第12話 キルン冒険者ギルド


 やって来ました冒険者ギルド。三階建てで間口まぐちは、そうだなー、五十メートルくらいか? かなり大きな建物だ。正面の扉は開け放たれている。


 建物の中に入ると、正面に窓口カウンター、左手は食堂だか酒場のようで、丸テーブルを囲んで午前中からジョッキをあおっているグループが何組かいる。その先には売店のようなところも見える。


 後ろの壁には、依頼票いらいひょう? が張り付けられている。ラノベそのもの。ここで、新人冒険者は荒くれ者のベテラン冒険者にからまれるのがお約束。俺にはアスカさんがいるからへっちゃらだーい。


 誰か絡んできてくれないかと、本来の目的をすっかり忘れて、きょろきょろしてると、どなり声が聞こえてきた。


 なんだ、酒場の方でもめ事か?


 そっちを見ると酔っぱらったおっさんが、若い男にからんでいる。ちがうだろ、絡むんなら俺に絡んでくれよ。


 あっ! 若い方が殴られて吹き飛んじゃった。追撃しようと酔っ払いのおっさんが若い男の方に歩いて行く。みんなはやし立てるだけで止めに入らないようだ。仕方がない、俺が何とかしてやるか。


「おーい、そこのおっさん、もうそのくらいにしておけよ」


 おっさんが足を止めて俺の方に振り返った。


小僧こぞう、ここはお前みたいなやつが来るところじゃねえ! とっとと帰って、母ちゃんのおっぱいでも飲んでな!」


 やっと俺に絡んでくれる気になったようだ。ついつい、口元がゆるんでしまった。


「小僧、なにへらへら笑ってるんだ? おい! 何とか言って見ろ! 痛い目見てえのか?」


 おっさんがわめいているが、迫力は感じられない。



 アスカもいるし、これなら俺でも大丈夫だろう。そういうわけで、ちょっとだけあおってやるか。いやいや、そこまでするとこっちまで悪者になる。面白くなりそうだが、我慢がまんだ。笑いをこらえろ俺。


 必死になって笑いをこらえていたら顔がピクピクし始めた。はたから見たら笑っているように見えるよな。


「テメー、なめてんな!」


 おっさんを無視して受付の方に歩いて行こうとすると肩をつかまれた。振り向かせようとしているみたいだが、かまわず歩き続けてやった。


「このヤロー!」


 俺が振り向くと、このおっさん、とうとう手を上げたよ。


 おっさんのパンチ遅すぎ。これならアスカに頼らなくてもよさそうだ。アスカもじっとしているし。


 体を少しだけ横にずらして、おっさんの伸びた右手の拳を左手の手のひらで受け止めてやった。


「おっさん、そっちが先に手を出したんだからな。覚悟はできてるんだろ?」


 すごみながら、おっさんのこぶしを、ゆっくりと握り込んで少しずつ力を入れる。


 おっさんは自分の右手を勢いをつけて引っ張ったが、びくともしない。


 今度は、左手を繰り出してきた。


 こっちは、右手のひらで拳を受け止めがっしり掴んでやった。両手にすこしずつ力を入れていく。


「両手とも、砕いてやろうか? おっさん?」


 顔を青くして冷や汗を流したおっさんが首を横に振る。


「おっさん、何とか言ったらどうだ?」


 おっさんの仲間だろうか、別のおっさんが近づいてきた。


「そのくらいで勘弁かんべんしてくれねえか。こいつも悪気があったわけじゃないんだ」


「ああ? 悪気が無い人間が、人にからんできて手を上げるのか?」


「悪かった。勘弁かんべんしてやってくれ」


 あと十秒もこのままにしてたら、おっさんの手の指十本全部折れるな。骨の数なら二十本は越えるか。あ、おっさん白目剝しろめむいた。そんなに痛いか? 折れない程度に、少しだけ緩めてやるか。


「あんた、このおっさんはわざわざ自分から人に絡んできたんだ。ただで済むと思ってんの?」


 止めに入って来たおっさんが自分のふところをまさぐって、


「今はこれだけしかないんだ。これで勘弁してやってくれ」


 これ以上痛めつけても仕方がないし、そろそろ収め時なのでうなずいて、右手を離してあんまり入ってなさそうな小銭入れを受け取った。ポケットに入れる振りをして収納庫に入れる。収納庫の中を確認すると、小銭入れの中身は、銀貨十二枚と銅貨が数枚だった。


 残った左手を離すと、白目のおっさんはそのまま倒れこんでしまった。金を出した方のおっさんが、急いで抱きかかえて介抱かいほうしている。


 こいつら、人を見た目だけで判断してるような連中だ。どうせ、新人相手にいつも同じことをしてたんだろう。こういう手合いは、これくらいじゃりるわけないし、どうせまた同じようなことをしでかして、そのうちもっと痛い目に合うんだろう。


 かく言う俺も、一気に上がった自分のステータスに酔ってしまった感もある。いままで、モブだった自分に力が急に手に入ったわけだからついいい気になってしまった。テンプレを経験できたことには満足しているが、無意味な争いごとは痛い目に合わないうちに避けた方がいいのは当たり前だ。これは反省しないといけないな。



 おっさんに殴られて床に伸びていた若い男も、若い男女に介抱かいほうされていた。介抱してる二人も新人みたいだから喧嘩けんかを止めに入ることができなかったんだろう。



「さて、アスカ。受付に行くか?」


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