想いの在処

あぷちろ

第1話

 蒲公英の綿毛が突風に吹かれ、空中に舞い上がる。

 一度にある程度の高度まで昇った綿毛は地上に戻ることなく、気ままに青く塗りつぶされた空をふらふらと闊歩する。

 彼らはこうして見知らぬ地へ己たちの種子を届ける。それは、無責任とも――自由だとも言い換える事ができるが、私にはとても羨ましく思えた。

 不意に、頭の天辺をぐりぐりと誰かに指で押さえつけられる。

「またむつかしいことかんがえてるかお」

「んあ?」

 間抜けな声を出して後ろを向くと、姪っ子が私の瞳をまじまじと覗いていた。

 姪は私の間抜けな顔をまじまじと眺めて満足したのかにんまりと笑顔を形作る。

「なんでそんなにおかお、ぎゅーってなっちゃう?」

「なってないよ。寧ろ、途轍もなくリラックスしてる」

「ほんと? あっ、またおめめぎゅーってなってるよ」

 無邪気に姪は私の真似をしているのか瞼をきつく閉じている。

「んーー!」

「あなたがそんな顔をする必要はないでしょうに」

 微笑ましく、姪が私がしていたであろう表情を真似る。

「ぷはー」

「ずっと、ぎゅーってなってたらしんどいよぉ」

 私はそうだね。と短く肯定してまた、青空を見上げる。

 空には飛び遅れた蒲公英の綿毛が数本、ふわふわと雲の隙間をただよっている。

「ねえ、」

「なあぁにぃ?」

 私が姪に声を掛けると、彼女は弾むような笑顔で応える。

「……ぁ。」

 いざ、言葉に出そうとしてついぞ、私の望む言葉は発せられることがなかった。

 彼女になら私の想いが伝わるだろう。人並みよりも賢い彼女にならば、私の伝えたい想いを十全に理解し世界へ広められるだろう。

 私が成し得なかった偉業を、彼女は彼女自身の名で成し遂げるだろう。ここにとどまる事しかできない、私の代わりに――。

「なぁに?」

 無邪気な双眸が私を見詰める。何を躊躇っているのか、私にとっても姪にとっても良い話ではないか。

 私は“知識”という遺産を遺せ、姪は名声を約束される。何を躊躇する必要があるのか。

「そうか」

「?」

 そうか、私は羨ましいのか。この期に及んで彼女が、

「いや。なんでもない……何でも無くはないけれど」

「わかんなーい」

 くるくると風車が回るように楽しそうに彼女は笑う。

「そっか。わかんないか」

 私は密着した姪の脇腹をくすぐる。彼女は明るい声で私の手から逃れようと身を捩る。

「ねえ、いまからゲームをしよっか」

「げーむ?」

「そう、私が言った言葉を覚えて繰り返すゲーム。ちゃんと出来たらあとでご褒美をあげよう」

 私がそう言うと、彼女は瞳を輝かせすかさず肯定の言葉を返す。

「やるーー!」

 私は姪の頭を撫でる。艶やかな黒髪が指先に触れる。さらさらと指の隙間からながれる髪を掬う。砂のように手の平から流れ落ちる様をみていると、酷く心がかき乱される。

 もう決めたことなのだから、後には引けないのだ。

「じゃあ、最初はね……」

 寝物語を語るが如く、彼女に優しく問いかけ、教える。


願わくば、彼女から私という想いが須らく世界に届かんことを。



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