第47話 魚とり


 翌朝。


 まだ暗いうちから起き出し、ほかの二人を起こさないようにアスカと出発した。ヒギンスさんは昨日の夕食後自宅に帰っている。


「アスカ、頑張がんばって昼までにこの前キャンプしたとこまで駆けていこう。そしたら、そこからエルフの廃村はいそん前の河岸かわぎしまで二時間ほどだろうから日が傾くころにはたどり着けるはずだ」


「キャンプするのは河岸近くですね。時間があったら魚をってみませんか?」


「時間があればいいんじゃないか。それじゃー、ゴ-」


 これまで、気持ちジョギングで駆け回っていたけど、今回はランニングだわ。街並みの流れるスピードがシャレにならん。まだ早朝で大通りを行く人の数は少ないけど、出くわす人の目が痛い。屋台を引いてるおっさんに何度も出くわすけど、まだ売ってくんないよな。


 南門を抜け、街道をひた走る。ダッダッダッダ、ダッダッダッダ。


 森の中をひた走る。ダッダッダッダ、ダッダッダッダ。


 疾走する二人は、まるで稲妻だ! 危ないぶつかる! あれ? よけた? 


 ダッダッダッダ、ダッダッダッダ。 無言で走り続ける二人。


 皆さんご存じだろうか? 秒速十メートルで走って百メートル十秒ジャスト、これは時速三十六キロに過ぎないことを。


 だがここに、常識を超えた二人がいた。


 ダッダッダッダ、ダッダッダッダ。


 気合を入れて疾走しっそうする二人の速さは時速四十キロを超えていた。大森林の中ほどまで約百五十キロ。この距離を四時間弱で走破そうはする恐るべきスピードである。 




 俺は、当初前回キャンプした場所辺りで休憩しようと思っていたが、風になったおのれを感じてしまい、前回、東に方向転換した百五十キロ地点まで一気に走り切ってしまった。冷静に考えるとすごいことで、オリンピックのマラソンの記録でさえ、42.195キロを二時間ちょっとだ。いかに人間離れしたスピードかつ持久力かわかるだろう。 


 もし俺が、この能力を持ったまま、もとの世界に戻れたら、出場するほとんどの走行関係の競技で金メダルが取れるだろう。今どきの金メダルには報奨金ほうしょうきんもつくからいくらになることやら。そしたらCMなんかにも引っ張りだこ。専属マネージャーを雇わないといけないな……。


 走りながら妄想もうそうが膨らみ、ニヤニヤが止まらない。何となくアスカの冷めた視線を感じてしまった。



「ここらで、昼にするか?」


「はい。マスター」


 俺もアスカ同様息も切れていない。アスカはもともと息してないか。以前屋台で仕入れた果汁の入ったコップを取り出して飲む。オレンジジュースなのだろう。冷たくない分甘みが引き立って、すごく美味しい。


「アスカも飲むか?」


「いいえ。必要ありません。それより何か食べるものをいただけますか?」


「おお、悪い悪い。今出すから」


 屋台で買っておいた料理を数皿、それとパンと水を取り出し、アスカに勧める。


「そういえば、走り出す前、魚をろうって言ってたよな。るじゃなくて。何かあてがあるの?」


 俺も料理をつまみながら気になってたことを聞いてみた。


「はい。マスターが河に高速弾を打ち込めば、魚が浮いて来るのではと」


「ほう、よさそうだな。だけど、衝撃で浮いてきた魚は気絶してるだけだそうだから、俺の収納じゃ生きてる魚はれないぞ」


「魚が浮いてきたら、私の髪の毛で、魚の延髄えんずい辺りを切断して処理しますので、マスターはそれを収納してください。人の手が長い間入っていなかった河ですから、おそらくかなりの魚の量が期待できるのではないでしょうか」


 おおー、魚の延髄えんずい切り。これは活きしめではないか。まあ、収納してしまえば同じなんだけどね。


「よし、それでいこう。一杯獲れたら嬉しいよな。フレデリカ姉さんやヒギンスさんにいいお土産みやげになりそうだ。釣った時の竿さおの手ごたえが俺は好きなんだが、それはそれ、これはこれ。ようし、それじゃあ、魚獲さかなとりにレッツゴー」


 見つける端からモンスターをコンボでたおしつつ進んで行き、かなりの速さで走ったつもりだったが、目的の河岸に到着するまでに前回と同じく二時間ほど時間がかかった。やはり整備した道でないと、高速走行は難しい。


 河岸に立って水面をのぞき込むと、すぐ近くで大きな魚が悠々ゆうゆうと泳でいるのが見える。


「ほー、いい感じだなー。これは、かなりいるぞ。大物も期待できる」


 もはや、目的は魚獲りになってしまった。


「それでは、マスターお願いします」


ちなみにアスカの髪の毛の射程はどこまで行くの?」


標準ひょうじゅん状態で、約50メートルです」


 何が標準か分からないけどまあいいか。


頑張がんばれば、100メートルはいけます」


 どう頑張るんだよ。何だか以前同じようなことを聞いた気もするがどうだったんだろ、まあ、いいか。


「それじゃあ、そこらに適当に落とすぞ!」


 ドバーン! ドバーン! ドバーン!……


 とりあえず高速弾十発、岸から三十メートルくらいに落としてやった。


 ザザザザー。


 立ち上った水柱が崩れる。


 思い出した。これってダイナマイト漁だ。いい子はマネしちゃだめだぞ。



 浮いて来るよ、もう、ザクザク? こういうのなんて言うの? ワラワラ? 大きな魚もかなり浮いてきた。無論小魚も無数だ。そこのサケだかマスだかわかんない魚はうまそうだ。こっちのは古代魚こだいぎょアロワナそっくり、こっちはピラルクーもどき? こいつらは大きすぎてグロいな。


「アスカ、二十センチ以下のは見逃そう」


「了解しました」



 アスカがあっという間に延髄えんずい切りで処理した魚を、俺はほくほく顔で収納していった。

 

「おー、れた、れた。これは大漁だ」



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