拡散と炎上と野次馬

世一杏奈

拡散と炎上と野次馬

 詩人の言葉は必ず拡散される。


「詩人って誰? どこの国のどんな名前の人?」

「詩人はいわゆるファンネームだよ。“しの夜想曲人”で検索してみな。すぐヒットするから。SNSでながす言葉が詩ばかりだから、詩の夜想曲人ってファンが当て字をしたのが始まりだね」

「あ、そうなんだ。これかな?」

「そうそう、その画像の人。一部のマニアが拡散したらそれがバズって、今じゃフォロワー二十万人超えて、誰もが虜になっている」

「確かに良さげなのありそう。詩人かぁ」

「そ、詩人」


 このようなやりとりが、あちらこちらのSNS上で繰り返されると、拡散の数値は比例して増えていく。膨大に、膨大に。

 誰も知らない一般人の人気者の出来上がりだ。






 詩人は今日もSNSに言葉をながす。


《巨大なナマコのようなバスに乗り

 当たり前のように帰路につく

 運転手のあんちゃんがプアンと扉を開くと

 私は段差を跳ねて降りて、ぴちゃんと音がした

 何じゃ何じゃと空を見ると

 黒い雨が降っている》

《曇天の真っ暗な空に、立ち並ぶ電灯が、ひとつの白い靄を各々つくって着飾る

 けれども私はそれがかのこをおくるともしびに見えてならず

 飛来する魂の涙なのではと思えてならず

 目頭が熱くなる

 このまま帰る足はいなくなるよう》


 このような文面をながすとあっという間に、千、万と跳ね上がる。誰かが良いと思えば、趣味でない人も良いと思う。


 それら感情は、まるでドミノ倒しのように、見えない力に押されていく。良いかどうかも、倒れるばかりでは知れない。






 詩人は今日もSNSに言葉をながす。


《知らんま 知らんま 知らんま

 きえていったかのこは

 どこさのこだったのだろうか

 知らないのだ 知らないのだ

 かのこは知らんまなのだ

 茶色か、灰色か、寅色か、

 私には知れないのだ》

《私が幸せになる為の合理的な残骸とでもいうか

 今、私は寝ている

 今、私は生きる為に出社して、出社の為に便利を選ぶ

 今、私は食べて寝る

 これら幸せというなら

 犠牲は知らんまに増えいく

 かのこは私の便利を知らない

 私はかのこの行方など知る必要はない》


 このような文面をながすとあっという間に、千、万、と跳ね上がる。


 けれども今日、詩人より拡散されたのは「あんちまん」というフォロワー三千人くらいの一般ユーザーだった。

 詩人の返信欄に送られた、あんちまんの言葉はこれだけだ。


《このイキり文のどこがいいの? 頭湧いている》


 あっという間に千、万、十万と跳ね上がり、拡散された言葉には多くの返信が寄せられる。


《は? 頭湧いているのお前だろ》

《もう少し場を弁えた方がいいですよ》

《理解ない奴は無視でおけ》

《コメント乙》

《何でそういういこと言う奴意味わからん》


 返信欄の数は洪水状態になった。理性の赤信号は故障して人々は止まることが出来ず、原文の存在は薄れていった。


 炎の絵文字がよく似合う、ぷち炎上と化した返信欄に、原文の主である詩人の姿はない。有名になれば炎上は当たり前とでも言っているのだろうか。

 真意など誰にも分からないが、詩人はただただ己の言葉をながすだけである。


 けれども今日、最も有名となったのは、虜にした詩人の言葉ではなく、あんちまんのたった二十字である。






 詩人は今日もSNSに言葉をながす。


《世闇の中で音が鳴ると

 電車は急停車して

 無色の唸りが空気と踊る

 何事か 何事か

 母娘は怯え、疲れたサラリーマンは足踏みをした

 何事か 何事だ

 箱の中だ、閉じこめた空気は、心臓を握る

 車掌の電子音は耳に届く

 かのこだ、知らぬ、かのこだ

 金剛石のように輝くかのこは》

《風と共に舞ったのだ

 私は知れなかった

 知ろうともしなかった

 隣の女性の会話が聞こえる

 何が可哀想だ

 何が仕方がないだ

 私にいわせれば必然だ

 軽やかに走り出した電車の中で

 私は無慈悲に泣いている

 夜空に星はなかった ただ、ぼんやりとした黒だった》


 このような文面をながすとあっという間に、千、万と跳ね上がる。


 昨日の炎は見事に鎮火した。

 まるで、昨日のことなど、はなから無かったかのような賛辞に満ちた返信欄だ。


 影響力は、結局のところ、収まるところに収まるのである。

 それは元が大きな火種であるのだから、火種が変われば火は消える。あれは既に過去なのだ。

 けれども、言葉を変えればまた拡散される、それが詩人の言葉だった。






 詩人は今日はSNSに言葉を流せなかった。何故なら、詩人のアカウントは一夜にして凍結したのである。昨日の言葉が最後となった。


 しの夜想曲人と検索してもアカウントはヒットしない。

 突然の出来事に、理由を知らぬ者は様々な憶測を立てながら騒いだが、理由を知る者から情報を得ると、簡単に納得した。


 理由は単純だった。線路に横たわる血だらけの猫の死骸の写真を、自分のアカウントに載せたからである。


 理由は単純だった。けれども詩人が何故、写真をわざわざ載せたのか誰も知らない。彼等も結局は野次馬だった。

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拡散と炎上と野次馬 世一杏奈 @Thanks_KM

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