亡くなるシーンで、シャーリーが泣いていた。俺はあくびをみ殺し、アスカは普通に席に座っていた。


「シャーリー、今の劇は良かったか?」


「はい。とても感動しました」


「そうか。だが、私が脚本を書くとしたら、もう少し最後は盛り上げるような演出を考えるだろうな」


 アスカが何を思ったか、劇について語り始めた。


「そうだな、どうせ王さまは死ぬんだから、盛大せいだいに死んだほうがいいんじゃないか。だから、……」


 シャーリーが聞き入っている。これは何だ? いつものやつだ。アスカのバカ話だ。


「モンスター役を王宮に突っ込ませて、それを警備兵が迎え撃つわけだ。だが強いモンスターの前に全ての警備兵がたおれてしまう。その戦いで深手ふかでを負ったモンスターが王さまの部屋を見つけ入って行く。部屋の中には王さまと主人公。

 戦えない主人公を守るため王さまは死のとこから起きだしモンスターに一太刀ひとたちあびせモンスターを討ち取るも、死期しきをはやめてしまう。そこで、最期の力を振り絞り、主人公に自分の子供たちの教育を改めて頼み世を去っていく。どうだ、シャーリー」


 今回は、割と真面まともだった。


 シャーリーも納得したようだ。


「アスカさん、すごいです。きっとその方がもっと良い劇になりそうです」


「だろう」


 すごいぞ、アスカさん。ドヤ顔がすごい。


「シャーリーも芝居やら劇やらを観るときは、自分ならこうするだろう。といった別の視点も持って観ると更に楽しいぞ。なにより、目がえて、あらが探せるようになるからな」


 すごいよ、アスカさん。教育的なことを言い始めたと思ったら、やっぱりアスカだった。


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