第67話 エリクシール3、完成


「どうもお待たせして申し訳ありません」


 しばらくして、ノックの音の後に応接室に入って来たのは、キルンのリストさんを二十歳くらい年取らせたような初老の男の人だった。


「こんにちは。しばらく見ないうちに、ハインリッヒもえらくなったようだけど、けたわね」


「お久しぶりです。ハザウェーさま。そのお姿ということは、今日はアンジェラさんということですな」


「そういうこと」


「で、こちらの方が、おいのエーベがお世話になっているという、ショウタさまですな」


「キルンのリストさんにはいつもお世話になってます。ショウタと申します」


「マスターと一心同体のアスカです」


 また、わけわからん自己紹介を。リストさんが困った顔してるぞ。


「ご主人さまの奴隷のシャーリーと申します」


 声が硬い。そりゃ緊張するよね。でも、硬くなってもよく挨拶あいさつできた。偉いぞシャーリー。


「ほう、孤児奴隷の方を養って、しかも大層したわれている方だと紹介状にありましたが。お若いのに良い心がけをお持ちのようで。先ほど、お茶お持ちした女性も、実は孤児奴隷出身なのですよ。今では、解放されて立派にうちで働いています」


「そうなのよ、ショウタもアスカもシャーリーにはビックリするくらい甘いのよ。

 いえ、そういう話じゃなくって、今日はあなたに頼みがあってショウタとここに来たの」


「いかようなご依頼でしょうか? アンジェラさまとショウタさまのご依頼でしたら、できる限り尽力じんりょくさせていただきます」


「ありがとうハインリッヒ。そんなに大した頼みではないと思うのだけど、錬金術でポーションを作るのに作業場を貸して欲しいの。条件は、なるべく早く使えて、狭くてもいいから人目に付かない。それだけ。どうかしら?」


「錬金術に関しては素人の私にはわかりかねますが、錬金道具はいかがします?」


「道具は自前のを持ってくるから大丈夫。洗い場さえ付いてればいいわ」


「それでしたら、このギルドの一階に、今は使っていない宿直用の部屋があります。そこですと、台所もついていたはずですので、洗い物も可能ではないでしょうか。一度見ていただいて、判断なされてはいかがですか?」


「そこで良さそうね。ショウタどうする?」


「今回は、蒸留器と純水装置くらいしか使いませんから、そこでお願いしていいんじゃないですか」


「ポーラ、来てくれるかい」


 と部屋の外に向かってハインリッヒさん。


「はい。ただいま」


 先ほどの女性だ。部屋の前で控えていたらしい。


「ポーラ、皆さんを一階の元宿直室しゅくちょくしつへご案内しなさい。鍵はこれを」


 懐から取り出した鍵をポーラさんに渡す。その鍵はにはうっすらと魔力が揺らめいてる。おそらく魔道具でマスターキーみたいなものなんだろう。


「皆さまこちらへどうぞ」


 ギルド長のハインリッヒさんに会釈えしゃくしながら、カルガモの親子のごとくポーラさんの後ろに付いて歩くこと十分。広い。相当広い。迷子になるような造りではないが部屋が無数に並んでいる。ポーラさんはどの部屋が何の部屋か全部わかってるんだろうな。



「この部屋です」


 鍵を開け、招き入れられた部屋は学校の教室くらいの部屋で、がらんとした部屋の奥の方に作り付けの二段ベッドが二組。手前は炊事すいじ場みたいで流し台が置かれている。これなら、すぐに作業を始められる。


「ポーラさん、ここでしたら問題なく作業できそうですので、今からでもお貸し願えますか?」


「どうぞご自由にお使いください。この部屋の近くには人が立ち入らないよう手配しておきます。お帰りの時は、玄関の受付に一言お願いします。玄関への道筋は大丈夫でしょうか?」


「問題ありません」


 とアスカ。俺でも覚えてるからなおさらか。ミニマップもあるし。


「それでは、失礼します」


 そう言ってポーラさんは帰っていった。


 ポーラさんの足音が聞こえなくなったのを見計らい、


「とりあえず、一本挑戦ちょうせんしてみましょう」


 そう言って、上級錬金セットから、蒸留器、他に純水装置、空のポーション瓶一本。ろう付け機。ビーカー数個。


 機器類を使いやすそうに並べ、まず純水装置を動かし、ビーカーに純水を入れる。その純水で、蒸留器を軽く二度ほど洗い準備完了。残ったビーカーも洗っておく。


「アスカ、これがドラゴンの血だ。蒸留器にポーション三本分入れてくれ」


 ドラゴンの血が入った大瓶を収納から取り出しアスカに渡す。 


 アスカはそこからいったんビーカーにドラゴンの血を移し、ビーカーの注ぎ口から蒸留器にポーション三本分のドラゴンの血を注いだあとビーカーに残った血を大瓶に戻して蓋をした。俺は、その大瓶を収納しておく。


「ここからは、俺が魔力を注いで蒸留していくから、注ぐ速さを見ててくれ。一時間で全部の血が蒸留される速さだ。血の残量を見ながら速いときは速い、遅いときは遅いと言ってくれ。それじゃあ始める」


 蒸留器の下側、ドラゴンの血の入った部分に両手を当て、ゆっくりと魔力を込めてゆく。少しずつ、少しずつ。


 六十分で魔力量三千。一分で五十。俺にとっては微妙な量だな。


 少しずつ、少しずつ注ぐ魔力量を増やしてゆく。ドラゴンの血の表面が渦巻き始めた。俺から流れた魔力がドラゴンの血をかき混ぜている。表面が泡立つわけではないが、うっすらともやが出始めた。


「マスター、少し遅いです」


 更に魔力を込めてゆく。もやが濃くなり、蒸留器の先端からぽつりぽつりと下に置いたビーカーの中に蒸留液が垂れ始めた。これがエリクシールか。薄くだが白く発光している。


「マスター、このまま続けてください」


 自分が今、物凄いものを作っていると思うと緊張する。アンジェラさんとシャーリーは固唾かたずんで俺とアスカを見守ってくれている。


「マスター十分経過しました。」


 魔力云々うんぬんの前にこの姿勢が結構つらいぞ。今のステータスじゃなかったらまずかった。椅子いすぐらい用意しとけばよかった。


 ……、


「マスター四十分経過しました。順調です。あとドラゴンの血はポーション一本分五十ccです」


 ……、


「マスター六十分経過しました。ちょうど、ドラゴンの血がすべて蒸留されました。完成です。おめでとうございます」


 俺はビーカーに溜まったポーション一本分の輝く液体を見ながらうなずいた。


「ヨッシャー!」


 俺の叫びにみんながビックリしたようだが、手をたたいて喜んでくれた。この間に、アスカはビーカーからポーション瓶にエリクシールを移し素早く栓をして封蝋ふうろうまでしていた。


「おめでとう。ショウタ! すごいわ。これがエリクシール。すばらしいわ」


 アンジェラさんが薄っすらと輝くエリクシールの入ったポーション瓶を手に取って横から見たり下から見たり軽く振って見たりしていた。


 念のため鑑定すると、


『【エリクシール】あらゆるものをいやす』


 とあった。成功したんだと実感した。


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